錯綜する密会
※分量多めです
「……つまり――その『早乙女五河』なるニンゲンを、そこの火虫と協力し、この、見るに堪えない卑猥な生き物から奪い返せと」
これまでの事情を聴いたアガレスにマオが首肯する。
アガレスの足もとには気を失った二人の男が倒れていた。どちらも黒スーツにサングラスと印象はうすい。
当初、マオが幽閉された事実を知ったアガレスは、即座に外の監視員を殺そうとした。魔法も使えない低能なニンゲンを脅威とは思わない。
だが主君を、このような姿に変え自由を奪い、それでも懲りずに付きまとう虫を放っておけるほど――心が広くもなかった。
だが生かして帰さなければ後に面倒になるとマオが言って、アガレスは、説得に一も二もなく従った。
「――かしこまりました」
昏倒する男たちを死なない程度に加減し蹴り上げ、アガレスはなんの迷いも見せず首を縦に振った。
「いいのか、そんなあっさり」
勇者の問いに、アガレスは、はてと怪訝そうに首を捻った。
「――妙なことを仰るのね。小生……〈十八冥光〉はみな、魔王様の剣であり盾。剣や盾が、持ち主の決定に意見などしましょうか」
そう一蹴するするアガレスを見、勇者は眉根を寄せた。
先もそう、マオの一声で――彼女は監視員を殺すのをあっさり止めた。
――各地に残る〈神創聖典〉と、〝アガレス〟の伝承。
だが当のアガレスは聞いていた話よりずっと、素直だった。
「なにか?」
「……いや」
「貴様は? ……やってくれるか」
しばし逡巡し、勇者は重い口で、応えた。
彼にとって――ここへ来てのマオの申し出は、まさに〝想定外〟と言うしかなかった。
だが、それとこれとは話は別。……決して、魔王に手を貸すのではない。
「――あの男には恩義がある。こうして金ももらってるしな」
世界を救う宿命を背負わされていた男が魔王とその従者に不敵に嗤う。
「で、具体的に、なにをすれば?」
「警備を突破し、貴様に五河を奪取してきてほしい――アガレスは奴の後方支援を頼む」
「小生が、でございますか?」
それが、彼をアガレスに同伴させた理由だった。
彼女では、目的遂行のためなら、施設内にいる生物すべてを殺しかけない。
命令すれば、この宇宙さえ、彼女は真っ二つに割ってみせる。
先の襲撃事件の功績もある、彼はいわば、アガレスの『安全装置』だった。
「奴が逃げるまでの時間稼ぎだ、ただしだれも殺すでないぞ」
「それが魔王様の御意思ならば。――して、このニンゲンはどうなさいましょう」
「この者らから、五河の居所の特定は可能か?」
造作もないと首肯し、アガレスはさっそく作業にとりかかる。
「オイオイ、大丈夫なのか、マオ?」
――と。
「……あの、小生も……〝マオ〟……様と、お呼びして、よろしいですか……? あなた様の、新しい……御名前を……」
「へっ……別に構わんが」
新しいというよりこの名は元はこの世界のニンゲンが勝手に決めた名なのだが。
「…………マオ、様――どうか、小生の手を……握ってはくださいませんか……?」
膝を折り、祈るように手を組み頭を垂れるアガレス――彼女に乞われ、マオはその白い頬に触れた。
ああ……とアガレスが感嘆のため息をついた。
「小生は、こうして、またあなたと逢える時を……信じて……お待ち申しておりました」
――想いが溢れる。
彼の王と初めて逢ったあの瞬間。彼に尽くせた喜び――彼を失い訪れた終わりない孤独。
「ああ……我が、我らが愛しい御方……」
慰めるように差し出されたマオの両手がアガレスの流した涙に染まる。
「あなた様の御手は、こんなにも小さくなられたのに、こんなにも……心強いのですね」
運命というものが、アガレスは大嫌いだった。
魔王が敗れた運命などあってはならないのだから。
だがマオが生きていたこと、こうして――再び出逢えた幸運に今だけは心から感謝した。
***
時刻は数日前に遡る――。
仕事を終え、作業室でひとりくつろいでいた勇者を尋ねたのは、黒服の男女数人だった。
「『呪われし祝福を授けられし児』とは――あなたのことですか?」
勇者は即身構えた。手中に剣を呼び寄せ魔力を身に纏う。
「あなたと戦う意思はこちらにはありません」
男の一人が代表してそう言うと、勇者を車の中に案内した。
