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訪問者

一日のうちに陽が最も高く昇る頃、午前終了のチャイムが校舎に反芻し、クラスが授業の緊張から解放される。


机に並べられた昼餉の前で箸をくるくるとスピンさせながら、食事に手をつけず、沈黙を貫き通している。


「マオちゃん、どうしたの? ――さっきからぜんぜん食べてないけど。どこか具合でも悪いの……?」

「えっ? ああ、いや――なんでもない」


適当に相づちを打って受け流す。


だが、やはりこの世界のこの国の食器には、今だよく手が馴染まない。

〝食事〟という下等な生物が行う行為――魔力から生命力を直接産み出せる自分には、ついぞ関係のないことと思っていたが、いざやってみるとこれがなかなか難しい。

木の破片を模したであろうと思われるなんとも画のないシンプルな器具を冷たく見下ろし、想像力の乏しいシンプルな器具を使うというのが、劣等種らしいと卑下するかと、嘆息した。


加えて、よくこんな下品な物を敷き詰め食えるな、とも思う。

確か、『ノリベントウ』とかいう品であったか。この国に流通する通貨で、来る途中に適当に買ったものだから、よく(わか)らない。


「そ、そう……」


憎むべきは自分をこのような不自由な身体に造り変えたこの世界の人間ども。これまで渡った世界にも『ニンゲン』という種族はいたが、どいつもこいつも、例外なくどの種族よりも浅ましく、愚鈍で、目的のためなら同族も涼しい顔で殺す貪欲な生き物だった。奴らの長所として唯一思い浮かぶのは〝他種族同様に最低限の言葉が利ける〟……それだけだった。


奴らは、〝手違い〟で改造されたマオに改めて謝罪した後――それで胃の腑に燻る憎悪が収まるかどうかはさておいて――この世界の軍門に下るにあたり、この世界の重鎮らはいくつか提案を、マオがこの世界でもなに不自由なく生きていけるよう、いくつか便宜を図ってくれた。


一――マオをこの世界に生きる一個の生命とし、身の安全を保障すること。


二――衣食住の手配並びに戸籍、流通通貨など……不明な点はフォローすることでなに不自由ない生活を送れるよう手配すること。


三――人間に危害を加えない限り、自由に行動することを許すこと。


現在マオは、官邸内に設置された居住区画で生活し、現金や生活用品は〝支給〟という形で、政府から提供されている。捕虜や拷問といった体制はない。この世界の人間はどうやら、敗残者にも最低限度以上の人権を与えるようだ。そこは、劣等種なりに行き届いた政策と素直に称賛すべきか。


まあどんな日々を過ごすことになろうとも――〝人の平和の営み〟というものは永遠に理解できないが。


教室の扉が開き、何者かがマオを呼ぶ。――つい今しがたまで自分たちに教鞭を取っていた、あの若い男性教諭だった。


「朝日さん、朝日さんにお客さんが来てますよ?」


客。

――はて、自分を尋ねるような人間は、この世界にはいないはずだが?


「余に客? わかった……すぐに向かう」

「朝日さん」


机を立つと、口を指さし苦笑する教師。


「え? え、あ……あー……えー――()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「一階の応接室ですからね?」

――ああ、めんどくさい。これでは笑う度、口の筋肉が引きつって仕方ないではないか。


これも〝フツーなふるまい〟として色々と一緒に教えてもらったが、本当に正しいかどうかも周りに()くわけにもいかないし。


「朝日さん、いっちゃうの……?」

「マオちゃんといっしょにごはん食べたいよぉ~……」


引き留める女子生徒に対し、陽光で銀色に輝く髪を翻し両手を上げるマオ。

「案じなくとも、其処許(そこもと)らが昼餉(ひるげ)を済ませるより早く、余は戻ってくる故――そう、情けない(かお)を晒すな。余の友人を気取るなら、もう少し、堂々としていろ?」


彼女らは、マオの言っていることを、その半分も理解出来ていない。人の手により創造された容姿と、一(しずく)の魔力を含んだ髪と瞳、年齢にそぐわない口調と振る舞い――それらによって彼女――彼――はすっかり、学校の変わり者として名高かった。


「マオちゃん、ときどき、なにいってるかよくわかんない」

「――そ、そうか? 余は至って普通、其処許らとなんら変わりないとおもうぞ?」


とりあえず、口笛を吹いてここは誤魔化(ごまか)して様子を見る。


「でもあたし、朝日さん好きだよ! えっとねぇ~――頭いいし、運動もできるし」


指折り少女が挙げ、一撃必殺の言葉をマオに告げる。

「とってもカワイイっ!」

「――ッ!!」


口を押さえたが、なんとか、()()()()()()()()()()()()()()()()()


