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魔王の倒し方、そして敗北

その『穴』は――一年前、突如としてこの世界に出現した。


各国が驚いたのは、異世界に通じるその『穴』は、アメリカでも、ロシアでも、はたまた中国でもなく、アジア極東の小さな島国に現れた。


『穴』は、偶発的要因で開いたのではない。言うまでもないが、この世界に住む我々人類にそんな術は知らない。発想すらできない殆どオカルティズムな代物を一体どう生み出すことが出来ようか。


なら一体――その答えは、すぐに『こちら側』に生きとし生ける総てが身をもって思い知ることになった。


魔王率いる異世界の侵略軍が、黙示録のラッパで開いた滅びの穴から湧く(いなご)のように、この世を蹂躙した。


世界各国は、国連やEUやらこれまで培ってきたしがらみを失くし、手と手を取り合い仲良く、この未知の侵略者と闘った。しかし、この世の物理法則すら捻じ曲げる『魔法』を駆使する侵略者魔物共に、果たしてどう立ち向かえばよいのだろう。


結果、我々人類は侵略になにもしないまま先進国で二万人、全世界で十万を優に超える死者を出し、そこで一旦、攻撃は、突然ぴたりと止んだ。業火に彩られた地上を雨が灰色に染め、しばしの黄昏を利用し、人類は世界中を上げて死者を弔った。


疲弊した各国は、これを機にこぞって降伏を前提とした和平交渉を持ちかけたが、侵略者を束ね彼らの『父』であり、産みの『母』である魔王はこれを拒絶し、この世界で最も強い者、種族を自分の前に連れてくるよう命じた。


だがこの先、教科書に書かれている通り、魔王は確かに敗北し、生き残った人々は魔王軍敗北の経緯を()()()()()()()()()()()()()()()げ、後世に語り継ぐことになる。


鎮魂の祈りに人々の悲しみも癒えぬ頃、異世界の使者を名乗る者達が交渉を持ちかけてきた。


敵と最初は警戒したが、白髭を蓄えローブに身を包んだ彼らは、かつて魔王に世界を滅ぼされ、今は魔王の住む世界にひっそり暮らす賢人だと前置きした後、各国の首脳に語り出した――魔王の目的について、だ。


強大な魔力を持ち魔物を産み出す魔王は『異世界殺し』の名で呼ばれ、その力で様々な次元を開き、多くの世界と種族を滅ぼした。地上の地脈から魔力――時に霊脈、時に星の生命力――を吸い上げ力を蓄え子を成すと、その世界で最強と称えられる存在との一騎打ちに勝利し、生かした敗残者の魔力を吸い上げ『門』を開き、再び別の次元へ――絶え間ない渡り鳥の巣作りように侵略者は殺戮と繁殖を繰り返した。やがてはこの星も同じ運命を辿る、と賢人達は、口を揃え警告した。


しかしこれを読んでいる貴方もご承知のように、国家としての経済力や絶対的暴力さえあれど、『個』として最強とされる者は、この世界にはいない。


ならば賢人らに頼み、勇者なり英雄なり用立てて戦ってもらおうと提案する国家もあった。が、先の襲撃で荒廃したこの世界を見よ、絶望と、またいつかやって来るかも知れぬ恐怖に怯える人々のすすり泣く声に耳を傾けよ。一騎打ち? 冗談じゃない! 兵も市民も多くの死者を出し、魔王侵攻を退けるため『叡智(えいち)の炎』まで空に打ち上げた。


支援と復興で企業の株価は大幅に変動し、第一次大戦後の恐慌が可愛いとさえ思えてきそうだった。


勇者も魔王と危険性はさして違いなかった。この世界の理屈で説明出来ないモノに世界の命運を預けるわけにはいかない。断じて許されない! 絶対的な暴力より、確実に魔王を倒す極めて安全で合理的なカードが、国民と経済が破綻を来すその前に、可及(かきゆう)的速やかに必要だ。


――シンプル・イズ・ザ・ベスト、アズ・スーン・アズ・ポッシブル。

それこそが、資本主義の美徳ではなかったのか。なあ友よ!


各国は議論に議論を重ね、やがて一つの結論に至った。日本政府が名乗りを上げ、もう一度、魔王との対談を求めた。よほどの策があるのか、ただの無謀か。あわよくば、魔王に取り入れ自分達だけでも助かりたいという、極めて合理的な英断か。


抑止力とし大量破壊兵器を産み出す資本主義国、独裁政権に酔いしれた国際テロリズム、戦争という概念そのものを過去のものとして忘れてしまったような国民が選抜した、どれも『国家』と名のついただけの組織だったが、やはり混迷した集団に活路を見出すのは各々の見解ではなく、凡才に潜むたった一人の天才の突拍子のない愚考だ。でなくは、人は、空を飛べるとも思わない。


――この方法なら魔王を無力化できる。


各国は頓狂(とんきよう)な日本政府の提案にますます首を捻った。対談による和平でも、また侵略者の殲滅ではなく――()()()()()()()()だと?


数日後、日本政府から通信が入った。今はもう()びれた文明であるモールスコードだった。向こうに、よほど古風な嗜好を持つ者がいるのだろう。


作戦概要を受け取るなり、各国首脳は揃って目を丸くした。世界全体が侵略を一致団結して食い止めなければいけないという状況で、ああ、度重なる戦火でついに頭がおかしくなったか。そして、侵略者は異世界――これは、世紀末最後の(タチ)の悪いエイプリルフールか。


しかし、敗戦国の発想は馬鹿に出来ない。多くの支援こそあれど、焦土と化した国を目まぐるしい速さで復興させ、世界に他類を見ない平和を手に入れた『軍』を持たぬ『国家』の言葉は、なによりも重く、そして尊ばれる。


――いいだろう。面白い。興が乗った。

戦争に勝利しても些細なことで平和は一瞬で瓦解する。だが、復興を成し遂げ這い上がってきた敗戦国は、勝利より、より確固たる平和を手に入れる。


我々は、既に惨敗している。


異世界から来たという馬鹿げた連中に完全敗北――ならばそれを上回るさらに馬鹿げた発想に賭けよう、驕り高ぶる連中に目にもの見せてやろうしゃないか!


