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変質

「……本当にここでいいのか」


目の前に広がっているその光景に――マオは眉根を寄せた。はいとアガレスが首肯する。

一夜明け、マオたちは早速五河救出に動いた。


が、間者から手に入れた情報を頼りに彼が監禁されているであろう彼奴(きやつ)らの拠点に辿り着いたマオは到着早々、その光景に面食らった。


そこは、街から少し離れた所にある、小さな遊園地だった。山を切り拓いたのか広大な土地が広がり、そこに、大小様々な種類のアトラクションが点在している。


遊園地の入口の門の前で、先に着いたマオとアガレスは、勇者が遅れてやって来るのを、アガレスの方は苛立たしげに待っていた。


「我々を待たせるとは、いい度胸をしています…………」


腕を組んだアガレスが(うな)るように呟く。街が近く、今日は休日ということもあってか、遊園地には続々と車が入り、園内は実に盛況だった。

だが、園内から流れてくる電子音のファンファーレも、家族連れやカップルの燥ぐような黄色い声も、今のアガレスには神経を逆撫でされるだけの、耳障りな『雑音』でしかなかった。


アガレスの苛立ちは沸点を超えようとしておりその矛先は日がな休日を満喫する善良な人々に向けられていた。




遊園地の入場門から、およそ2キロ離れた観覧車は現在、運転を中止していた。


「ママ―、かんらんしゃのれないのー?」


遊園地のジャケットを着たスタッフが人だかりを案内していた。立入禁止の看板が立つ入口の前で観覧車に乗るのを楽しみにしていた子どもが駄々をこねていた。母親と思しき女性が困った顔で(なだ)め、誘導スタッフの一人に声をかけた。


「あの……今日は、観覧車、やってるって聞いてたんですが……」


見ると、スタッフが誘導しているのは、この家族同様――突然の観覧車閉鎖にスタッフに抗議する入場者であった。

その上、観覧車の点検用通路に――『部隊』は到着した。


「ピーケーポイントに到達、送れ」


その『部隊』は――表向きには存在していなかった。無論、部隊名もない。

『彼ら』の存在を知る一部の者からは、作戦立案書に記載されるべき、指揮官および部隊名が空白で提出されるという謂れから『カオナシ』――〝顔がない部隊〟という俗称で呼び合った。


『各員、狙撃用意。指示を待て』


指揮所からの無機質な無線を受け取ると流れるような動作で手元のケースから取り出したそれを組み立て、弾倉を装填し各々が配置に並んだ。


バレットM107――陸自で採用されている対物ライフルM82を専用カスタマイズし魔術用に特化させた、対・魔導兵器。見た目はM82同様に武骨で上品とは言えないが、引き金を引くと、高速で詠唱が始まり――術式が自動で展開する。

発動する魔法は、装填した弾丸の種類で変化する。


「しっかし――あんな小さな子に美人を撃てとか。上もいやな命令を出す」


軽口を叩くように一人がスコープの先を覗いた。


「――目標補足」


入場門付近にいる標的を認める。一人は、リクルートスーツに黒髪とこれいって印象のない、若い女だ。


もう一人は、外国人か――フードのジャケットで顔を隠し、スカートの似合う少女……いや、あれくらいはむしろ、幼女と呼ぶべきか。フードから垂れた髪は銀を編んだようにキラキラと陽の光に反射していた。


スコープ越しからでもわかる。どちらも――一目合っただけそれだけで男を悩殺できるほどの美人だ。一人は、やや、発展途上かもしれないが。


本当に、あれが、報告書にあったテロリストなのか――作戦前、対象の写真を見ていてもなお彼は納得いかなかった。


「油断するな、作戦遂行中だ」

「りょーかい。……たく、いけすかねえ…………」


最後の舌打ちは、相手には悟られないようについた。


部隊は全員、透明に身を包んだような白い迷彩服にヘルメットをかぶっていた。

これも異世界からの賜り物。魔法で浄めた特殊な繊維で編まれており、防御はもちろん、生物が発する殺気を、最小限までカットしてくれる。察しのいい敵相手にはうってつけだった。


顔も見えないし、陰口を言うのにもぴったりだと――異世界出身の傭兵はうつ伏せに射撃体勢を取りながら、不敵に口角を吊り上げた。


異世界の技術を一部、同盟関係だった賢人から――魔王討伐、友好の証として譲り受け独自に研究を進めた。


日本だけではない。国連に隠れ――世界中ではすでに軍拡競争が始まっていた。自衛のために兵器を開発する国。新たな紛争の火種となるため武器を取る集団。この国は――今のところ、前者だった。