「あたしも朝日さんみたいにきれいになりたいなあ~。ねえ、どうやったらなれるの?」

「――悪いことは言わない。止めておけ……一生、後悔することになる……」


そう言い残し、教室を後にした。


「朝日さん、このての話になると、いつも逃げ出すの。どうしてだと思う?」

「きっと、お肌のお手入れとかたいへんなんだよ? それで、あたしたちに気をつかってくれてるんだよ、きっと」

「朝日さん、人間ばなれしてキレイだもんね……?」


そう、マオは、人間ではない。この世界に生きる生物ですらなかった。


いっそのこと、あの者たちに言ってしまおうかとも、それこそ、何度も決意し打ち明けようとした。


だが――この世界で魔王は、人にとっては〝永遠〟と呼べるような長い時を生きた、所謂(いわゆる)――爺だ。


信じてくれるとは思えん。が、幼女の姿をした爺が笑顔を振り撒いていると知ったら、どれだけ落胆されるだろう。実際この世界の仕組みを知った時、自分も、今の容姿に怖気(おぞけ)(はし)った。


――ダメ元だが、今からでも遅くない気もする――この身体に残留している全ての魔力を駆使し、この理不尽極まりない世界をいっそ、一思いに握り潰してやろうか? 少々骨の折れる退屈(しの)ぎになるが、差し違えることぐらいは叶うかもしれない。


戦火に焼かれ、死体に縋り(むせ)び泣く脆弱な生き物らの姿をだらだらと無意味に脳内再生している間にも、応接室に辿り着いた。


横開きの扉を開けてマオが最初に目にした光景――応接用のソファにどかっと腰を埋め脚に彫刻の施された無駄に黒光りする豪奢な長机に両脚を組みふんぞり返った、白髪交じりの長髪を(くび)の後ろで束ね無精髭を蓄えた壮年の男だった。


「愚かにも余を呼びつけた卑賤な客とは、貴様か? 昼餉前だというのに。見た目に相応しい、なんとも不躾な男よ。――余になんの用だ?」


憤慨の念を込めたマオが男を見下す。


だが、男は怯まない。それは彼女の容姿によって〝ではなかった〟――。


腕を組み換えながら彼女を一瞥すると――男は、ふんっ、と鼻で笑った。

成程(なるほど)。見た目はちんけでも――中身は、()()()()()()()()()か」

「――ッ!? ……貴様、余を知っているのか。余の素性、正体を」


「ああ、知ってるとも――初めまして。『異世界殺し』の〝元〟魔王様?」


顎をしゃくり上げ男が首肯の意を示す。


「貴様、一体何者だッ!」


エメラルドのような翠の色を湛えた瞳が憤慨に煌めき、ちりちりと肌を焼くような緊張が相対する二人の間にわだかまる。


ほう、と一瞬驚きを隠せないように眉根を上げる男。


「魔力を奪われただけでなく、感知できないようにもなったか。――あいにく、自己紹介が苦手でね。だが……これを見れば、わかるだろう?」


起立し胸の前で突き出すように両手を広げてかざす。と――閃光と雷鳴が轟き男の手中に現出した焔が踊り、揺蕩いながら収束――掻き消えた炎から顕現した『それ』を、マオによく見えるように〝掲げた〟男が不敵に口端を上げる――金の柄、金の(つば)、鈍色の刀身には宝玉が埋め込まれ、脈打つように(あか)い輝きを放っていた。

「それは……っ!?」


狼狽の声を上げ、マオの瞳が動揺に揺れる。


男が掲げていたもの。それは――所謂、アニメ、RPG、ファンタジーコミックを始めとした作品に登場するような直剣だった。


「『ナルクスの大剣』!? 貴様、まさか『勇者』か!」


剣の名を叫び、そこでようやく来訪者の正体に察しがつくマオ。


「やっと思い出したか。しかし――この世界の『セーケイ』という魔術は、彼の大魔王をそこまで腑抜けにしたか……」

「なんの用だ。余を――魔王を討ちに来たのか……」


火柱が立ち上がり男の手から剣が消える。


「……いや、そうではない――無防備な幼女を切り捨てて興奮する趣味も、残念ながら俺にはないんでね」

「〝幼女〟ちがう! 〝幼女〟言うなっ!」


 拳を握りながら、呼び名を誇張して抗議する朝日マオ。


「では、なにしに来た」

「なに――単なるアイサツさ……ア・イ・サ・ツ」


手をひらひらとさせ男――勇者は、再びソファに腰を下ろした。


久方ぶりに顔見知りと再会したが、生憎(あいにく)再会を喜べる相手でもなかった。

男を『勇者』とマオが呼んだことで、彼と彼女がどのような関係であるかは想像に(かた)くないだろう。


そう――呼び名の通り、この男は『()()()()()。賢者たちと同じくかつて魔王が数多滅ぼし(かて)とした世界の生き残りであり、人間にして――魔王に匹敵する魔力と、人間離れした筋力を授かり生まれ――救世主であることを、運命づけられた。


だが、此度の戦争に魔王が敗北し、宿命から解放された勇者は――帰る故郷を失った他の異世界人や魔王軍の配下の魔物らと共に、この世界での市民権を得た後、今はひっそりと暮らしているはず。


そんな彼が、自分を魔王と知った上でただの挨拶でこんな場所にわざわざやってくるとはどうしても思えなかった。


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