一件落着
「いいえ、我々が真っ先に掴みます」
『!!?』
突然の訪問者にふり返る一同。
「貴様はッ!」
「こんにちは。早乙女マオさん」
ひらひらと手を振るスーツに禿頭の男を、アガレスは憎々しい眼光で睨んでいた。
「そんな怖い顔しないで下さいよ。軽いジョークですよ、異世界ジョーク」
「端末真昼」
飄々と笑みを浮かべる男の名を勇者は呟いた。この世界で異世界人を管理する組織の実質的トップである男の名を。
「……どうやって入った」
「ありゃ。『なにしに来た?』とは訊かないんですね。五河さんに許可をいただいて、合鍵を作りました」
一口に‶許可〟といってもいろいろあるが。
例えば……朝日マオの安全を保障する代わりに、家を自由に入る許可が欲しいと超法規的な文書にサインさせたり。
「手荒な真似は、していないだろうな?」
「元とはいえ、世界を滅ぼそうとした魔王を社会に送るんです。これくらいするのは当然でしょう」
もちろん、真昼たちは早乙女五河には指一本と触れてはいない。政府が市民に危害を加えるなど普段はあってはならないこと。
そして、たった一人のニンゲンの身を案じるマオもまた、危険ではないとその良心を信じることができ、真昼の目的はとりあえずは遂げられた。これなら、五河に彼女を任せても問題ない。約束どおり、明日には解放しよう。
「ずいぶんとご挨拶な黄金虫ですね。神聖な方の御前にやってきて、ぶんぶんと羽音のうるさいこと」
「悪魔にそう言われては、お恥ずかしい」
黄金虫。そう揶揄された自身のつるりとした頭を真昼はぺちぺちと叩いた。
〈司欲淫王〉もまた、敵意さえあるが、マオの命令がなければニンゲンに危害を加えるようなことにはならない。やはり、荒ぶる怪物にマオは防波堤として十分な役割を果たしている。
「いやね、今回は皆さんにご報告があって。となり、いいですか?」
勇者の横に腰を下ろそうとした真昼をアガレスが一瞥して制した。
「勝手に仕切ろうとしないでください。あとマオ様の許可なしに口を開かないでください」
「…………」
「ちょっと、判ったのですか?」
「……。……」
「答えなさい! 小生の話を聴いているのですか?」
「だって、マオ様の許可があるまで喋るなって」
「マオ様! こいつ殺したい。蘇生魔法をかけて百回殺したいです!」
青筋を立てて震えるアガレス。
マオは、ぴっと、
「貴様が悪い」
アガレスを指差し黙るよう釘を刺した。
「そんな~!!」
肩を落とすアガレスは放っておいて、マオは真昼に続きを促した。
「で、どうしたのだ。貴様一人、ということはあまり穏やかではないようだが」
いつもなら、政府が所有するマンションの一室やだれにも見つからない場所を指定されマオは部下を伴った真昼と謁見する。それが護衛もつけず、真昼自ら出向くとは。
「アガレス脱走の件、ではないのか……?」
マオは、予想が外れたことに戸惑いを隠せないでいた。
外にアガレスを捕えるための部隊を集結させているとも考えたが、当の本人の注意は真昼ひとりに向けられ、怪しい様子はなかった。
アガレスもまた、マオと同じことを考え五感を研ぎ澄ませていた。遠距離からの狙撃も、前回の失敗から学んだ。異世界人との戦争に長けた今の人類でも〈私欲淫王〉の千里眼には敵わない。
今、この地球上に、マオを殺そうとする生物は、一匹たりともいなかった。
「まずはマオさん。あなた、アガレスさんを匿おうと、勇者さんに相談したでしょう」
ぎくッと肩を震わせ顔を伏せるマオに、真昼は嘆息した。
「いっ、いきなりなにを言い出す! そんなこと……」
「小生のため、こんな男に!? あんまりですぅ」
よよよ、と袖で涙をアガレスが拭う。
「逃げ出してきてなにを言っている!」
呆れて吼えるが、すぐに、しまったと額を押さえるマオ。
「やっぱり」
先日〈司欲淫王〉の件で政府が勇者に接触したのは本人から聴いていた。アガレスを打倒するには彼の勇者の強力が不可欠だった。
結果、暴走したアガレスを止める一助になったわけだが。
不本意とはいえ……政府とパイプのできた勇者なら、逃亡してきたアグレアスも助けてくれると藁をも掴む思いで彼を呼び出したマオであった。
「余は、罪に問われるのか……?」
「……いいえ。むしろ不幸中の幸いでした。マオさんとアガレス……明久瑠アスナさんが一緒にいてくれて」
安心するように胸を撫で下ろす真昼に、どういうことかとマオとアガレスは顔を見合わせた。
「なにか、あったのか」
「ひとりごとです。実は……」
後頭部を掻く真昼は、参ったように苦笑し、重い口を開いた。
「五河さんの身体のことと〈十八冥光〉のことで、組織が二派に分かれて内部で対立しているんだよなー。魔王軍残党を排除したい過激派と、ことを荒立てて責任を負いたくない
沈黙派。人命優先を盾に過激派は発言力を強めているし。牽制できなくなるのも時間の問題かなぁ。〈司欲淫王〉がマオさんの所にいるとわかって、とりあえず最悪な事態だけは避けられたけど」
まとめ役もつらいよ、と最後に付け足し真昼は深いため息をついた。
「つまり、マオ様を使って小生をコントロールしよう、と、企んだわけですか」
空間に再び高濃度の魔力が満ちる。だがマオが怒れるアガレスに待ったをかけた。
「恩に着る」
「マオ様……!?」
手で制されたアガレスの抗議ももっともだったが、ここは真昼の策略に乗った方が賢い。
そんな、いつ爆発してもおかしくない爆弾の側で牢に閉じ込めておくよりマオがいた方がずっと安全だった。真昼たちが……だったが。
「あのまま捕まっていたら、その過激派とやらに処刑されていたかもしれない。……アグレアス、お前の判断は正しかった。迷惑をかけて、余こそすまなかったな」
アガレスを宥めようと、髪をかき上げ耳打ちするマオに大悪魔はなにも言えなくなってしまった。
「マオ様は、ずるいです……もぅ……」
頬を膨らませるアガレスの頭をあやすようにマオは撫でてあげた。
「アスナさんが学校に提出した書類ですが、こちらで正式なものとすり替えておきました。これで、立派なマオさんのクラスメイトです」
手を叩く真昼は、阿久津あすかの時とは同じ手は二度通用しないと釘を刺す。
間接的に主を危険に晒したと、ここはアガレスも素直に反省した。まあ、おかげで早くアガレスの所在を特定することができた。
「では、これで」
立ち去ろうとした真昼を、マオはおいと言って引き留める。
今、一番知りたいことをまだ訊いていなかった。
「五河はッ! ……無事か?」
真昼の話が本当なら、五河は対立している組織の管理下にある。
「……心身ともに健康です。マオさんたち、自分の生徒に会いたがっていました」
「そうか……そう、か」
五河と自分はもう、ただの担任と生徒だけではなく、それ以上の縁で結ばれている。
眼には見えない。だが光る、鋼のように固い線が二本、マオには見えた気がした。
心から五河の無事を安堵するマオを、アガレスは複雑そうに見つめていた。
「ああそうだ。書類を偽造するついで、アスナさんの後見人も五河さんにしておきました」
「その場合、五河はアガレスの、なんになるんだ?」
首を傾げるマオと真昼に、電光石火の如き速さで挙手をする人物が一人。
「‶愛人〟で!!」
「よし貴様は余の従姉だ」




