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代理

マオを見つけ、教室の女子生徒数名が駆け寄ってきた。


「朝日さん、だいじょうぶ!?」

「あ、ああ」


報告会から丁度二ヶ月が経ち――マオは、拘束を今日たった今解かれた。


役人が言ったように監視がつけられ、今も校門の前にとめた車から見張っていたが、それ以外、彼女は元の生活に戻された。

拷問を受けるかと最初のうちは覚悟したマオだったが――官邸内で行われた取り調べは実に真摯的だった。


いつどこで知り合い、どのような間柄か、ほかに仲間はいるのか、など、五河との関係や、国家転覆について根ほり葉ほり訊かれはしたが。


彼らは、マオには指一本とて触れようとはしなかった。


「いきなり学校、やすんでっ、もうッ……会えないんじゃないかって……!」

「お、おい! こんなところで泣くな!?」  


まぶたを涙で腫らし、鼻声になりながらそう訴える女子生徒を見る人目を気にしつつもマオは笑顔をとりつくろった。


「この子、学校が襲われた日のこと……まだ気にしてて。……みんな――あの日のことでだいぶ神経質になってる……」


すすり泣く友だちを介抱しながらもう一人の女子の生徒が、ぽつりとそう呟く。


「そうか……心配をかけたな」


確かに辺りを見ると――みな必死に明るく振る舞ってはいたが、その顔は仮面でもかぶったようにどこか、ぎこちない。


「生徒の数が以前に比べ少ないように見えるが…………」

「何人か、はね。中には引っ越した子もいるよ」

「…………」


たった一つのきっかけで全てが壊され、一度失われた日常は取り戻せない。――その様を目の当たりにした元・魔王は、言葉を失くした。


「――ではなぜ、其処許らは」


しばし、考えこむような素振りを見せた後――女子生徒の髪を指ですいて。


「この世界の子とちがってよそから来たわたしたちは……この街から出られない」


そうか。この者たちも――。


「……しかし」


そう言いマオは改めて教室を見渡した。久しぶりに訪れた教室は、いつにも増して喧騒に包まれていた。


「やけに騒がしいな」

「なんか、今日、新しい先生がくるみたい」

「新しい?」

「五河センセのかわりに――朝からみんなその話でもちきりだよ?」

「……五河」


感慨深げにその名を呟くマオであった。


拘束中――彼女は五河に一度も会わせてくれなかった。五河も何らかの尋問や検査なりを受けているはずなのはわかるが、その内情を()いても、マオの尋問官は頑なに打ち明けようとはしなかった。早乙女五河がどこで、なにをしているのか。


それは――彼の生徒ら同様、マオも、知らなかった。


よほど、警戒されているらしい。

だがそれも無理ない。五河は、マオの側にいたことで魔王の力を解放した。それは、奴らも承知のこと。


なら、彼につながる情報をマオに悟らせまいと奴らが動くのも仕方ないことだと、マオは諦めるほかになかった。


すると、教室の戸が開きマオと生徒たちはクモの子を散らすように一斉に席についた。くたびれたスーツ姿に干からびたように老けた男が出席簿で教卓を叩いて号令を促すと、起立した生徒たちが慣れた動作で礼をした。


「えー……それでは――――」


間の抜けたように、そう学年主任は嘆息。すると――早速新任の教師を紹介し出した。


一体どう彼らを言いくるめたか知らないが、事件や担任のことについて学校側は、生徒にすでに説明済みのようだった。

 

「――では……どうぞ入ってきてください」

『失礼します』


戸の向こうから応答するくぐもった声が聞こえ、教室全体が緊張するのを――マオは肌で感じた。

マオの身も思わずすくむ。聞こえた声は――女だった。


「朝日さん? どうしたの?」

「……この声――どこかで……?」

「はじめまして、みなさん。阿久津(あくつ)あすか、と申します。早乙女先生が退院されるまで、短い間ですか……みなさんと仲よく過ごせるよう、せいいっぱい、がんばります。どうか――よろしくおねがいいたします」


しかし、マオの様子を不審に思い彼女に尋ねた女子生徒は瞬間、マオのことなど眼中になく――教卓の方を見ながらうっとりと、甘い吐息を漏らし、呟いた。


「……きれい……」


黒板に背を向ける恰好で頭を下げたのは、すらりと細い足に目鼻の整った面と、豊かな胸元といった――およそニンゲン離れの妖艶さをかもし出す黒髪の若い女だった。


彼女だけではない――マオが教室を見渡すとそこには、生徒や、新任の教師を案内した学年主任でさえ、みな一様に呆けたように笑いを浮かべ、なにかの麻薬にあてられたように、彼女の『声』に聴き惚れていた。


妖しく笑みを浮かべる女の心を融かすような声は、聞いた者の自由を奪い、魔香のような声には、精神支配の魔力――『呪い』の一種が込められていた。


ところが――マオにはそれが効いていない。精神に作用する魔法の類は、()()()()()数だけ耐性がついていく。


「……そん、な――いや、まさか貴様……!?」


そう。マオは以前にも術にかかったことが。

というか――口を開くたびに呪いを常時かけてしまう彼女を〝元〟魔王は太古の昔から知っていた。


「……アガレス――?」


己につき従ったかつての臣下の名を――久方ぶりに、マオは、口にしたのだった。

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