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悪魔が教えるキスの作法-2-

「……っ! そうですわ、マオ様!」


なにかいい案がないか熟考していると。

一早く手を上げたのは、アガレスの方だった。


「小生と、これと、これと――共感(パス)を繋ぐのはいかがでしょうか」

()()……?」

神創聖典(ゴエテイア)には、従者間で五感を共有する『共感』というスキルがあります。共有した感覚は、従者の強さに関わらず、双方向にやり取りされます。これと、これに、私に敵意がない限り、小生もまた、これと、これに敵意を持てません」

持たないではなく、持てない。しないではなく――()()()()


神創聖典(ゴエテイア)

神が自らの肉体を分けて生み出した兵器。世界を守護するべく生み出されたはずが、種の存続のため、世界を滅ぼさんとする魔王の配下となった生まれながらの〝奴隷〟……。


「理屈はわかる。お前の覚悟も。しかし……いいのか」


がアガレスは、魔王の命ではなく、自らの意志で、マオにつき従っている。主従の契りを交わそうとした片翼の悪魔に、今日に至るまで一度でも命令を魔王は下さなかった。


そのアガレスが、人前でスキルを公開し、精神を捻じ曲げてまで、サクラとスモモに危害は加えないと誓った。一体、どれだけの逡巡の果ての決意であったか。


「いや、そこまでされては、さすがに反論できぬ。其処許の決意を、余は認めよう」

「ありがとうございます……!」


主人に気持ちが伝わったことで、思わず顔がほころんでしまうアガレス。その笑顔は、少女に化けた、年相応のもので。マオもつられてくすり、と。


「お昼おわるぞー?」

「しかし待て、アスナよ」


刻一刻と迫る昼休み終了に、一口も食べないマオとアガレスにサクラが声を掛ける。


こっそり発動させた〈神域固定〉に声が跳ね返された。


「余は、お前にそのようなスキルがあることを知らぬ。どうやったかまでは問わぬが、

なぜ今まで秘密にしていた」


眷属の権能を、魔王は己の力と同等に把握していた。彼の大王でなくなった現在の時分にそれを察知する能力はすでに失われているが。


〈十八冥光〉とは、巡り滅ぼしてきた数多の世界から、魔王が才覚を見出した〝魔王の素質を持つ者〟で構成されていた。同じ条件で集められたが、一枚岩だった、とは言い難い。十八人が十八通り、それぞれの事情で魔王軍に(くみ)していた。彼らがどういう腹つもりだったか、マオですら完全には理解できていなかった。


だが、アガレスに関しては、マオに対して、身も心も奉げてしまえるような絶対の信頼を寄せていた。……()()と、断言するのが正解だった。


そんなアガレスが、認識を阻害してまで、魔王に隠しごとをしていたなんてマオはにわかには信じられなかった。


一体。どんな理由があって、彼女は心に鍵を掛けるような真似を。


「……どうか、言わせないでくださいまし」


ぽっと頬を赤らめる。


勘繰るマオに、だが真相は、心配しているよりも、ずっとシンプルだった。


感覚を共有する、とは――即ち相手がなにを考えているのか知るということ。


想いを伝えられるのはいい。けれど。


主人が、自分にどんな感情を寄せているか、なんて、知りたくても怖くて、この能力だけはなんとしても打ち明けられなかった。主の意志に背いてでも。


「さあ、早く済ませてしまいましょう? ――こちらに」

「ふぇ……!?」


(わず)わしそうにスモモを前に引き立てたアガレス。影を薄くし黙々と口を動かしていたスモモは、突然腕を引っ張られたことに驚き頓狂な声を発した。


「な……なに、明久瑠さん――」


不安げに喉を震わせるスモモ。

その口を――アガレスは、自身の口を以て、塞いだ。


「!?」

「え!?」

「……!?」


突然の出来事に、マオ、サクラ、当然スモモも目を見開いた。


「あくるさッ――……なにッ」


抵抗するスモモの手に、今度は指を絡めながら一気に距離を詰めるアガレス。


柔らかな舌触りが、口の中で跳ねる。


歯に当たらないよう、細心の注意を払って、桃色に色づく少女の舌を悪魔はしゃぶった。


じゅぼ、くちゅ……ぺろぺろ……ぐちゅ――。


小学生が友達同士のお遊びでするような〝フレンチ・キス〟とは違う――濃厚で生々しい口吸いに、少女の身体が熱痙攣にびくっと反応した。


「「……はぁ……」」

密閉されていた口から、吐息がほぼ同時に洩れた。通ざかる舌先から、甘い唾液がつぅと放物線を描いた。


ばたん、と、仰向けに、スモモは気を失った。


「スモモ!?」

「だいじょうぶか!」


マオとサクラが呼び掛ける。だがスモモは、呆けた顔でぼんやりと天井を眺めなんの反応も表そうとしなかった。


「これで、本当に、感覚が繋がったのか……?」


ええ、と自信を持って頷くアガレスにマオは疑いの眼差しを向けた。やはり、信用したのは間違いだったか。


……と。

アガレスの額に、マオの見慣れない呪印のような紋章が浮かび上がった。


「朝日さん、スモモの顔にへんなマークが!?」


サクラの言う通り、アガレスのと似た形の印がスモモにも浮かび上がって、一瞬で消えた。


「あれ、消えた……?」

「では、次は」


ふり向くアガレスに、これからなにをされるか察したサクラは、悩みに悩んだ末、苦し紛れの言い訳で逃れようした。


「わたし虫歯だから」

「せんせー、スモモちゃんが倒れてるー」


その後〈司欲淫王〉の魔力を直に流し込まれたショックで昼間の記憶を失ったスモモは、保健室で仮眠を取って教室から戻ってくると、なにごともなく授業を受けた。

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