生意気な淫王を、どうぞ縛って
くちゃ、くちゃ……。
どすん! ぎしッ、ぎしッ……ねちゃ、ねちゃり。
虚空を眺め、アガレスはため息を一つ。
「……このッ、かたい……ッ!?」
その側で。
サクラが、スモモが、周囲のクラスメイトが皆一様に苦悶の表情を浮かべる。青筋を立てる顔は熟れた果実のように紅潮、頸を絞められたかのように吐く息は切れ切れだった。
まるで獣だ。なんて品のない。
「どうしたアガレス、手が止まっておるではないか」
肩を落とし呆れ返ったアガレスに、手も顔も粘液でドロドロになったマオが声を掛けた。
「ニンゲンは小生たちとはちがい、本質はやはり下等で矮小な猿なのですね。こんな、ぬらぬらどろどろ、触れるのも生理的不快を催すモノを、楽しそうに……」
「誤解を与える言い方やめてくれる!? ただの粘土工作に!」
マオは今、移動教室の時間だった。
授業は工作。今回は、紙粘土を前に思い浮かべた物事を即興で作るといった小学生にはちと難易度の高いテーマだった。
「工作をそこまで卑猥に説明するの、太陽系中を捜してもお前くらいだぞ」
口より手を動かせと、マオは濡らした粘土をこねる。
「朝日、さん……なに、つくってる、の……?」
背後から近寄るスモモの気配にアガレスは身構えていた。
「……これしか、思い浮かばなかったのだ。仕方なかろう……」
と、モジモジしながらマオが端整込めて作っていたのは。
ボルトネジに似た円筒状に、あらかじめ用意しておいた球を二個、両脇に添える。
それが果たして、なにを意味しているか事情を知らないスモモは知る由もなく。
――出掛ける前に、あやつらが可笑しな会話をするから!
「? なんだか、よくわからないけど」
「スモモ、其処許はなにを」
「きのう、帰り道でなかよくなった、近所のわんちゃん。今日も、また……逢えるといい、な」
首輪をした犬の粘土細工を見せてスモモが笑った。色がないのに、それが柴犬だと一目で判る。上手いというか、作り手が込めた想像力が見事に反映されていた。
「其処許は、どうか、そのままでいてくれ」
自身が制作中を粘土と比較し、マオは自信を失くした。
「このような犬畜生より、マオ様がお作りになったそれの方が小生は素晴らしいと思います!」
アガレスは自信を持てと励ますが。
「なんだかなぁ~」
小学生の工作風景を官能小説にしてしまう淫王に絶賛されても、虚しさばかりが募った。
「ところで、サクラはまだ悩んでいるのか」
「なかなかいいのが、決まらないみたいで……」
粘土の塊を前に、んん~と手を組みながら苦しそうに唸るサクラ。その周囲でも同じような生徒がちらほらと見受けられた。
あれでは、せっかく濡らした粘土がカピカピに乾き、手をつけた頃にはこねるのも難しくなってしまう。
「まあ、それも致し方なし、か」
頭では思い浮かべても、いざ容にしようとすると。
粘土ではとても作れないようなものを想像したり、作り進んだものが自分の発想をちがっていてまた一からやり直したりと。気が付けば、授業が終わってしまう。
世界の真理を文字通り喰らい尽くした魔王も、制作を開始するまでは知恵熱に頭を回した。
かつての己の姿、勇者に討たれた〈十八冥光〉の一人、人の脳味噌では記憶はどれもおぼろげで、かざした手は粘土に触れる、その前に自然と固まってしまった。
悩みに悩んで、その果てに、朝の会話を思い出した。
いくら発想力があっても、形にできなければ絵に描いた餅。評価の対象にさえされなかった。
マオが業を煮やしたのは、自身についてもだけではなかった。
「こら、あなたたち! 魔法を使ってはだめと最初に教えたでしょう!?」
監督役の女教師に叱られる一組の少年が二人。三者とも、髪を掻き分け生えた耳は長く尖っていた。
「魔法を発動し、周囲と作業の差を縮めようと企んだらしいな」
エルフは魔法に長けた種族。魔王との戦争時には土くれから兵士を造り出す光景をマオは何度か目にした経験があった。
異世界の出身なら、このような作業、造作もない。呪文を唱えれば粘土の方が勝手に動いて望んだ形どうりになる。
それでは、魔法を使えない生徒が対等に授業を受けられないと、魔法の使用は禁止。発見次第、教師が反対呪文を掛け粘土を元の塊に戻した。
この授業に、五河は参加できない。完成した作品が、不正で作られたか否か見分ける才能が彼にはないから。
授業は、早乙女家が外部から雇った異世界人の別の教師が見ていた。
「魔法を使ったでしょ。はい、やり直し」
「ちぇ」
作品を提出した別の生徒がまたも席に戻される。
「みなさーん、もうそろそろ終わりです。未提出の生徒は、放課後も残ってもらいますか
ら、覚悟するように!」
エルフの女教師が叩くと、まだ完成していない生徒の手が速くなった。
「ほら……明久瑠、さん。いそがないと……」
作品を無事提出したスモモに対し。
はあ、と、吐き捨て。
「……くだらない。実に馬鹿馬鹿しい」




