たぎる
「以上が、地下研究所で検証された〈司欲淫王〉の戦闘データです」
霞ヶ関某所。
日本の心臓たる都市の地下には、国民には決して知らされない極秘の政府機関が存在していた。
異世界対策室。『異世界殺しの魔王』との大戦後、各省庁から選抜されたチームで設立された組織。内部にもその面々の素性は明かされず、内閣直属の組織でありながら、政府とは完全に独立した機関。
明かりを落とした会議室にて、映写機を前に一人の男が柔和な笑みを浮かべていた。
「こんなことが……あってよいものか!?」
映写機の電源が落ちるのと入れ替わり、部屋の明かりが戻された。
普段は大人しいスーツ姿の年配の男性が、映像の切れた白い幕に向かい声を荒げていた。
「即刻部隊を編成し、事態に対応すべきです、室長!」
珍しい。と、室長と呼ばれた黒服の男は自身の禿頭を撫でた。
映像には、一週間前にアガレスが起こした事件の映像、彼女の魔力値が映し出された。
「珍しい。あなたがそこまで興奮されるなんて」
向かいに座った六十代半ばの男がくっくっと肩を揺らす。
余計なことを……。
室長は心中で溜め息を洩らした。
「ご自分の失敗が、そんなにも認められませんかな?」
「なっ!?」
睨み合う二人の男を前に、だれも異を唱えようとしない。犬猿の仲だった二人の言い合いも、最早周囲には見慣れた光景だった。
まあ、嫌味を言いたくなる気持ちもわかる。ほかの面々も、腹の内では男の失態をほくそ笑んでいるはずだ。
秘密部隊『カオナシ』を指揮していたのは、普段は温厚な男だった。いや……だった言った方が今となっては正しい。
防衛省が立案した『カオナシ』は、隊員のほとんどが大戦で行方不明となり、殉職扱いにされた自衛官だった。中には戦争の混乱で捕虜にされた、海外からの元諜報員も紛れている。
極秘の武装組織なんて、今や国連に加盟しているどの国も、持っていない方がおかしかった。
扱う武器が異世界の技術を利用したもので、異世界人や魔物ではなく、ニンゲンを標的とした諜報、暗殺部隊であることも。
バランサーを気取っていても、防衛省から出向されてきた男にも掲げる野心があった。
『カオナシ』の初となる実戦投入で、魔王軍の精鋭たる〈十八冥光〉を打倒し、やがては自国の武力を上げる計画だった。
なのに、有力なデータもなしにアガレスと戦闘し、結果……魔王軍の生き残りがいかに脅威となるか『カオナシ』の敗退で証明しただけ。
馬脚を露したばかりか、責任を追及され、無様な醜態を晒す羽目となった。
これまで被り続けた笑顔の仮面も、もう役には立たない。
ここで引けば失脚ばかりか『カオナシ』の指揮権も防衛省は奪われる。
「ハイエナどもが……!」
「なにか言いましたかな? 近頃耳が遠くてねぇ」
最年長である女性が耳を傾けながら、ふふっと口角を上げた。
追いつめられる男を憐れに感じながら、室長は嘆息した。この国の命運を左右する場にパワーゲームを持ち込んだりするから、後で痛い目に遭う。
自業自得だが、組織の軋轢は今後の指針にも影響しかねない。
「まあまあ。〈十八冥光〉の戦闘データが取れたんです。失敗は反省し、次に生かすとしましょうよ。仲良く、仲良くね」
思いやり。気づかい。優しさ。
中学生の学級目標のような言葉も、ここでは守られない。政治にどっぷり浸かった老人たちには、国益さえ、金と権力の前では単なる文字の羅列に過ぎなくなる。
いや、この場合は、そこまで冷静でいてもらった方がマシかもしれなかった。
「マヒル殿、我らからもよろしいか」
真昼室長に挙手をするのは、最も遠い会議の席に座った面々の一人。ローブで顔を隠した妖しい風貌の一団。
噂をすれば、と真昼は思いながら。
「はい、どうぞ」
「貴殿は、我らに〈十八冥光〉の危機は去ったとおっしゃられたが」
「アガレスはすでにこちらで拘束しています」
柔和な笑みを繕う真昼に、賢人たちがひそひそと呟き合う。
「では、なぜ彼の魔王を捕えなかったのか」
ああ。やっぱり気になるのねと真昼は目を細めた。
対策室に選抜されたのは、この国……この世界のニンゲンだけではなかった。
大戦終結の立役者となった異世界の生き残りのである賢人たちは、今もこの国に貢献してくれている。
科学とはちがう技術。とりわけ魔力を軍事利用した兵器は、各国でも核に変わる新たな抑止力として、そのデータを狙う者も多い。
「最初の議題で申し上げたとおり、魔王にかつての力はありません」
「幼女の姿になろうと、奴は世界を滅ぼす危険な存在。協力者諸共、直ちに処断すべきだ」
そうだそうだとでも言いたげに委員会の面々が頷く。
政治的な諍いが残るように、超法規的空間であるはずのこの部屋において、賢人たちの発言力は高い。
だが、彼らは彼らの物差しで生きている。堅苦しい手続きも、法と政治に則った手順も、異世界から来た彼らは顧みない。大いなる目的と正義のためなら、幼女の姿になった魔王だけでなく、その友人も手にかける。
その妄信を、魔王軍の残党と同等に真昼は警戒していた。
「まとめ役もたいへんだにゃ~」
真昼の苦労を見透かしたように、賢人たちに同席した一人が笑った。
先端に禍々しい光を放つ宝石をはめ込んだ白い杖を携え、フードを目深に被ったその人影。皺だらけの貌に灰色の髭と、いかにも賢者といった老人たちの中で、女性のようなほっそりと華奢な見た目をしていた。
顔を見ようにも、フードのせいで見えない。
いや、それだけではなかった。
土偶のような面のせいで、女の表情はだれからも確認できなかった。
「まあ、いいんじゃない? 〈司欲淫王〉は今のところは大人しいし、丸くなった魔王さまも、楽しくやっているでしょ。アタシらは、真昼きゅんの判断に賛成かなぁ」
カラカラと肩を震わせる魔導師姿の女。それは、黄色く……金属同士が擦れるような声だった。
魔導師の面には、どこから入り込んできたのか、一匹の子蜘蛛が張り付いていた。
「それにぃ……」
カサカサと移動した蜘蛛が、面に開いた眼の部分に入り込む。
強気だった賢人が、蒼白した顔で固唾を呑んだ。
「魔王さまを殺すのは、アタシらって決まってるから♪」