『最後の標的を衛星から確認。狙撃用意、各員狙撃用意! 送れ!』


「了解…………神の御加護を」

「そんじゃあ、世界を救うとしますか」


魔王に〈司欲淫王〉――連中に雇われる前に高額で請け売りたかったものだと、皮肉に(わら)って……公務員は、引き金に指を這わせた。




「そう先走るな。あれは、我らの敵ではない」

「――失礼いたしました」


マオに制止されアガレスは強引に怒りを鎮めた。主の意向に逆らう権利など――下僕である己にはない。淡々と、機械的に――下される命令を忠実に完遂すればよい。

そこに、感情など不要。

活気に賑わう遊園地から、風船を持った家族連れが出てきた。


「今日はなにが一番面白かった?」

「ぜんぶー!」

「また来ましょうね」

「大きくなったら、今度は僕がお母さんとお父さんを連れてくるよ!」

「あらあら」

「それは楽しみだな」


手を繋ぎながらそんなことを話す仲睦まじい家族に振り返り、マオは寂しげに呟いた。


「余は――あの者らの未来を奪うところだったのだな」


ここにいる者たちの幸福は全て、魔王の敗北の上に成り立っていた。


「なにを憂う必要があるのですか。短い生でニンゲンが得る幸福など――無限に等しい(とき)を生きるマオ様にとっては、砂粒程度の価値でしかありません」


見ない間に、主は変わられた。外見だけではない――その心の在り方さえ。慈愛に溢れ他者に感心を抱く。


そんな〝彼女〟を――危ういとさえ思った。主が、ニンゲンになってしまったのではと。


だが――不思議とアガレスは、不快だとは思っていなかった。やっと肩を並べることができたというか――感情の籠った彼女の声を聞くと自然に胸躍るのだった。


「小生はやはり――卑しい、のでしょうか…………?」

「なにか言ったか?」

「……いいえ、なんでもございません」


マオに向ける『懐かしい』――こそばゆい感情をアガレスは、己の胸で静かに殺した。

感情は排除しなければ――余計なものは取り除かなければ。


「見えました」


冷たく無機質に、前方を見据えながらアガレスは呟いた。


「まずは、マオ様を待たせた弁解を窺いましょうか?」


絶対零度のような殺意でアガレスが威圧するが、遅れてやってきた勇者は彼女の非難に悪びれる様子は微塵もなく、一つ苦笑してこう言い張った。


「着たい服がなかなか決まらなくてな」


そう主張する勇者は――いつもと同じ使い古しの作業着姿であった。


「よほど、命を粗末にしたいようですわね…………?」

「よさないか、公衆の面前で二人とも」


もう何度目になるか――ため息をつきマオがアガレスを止めようと前に出。

――だが。


「お下がりを」


近くで魔力の行使を感知したアガレスは一転、身を(ひるがえ)しマオを庇った。

瞬間――上空から魔力粒子の雨あられが降り注ぎ遊園地は逃げ惑う客に混乱の渦に巻き込まれた。


「なっなんだ!?」

「これが、あなたたちニンゲンの出した答え?」


マオを守護したアガレスが防御魔法を展開しながら、人類に軽蔑の言葉を贈った。

一度ならず二度もマオに奇襲を仕かけるとは。ニンゲン――無力からくるその卑怯さにはつくづく不快を禁じ得なかった。


「目的のためなら手段を選ばんか…………ッ!?」


だがアガレスが見たのは、苦々しく吼えながら――自分と同じように結界を張った勇者であった。


彼が手にしたその剣には覚えがある。『ナルクスの大剣』――勇者と彼につき従う精霊との約定の証。金星の如き輝きを放つ柄と鍔、刀身は、全て――精霊の集合体によって自然に構築された魔力の結晶。つまり――人が鍛えたものではなかった。

刃に嵌め込まれた、星の如き輝きを放つ宝玉。神が勇者に賜った魔を滅する力の源だとアガレスはそう聞いていた。


事実、勇者はその力を数多の次元で振るい――彼女の同胞その数六名を屠り〈十八冥光〉の席に欠員をつくった。


だからといって勇者のことは恨んでいなかった。矮小なニンゲン如きに滅ぼされた彼らにこそ責があり〈十八冥光〉――魔王の下僕である資格など、ない。負けた奴が悪いのだ。


「アガレス……」


マオは、不安げにアガレスの顔を覗き込んだ。

憂いを帯びた顔も――なんと愛らしい。


炎の精霊を呼び出した勇者が防御の範囲を逃げ惑うニンゲンや避難を促す警備員の周囲に拡げ避難時間を稼ぐ。


「オイ! 貴様も少し手伝え。範囲を拡げた分、防御壁の質も落ちるんだ……!」

「マオ様、しばしお待ちを――すぐに、静かになりますから……」


魔力不足に酸欠のように息を荒々しく吐く勇者を無視し一蹴、翼を展開したアガレスの身体がふわりと宙に浮かんだ。

翠のような光の、ちっぽけな魔力――鬱陶しいその発生源である観覧車に手を伸ばし術式を展開、狙撃手たちの頭上に巨大な召喚陣が突如現れる。


光輪を囲うようにさらに巨大な光輪が顕現し、アガレスが目を細めると、それはそれぞれ逆さまに。廻り始めた。その規模――およそ、遊園地の敷地が、すっぽりと収まるほど。魔法使い百人が百年かかって、やっと発動できる召喚術式を――アガレスは秒で組み上げた。


「――〈神域固定〉――」


アガレスが『祝詞』を唱え、儀式が終わる――直前。


彼女の結界を融解した『抗魔弾』が、中にいた――マオに、命中した。


「…………………………マオ、さ……………………ま…………?」


結界は崩壊し、うつ伏せの状態で、マオは、ぴくりとも動かなくなる。発達した悪魔の眼で見た幼女の顔は――死人のように青ざめていた。


「あ、あ……あ…………」


バキン! と、強靭だった心が割れる音が、した。


怒り、怒り、怒り――ぐちゃまぜになった感情がヒビのすき間から溢れ、澱のように身体の中に満ちていく。

そしてついに外へと溢れ出した。それは、比喩ではなかった。


マオが死んだと思い込んだアガレスは、正気を失った。

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