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悪魔が教えるキスの作法-1-

「お前とは、もう金輪際口を利かない」


麗らかな日射す昼休みに、マオの冷たい宣告が向かい合う悪魔を一蹴した。


工作授業の騒動の後、エルフ教師は管理作業員室に匿われた。傷ついた民を癒すのは勇者の得意分野とマオの勧めで。実際、彼はマオとエルフ、しかめっ面のアガレスから全ての事情を察し、魔王の頼みから不愛想にしつつもそこは勇者、実に献身的になってくれた。


「ど、どうして……そんな、酷い……」


涙を堪え狼狽するアガレスを見る周囲の目はマオと同じ。


あれだけのことを、これだけの衆人環視の中しておいて、なぜそんな顔ができるのかマオは不思議でならない。


アガレスはというと、いよいよマオがおかしくなったと絶望した。あれだけ聡明だった魔王様が、寄生して分裂し他の生物に忌み嫌われることを生き甲斐にしている大腸菌にも劣るニンゲンに改造され、意味不明なことを口走るようになってしまった。あのマオ様が、こんなこと言うはずがないのに……。


……しまった。

マオは後になって後悔した。


一応の確認として、教師の衣服を魔法で裂き、触手でがんじがらめに縛り上げた。『なぜ』と問い掛ける方が凄い。決していい意味ではないが。

だが、彼女は聞かずにはいられなかった。自分がいつ、どこで主の怒りを買ってしまったのか一体全体理解できないのだ。


アガレスのことをとやかく言える立場にマオもいない。実は、説教も乗り気じゃなかった。


アガレスが、人としてやってはいけないことをしたのはマオも知っている。

だがマオだって、この生活に完全に馴染めたわけではなかった。学校だってよくここまで死なずにやってこれた。普通の生活は、世界を滅ぼすよりも気を揉んだ。


そんな自分が、アガレスを注意できる立場にいるか。きっといない。


「荒れてますなぁ朝日さん」


横から弁当を包んだ風呂敷をふり回りながらサクラが割り込んできた。


「いや、別に荒れているつもりは」


そこらへんは今デリケートだからあまり代弁しないでほしい。


「さっサクラちゃん! ごめんなさい……いい、朝日さん……?」


スモモを追っておっかなびっくり現れたスモモの手にも弁当が。


マオはスモモ、あと、サクラにも頷いた。

ここは同伴してもらった方がマオはこの鉄の処女の中みたいな空気が少しは和らいだ。


サクラとスモモが机をくっつけると二人に向けられた目線が一つ二つと反れ箸を動かした。


「……ありがとう」

「この者たちと、昼餉を……!?」

自分の席に机が三つつき、マオと昼食が食べれること、そこに部を弁えないヤブ蚊が飛んできたことに、口端を吊り上げ愛憎入り交じった渋面を浮かべた。


「……、かしこまりました」


殺したいが、寛容なマオは彼女らを許している。マオは寛容、だから仕方ない。それが御身の意志なら、それに黙して従うことこそが僕の幸福。


「朝日さん朝日さん、わたしら、やっぱ席、はずそうか」


肩で押しながら耳打ちしてくるサクラに何ごとかと思ったマオだが。

二人を睨みつけるアガレスに、ああ、と、納得。


悪鬼羅刹すら尻尾を撒いて退散するか、服従に頭を垂れるか。アガレスの殺気にサクラが反応できなかった理由、それは人であるがゆえの鈍感さだった。


スモモは、どうしてよいかわからずマオとアガレスに行ったり来たりと目配せしていた。

こちらは多少感じ取ったよう。


「アスナよ。この者らは、余の大切な眷属。手を出すことは、余への叛逆と知れ」


アガレスとて愚かではない。朝のやり取りからもこのニンゲンが、主がこの世界で生きるうえでどれだけ重要かは承知している。マオもまた従僕の忠誠を疑ってはいない。


そんな魔王の心配をよそに、サクラとスモモは弁当に箸をつついていた。


「そういや、まだちゃんと聞いてなかった――朝日さんと明久瑠さんって、どういう関係?」


たまご焼きをもぐもぐと頬張ったサクラが()くと。


「切っても切れない関係と言うのも憚れる、さらにトクベツな間柄と言いましょうか。爪先の垢から……()()()()()()()()()()()()()()()まで知り合い尽くした……私とマオ様との関係を一言で言い(あらわ)すなら、そんな関係です。余人には理解し難い、理解してほしいとも思わぬ秘密。ああ、今、こうしてあなたに話しているだけで、この舌を噛み切ってしまいたい、というか、今すぐ舌を豪快に噛み千切って死んでもらえないでしょうか」


お花畑を連想させるような笑みで、アガレスはサクラに自殺を推奨した。


全然『一言』ではないし。


しかし、困った――マオは首を捻る。


主の意見は尊重したい、しかし、マオに言い寄ってくる不埒者(アガレスはそう二人をそう認知していた)には細胞の一つひとつが本能的に殺意を抱いてしまう。単に反抗しているよりも厄介だった。


このままでは、うっかり――ものの弾みで二人を殺してしまいかねない。惨たらしく、凄惨に。文章からでも血の臭いがにおうような。

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