確かにここでやり合えば、周囲にも被害が及ぶ。
校門前で身構える勇者の気配を訝しそうに見つめてくる下校途中の生徒を尻目に、勇者は矛を納めた。
厄介ごとを嫌う彼は、目撃者の記憶を消すのも怠らなかった。
しばし目を瞬かせた後――なにごともなかったように生徒はその場から立ち去った。
「さすが、魔王とやり合えるだけのことはある。剣も、それ以外の才覚もすばらしいものですな」
「世辞はいい。――いや……すべて知っているということか」
「理解が早くて助かります」
男に促され、勇者は、あらかじめ門の大通り前に用意されていた黒塗りのワゴン車に男と共に乗りこんだ。
勇者を囲うような恰好で残りの男たちが席につき、車は発進した。
窓の外をふと見ると、窓にはスモークが施され、外の様子は確認できず、くぐもった茜色の夕陽が窓からぼんやりと射していた。
車に揺られ、数分後――ワゴンはとあるマンション前で停車した。
住民の気配がまるでない異様に静まり返ったそれを勇者は眺めた。
居場所がわからないようスモークの張った車に乗せられ、着いた先は無人のマンション――これから始まるのは、明らかに真っ当な話し合いではないなと、これから始まることに不安を覚えつつ勇者はため息をついた。
「三日後、朝日マオが解放されます」
案内した角部屋のソファに勇者を座らせるなり、開口一番そう言ったのは、先ほど彼を諫めた中年の男だった。
各々から名刺を受け取った勇者は、向かい合う面々を改めて順繰りに見渡す。男女別に似たような髪型に、全員が同じ服装。鏡に映る影のようにまるで個性がない。
街中ですれちがっても記憶には残らないだろう。
手渡された名刺、それらにはこの国の言葉の〝ひとつ〟『漢字』で『内閣異世界対策局』とあった。
――ああ。要は、あいつの〝子守り〟かと勇者は納得する。
「それで? あいつが自由になるのとこの俺に一体なんの関係が?」
名刺から視線を外し顎をしゃくる勇者に――彼から見て右側の一人用ソファに座る男が後頭部を掻きながら面目なさそうに苦笑した。
ただ一人、飄々と笑みを見せてくる男に、悟られないよう、勇者は警戒する。『室長』と名刺に書かれていたこの男――恐らくはその肩書きどおり、連中の中で一番頭が回る。
大義名分の元――幾度となく権力にいいように使われてきた彼にはわかった。
これは、相手を騙し、利用する際の笑みだと。
張りつけたような薄ら笑いを崩さぬまま――男は懐からなにかを取り出した。
これが本題だとそう言わんばかりにテーブルに並べられたそれは三枚の紙切れだった。確か――この世界での印刷技術の一つで、『写真』といったかと、勇者はふむと頷いた。
それは、白い幕を背景にして立つ、朝日マオの写真だった。
写真は、胸がうまく隠れるように撮られ細い鎖骨が覗いていた。恐らく身体測定か身体に異状がないかを調べる際に撮った記録用の写真だろう。雪のような肌を晒して前を向くマオに表情はない。だが頬は引きつり耳まで朱色に染まっていた。
「――これを見て、驚かないのか?」
恰幅のいい黒服の一人が唸るように呟いた。
これとは、この写真のことで――今は幼女に生まれ変わった恥ずかしがる魔王の裸体を見て、どう思うか聞かれたのではないとそう自分に言い聞かせるように、勇者はうんうんと……二度頷く。
似たような技術なら別の世界で彼は何度か目にしたことがあった。中にはもっと複雑な、それこそまさに『魔法』の域に達した科学技術を持つ世界もあった。
しかしそれでも――魔王の前では無力であった。栄華を極めた世界も、今はもう、ない。
進行役の男が咳払いした。敬語を使えと脅された部下らしき男の頬から冷や汗が流れた。
だが構わないと勇者が手を振るとそれ以上はなにも起こらず、進行役には再び笑みが戻る。
テーブルに残っていたのは、一方は通行人に紛れ街を歩く女――状況から見て隠し撮り――の写真と、もう片方の写真には、四方を白い壁に覆われた牢のような部屋で取り調べを受ける一人の若い男が写っていた。
服は入院着のような白く清楚な物に着替えさせられ、長時間にわたって尋問を受けているのか表情には疲れが滲んでいた。
服装を表情も以前とまるでちがっている。だがその男の顔に――勇者は見覚えがあった。