世界の命運をかけた審判の日――日本政府は各国が見守る中、呼びつけた魔王を丁重にもてなした。


舞台はタイ、バンコクの外れの地下にある政府要人の地下シェルターの入口とされるトンネルの内部。入口から丸くくりぬかれた曇天の空が見え、応接室から運んだ豪奢な長テーブルがどかっと置かれていた。


『約束どおり余一人で参った。最強の戦士は何処に!』

 

魔王の雄叫びが壁を震わせる。身の丈五メートル、熊のように太い黒緑の肌の手には鋭利な爪がずらりと生え、鱗に覆われた筋肉質な胸板、槌のような突起のついた長い尻尾、頭部に至っては、狼の頭蓋骨に蛇の眼をはめ込んだような禍々しい造形だった。


『まあまあ、もうしばらくで到着しますので、ここはお一つ』


猛々しい雰囲気に小銃を握ったタイの護衛部隊が失禁しかける。外交お得意の柔和な笑顔を向け、派遣された日本の役人はテーブルに置かれた、コーヒーが並々と注がれたティーカップを(てのひら)で指す。


『この世界で採れる種子で淹れた飲み物でございます。訊けば――魔王様は世界の異なる嗜好品を嗜まれるのがお好きだとか。決戦前、ぜひ旅の労をねぎらっていただき用意させました』

『毒は入ってはいまいな?』

『滅相もございません。それに、次元を駆ける完全無欠な魔王様に効く毒が、この世界にありましょうか』

『それもそうだな、よく心得ているではないか人の子よ。では――苦みがあるが、中々に赴き深い味で…………』


最強故の驕りか、魔王に〝警戒〟の二文字はなかった。


カップを摘まんだまま、魔王は昏倒した。うつ伏せに倒れたおかげで二百万は下らないテーブルが粉々に粉砕したが、それでもなんとか、一応作戦は成功した。


日本政府が提案した作戦――それは、最強の戦士を用意したと言って、魔王を単身タイに誘い出し、魔王から魔力を奪うこと。


だが相手はこの世の物理法則すら無視する怪物の長だ。コーヒーにあらかじめ入れておいた睡眠薬が効くかどうかは一か八かの賭けだったが、この世界の薬物に耐性がなかったのか、なんとか効いてくれて助かった。次に魔王を殺すのではなく魔力を奪うにも、この世界はおろか異世界の賢人ですらその方法を知らなかった。ならば、と考えた。


規格外の魔力を産み出す魔王が不老不死である以上、魔法でも駄目なら――この世界が誇る人類の叡智の結晶。


すなわち科学なら…………。


タイの地下シェルターを魔王専用の巨大な医療施設に改造し、魔王から魔力を奪う。


すなわち、魔王を魔王たらしめる強大な魔力を、科学の――医学の力で魔王の身体から引き剥がし、魔王を、魔王ではなくすこと。


――だがここで、彼らはまたしても頭を抱えることになる。


医者を用意しようとにも、先進国の一部では通貨はその価値を失い、飢餓に狂った民衆は飢えた家族を生かすため諍いを起こし、その度に医学知識のある者は駆り出され、医者は、通貨より価値のあるものとされ、医療機関は実質、破綻した。


やっとのことで集められたのは、医学的知識を持ちながら、違う『医』を極めし者――美容整形医だった。


もはや彼らだけが頼みの綱だった。


各国は集めた整形外科医達に『魔王を無力な人間に生まれ変わらせろ』と作戦を一部変更して伝えた。

 

だが、指令を出した大元である日本政府は、ここで致命的といえるミスをした。


――『魔王を無力な(・・・)人間に生まれ変わらせろ』を英訳する際。

――『魔王を無垢な(・・・)人間に生まれ変わらせろ』と訳を誤って伝えてしまったのだ。


薬で昏倒した魔王を性転換した後、魔力を産み出す器官を全て切除し、無力化には成功した。


(わず)かに残った魔力は、身長を130センチまで縮められた魔王の身体に融け合い、髪を銀に染め、瞳は、紺碧(こんぺき)の色を湛えた。

 

そして、魔王は作戦に定めた要望通り、『なにもできない身体』にされた。魔王は戦争によって死亡したというのが表向きだが、生きていると他の魔物に知られれば再び叛旗(はんき)の炎が上がる。


なにより…………〝寝不足気味だった外交官の間違った翻訳によって、魔王を幼女にしちゃいました〟なんて――生き残った人々に、はたして〝正統な歴史〟として伝えることが出来ようか!


よって、あくまで『魔王は異世界の勇者と協力して倒した』とし、他の魔物共々、この世界に永久追放となった――そちらの方が、まだ〝夢〟がある、と。

 

かくして世界は、最初の襲来での犠牲を最初で最後に、以降一人の犠牲を出すことなく戦争を終結させた。


以上の話で分かる通り、それが彼女――朝日マオ。


『異世界殺し』の名を欲しいままにし、姑息な策謀に〝失敗〟した人類の手で、『最強』から『最弱』に生まれ変わった――〝元〟魔王である。


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