早乙女五河。朝日マオの担任で――魔王の『力』を宿す男だった。
「…………この写真の女は?」
五河には振れず、とんと勇者は女の写真を指差した。
写真を見て一目でわかった。
この女、人ではないと――。
「〈十八冥光〉――〈司欲淫王〉のアガレスです」
〈十八冥光〉――『異世界殺し』と謳われた魔の王に仕える十八の怪物。
「私たちは、兼ねてより、魔王軍の残党を追っていました。中でも〈十八冥光〉――奴らは当局の目を欺き、巧みに社会に潜伏しています。これは先日、都内の防犯カメラが偶然捉えたアガレスの写真です」
勇者を置き去りに話は進む。
「彼女は、現在は偽名を使い教師として働いています」
「これが、教育委員会に保管されていた『阿久津あすか』の履歴書のコピーとなります」
履歴書に書かれていた『阿久津あすか』――彼女は、ニンゲンだった。
曰く、就職困難な異世界人に、偽の個人情報を提供する組織と彼らを斡旋する業者がいるのだとか。
組織の大元は暴力団や他国の兵器産業、主にニンゲン、または、服装でニンゲンに変装できる亜人種が取引相手だった。
報酬は、種族や異世界にいた頃の職業によって異なるが、魔法や魔術に化学――兵器に転用できそうな情報と引き換えだった。就活に行き詰って、一度自分も利用したとこがあって、その後、一回目の面接にて、早々にボロが出て落とされた。
だってさ、本屋のバイト面接で計算問題やるとか聞いてねぇし。ブッ○してやる――とは、この場では言えない……いろいろ、可哀そうな勇者だった。
「関係者によると、彼女は大学でも熱心な学生で、実習先の生徒、教員、保護者からも好印象で人気があったとか。……不気味なほど……」
「三日後、アガレスは日輪学園に、臨時――病気療養中の、早乙女教諭の臨時として配属されます。受け持つクラスは…………………………もう、おわかりでしょう?」
会話を締め括るように、進行役の男が首肯する。
だがその前に――彼は席を立つ。
「断る理由がどこにあります。――今こそ魔王を討つ絶好の機会でしょう……」
この者らが自分になにをさせたいか、その一言で察しがついた。
この国がマオを生かしている最大の『理由』それは――魔王が『朝日マオ』だからだ。
牽制できている間は『所有者』であるこの国も、迂闊に彼女には手が出せない。まだここに来て日は経っていないが、この世界の法は――野蛮ではない。少なくとも――無抵抗の敵を首切り台には送らない。
ところが――彼らは、早乙女五河を見出した。図ったように〈十八冥光〉まで現れた。
均衡が崩れる。ようやく手に入れた平和が脅かされつつある。
彼らは、焦っていた。
マオは解放されかつての仲間と感動的な再会を果たす。だが、肝心の『ジョーカー』はしっかりと握っておく。あるいは時期に合わせ、五河も解放する目論みか。
――力を失った魔王、魔王の力を宿した男……二人の前に現れる逃亡中の魔王軍幹部。
そこに自分が加われば――語り部も真っ青な、いい『筋書き』ができそうだ。
「協力は、残念ですが、お受けできないようですね……」
「らしいな」
「本当に、残念でなりません。あなたも……ここでの生活は苦しいでしょうに」
「……脅しているつもりか? この俺を」
玄関手前で立ち止まった勇者の振り返る先にいたのは、引き留めようと、あるいは彼を危険視し拘束しようとおっかなびっくり立ち上がる黒服連中の中にソファに腰かけひどく落ち着き、がそんな彼を――まるで憐れむように見つめながら、笑みを浮かべる男だった。
「いいですか? これは決定事項です。――朝日マオは、アガレスと早乙女五河と結託し、我々に攻撃を仕かけてきます。もしあなたがそれを阻止して下さるのなら、我々はあなたの望むものならなんでもご用意します。たとえば………………」
清々しく言いながら、男は勇者に――――――すっと中指を一本立てた。
なるほど、この手腕。
魔王が倒される理由もなんとなくわかる。
「なにかありましたら、いつでも連絡をお待ちしております。人は……気が変わりやすい生き物ですから」
三日後、どうするべきか名刺を眺め悩んでいた勇者の元に、マオが従者を連れて尋ねて来た。




