報告会
新シリーズです。
陽が昇り出す前――突然の呼び出しは朝日マオにとって、憤懣やるかたないことだった。
場所は郊外のとある賃貸マンション。三十階を超えるこの街でも有数な高級物件であり最上階からの眺めも思わず目を見張るほどだった。しかし、眼下に見える夜明け前の街はあいにくと雲海に包まれ空気も寒々しいものとなっている。
部屋を見回すマオ。彼女が腰掛けるソファ、それ以外に家具は一切なく簡素な1ルームに生活感はまるでなかった。
それもそのはず、ここは――彼女の住む部屋ではない。
このマンションには、彼女を含め、住人は一人もいなかった。マオが暮らしているのは、ここから数十キロ離れた場所にある首相官邸内部に設けられた、政府要人用の居住区画。政府の管理下に置かれたセーフハウスの一つだった。
あくびを嚙み殺していたマオのところに――ドアをノックし、数人の人影が入ってきた。
「これはこれは、遅れてしまい大変申しわけない」
頭を掻いて苦笑しながら、一人が頭を下げ――マオと向かい合うソファにどかっと腰を下ろし、他も、彼に倣って隣に座った。
彼らは皆一様に、鏡のように同じ格好で見分けがつかない。確か『スーツ』とかいうこの世界の正装だったか、とマオは思い出す。
ほかの世界では種族、ニンゲンの正装もまた、装飾を散りばめた華美な造りだった。だが、この世界の役人はそれと比べて――とても味気ない。
劣等種の美意識などには微塵の興味ほど湧かなかったが、無駄に主張しないことが――この世界の礼儀にあたるのだろうか。
「きのうはよく眠れましたでしょうか。お疲れのところ、本当に申しわけない……」
『遅れた』と言いつつ、彼らはきのう、マオに伝えた時間ぴったりに部屋に入ってきた。
「許す。余をここまで送った其処許の使者にも、ご苦労だったと伝えておけ」
「や、恐れ入ります」
柔和な笑みを浮かべつつ――だがマオと向かい合う役人達の顔は、緊張に強張っていた。
彼らはこの国の政府から、マオの生活を支援する任務を仰せつかっていた。
そんな彼女を――国家の要石たる官邸内ではなく彼秘密裏に押さえたマンションに彼らが早朝わざわざ呼びつけた理由。
御所から自分を遠ざけたいほど、面倒ごとをこの者たちは訊きたいらしいとマオ。
「それでは、先日……紅蘭付属第一日輪学園で起きた事件についてですが――」
やはりとマオは眉根をつり上げる。
魔王による侵略が失敗に帰し、すべての元凶である魔王は――この世界での戸籍を政府によってつくらされ、普通のニンゲンとして、学校に通っていた。
この場にいる堅苦しい肩書きを持つ役人の主な役職は、マオのように、異世界人が新しい世界に順応し社会参加できるよう、仕事や、住居の斡旋をすることだった。
ところがだ、ある時――マオが通う学校を、魔王軍の残党が白昼種撃し、教員と生徒を人質に校内に立てこもるという事件が起きた。
元は、この世界を滅ぼそうした侵略者。異世界人が社会に馴染み、人々の心から大戦の記憶がうすれていく一方、一部の異世界人による被害件数は日々増加の一途だった。
肩をすくめ、先日と同じ内容をため息まじりに淡々と復唱する。
事件後、襲撃者はこの世界の治安部隊により鎮圧されたことになっていた。
「現場には、いなかったのですか?」
「だから……呼び出されてすぐ、避難しろと言われ――なにが起きたのか余は知らない」
「避難した児童の中にも、あなたはいなかったと報告がありますが……これは」
「……避難場所がわかりづらく、余が見つけられなかったのはそちらの落ち度であろう」
マオの話を、彼女と向かい合って座る禿頭の役人――その脇に控えた男たちが、文書と照らし合わせ内容から事実かどうかを確認する。あれには、おそらくその治安部隊が当時の状況を――住民や現場から収集しまとめたものが記されているのだろう。
マオの容姿に騙されないようにするための対抗策――その一環による情報の参照だった。
「……わかりました。ご足労いただき、ありがとうございました」
「もう、よいのか……?」
「はい。先の襲撃事件と、朝日さんとの関連の疑いは、これで、すべて晴れました」
席を立ち役人連中はそそくさと帰り支度を始める。
彼らが尋問を始めて、まだ、三十分も経っていなかった。
「なにごとにも慎重になってしまって、いやはや……これだからお役所仕事は」
参ったように役人の一人が頭頂部を掻いて苦笑する。
いやはや――『いやはや』だと?
それはこちらの台詞だと、目覚めきっていないまぶたをこすりそっと静かにマオは悪態をつく。
今日、学校は、登校日だった。襲撃から一夜明け、疲れもまだ身体から抜けきっていない。
この身体になってから、ちゃんと眠ることが、どれだけ一大事になったと。だというのに……!
この……鬼畜といえる迅速な対応。
すべての元凶。それは、マオが通う『第一日輪学園』その――成り立ちにあった。
担任曰く、あそこは、異世界人の子らがこの世界を学ぶために創られた特別支援学校なのだとか。
無論、この世界の学生も籍を置いている。一般の生徒、そして、異世界人の生徒。互いをより深くわかり合うことで、戦後到来する――異なる思想や価値観を持った異世界人同士の『高高度多様社会』で共存する術を覚える、なんてずいぶん大層なお題目を掲げ、創り上げたその最初のモデルケーズが『紅蘭付属第一日輪学園』。
彼らの志には……『元』魔王で、学園に在籍するマオも感心した。だが、いくら今回のような、共存を快く思わない一部の異世界人による事件、その、事後処理が万全だったとはいえ。報告書の作成といいこの世界の種族は、一体……どこまで勤勉なんだ!?
「ところで、その後、いかがですか。……学校には、慣れましたか?」
不意打ちの質問に、ええ……とかああ、など、曖昧な返事をするしかないマオ。
「それはよかった」
「……――そうだ」
「なにか?」
「其処許らに、その……頼みたいことがあるのだ」
足許に置いておいたランドセルからマオはある用紙を引っ張り出した。安物のざら紙ではない。より頑丈、保存状態にこだわったユポ紙だ。
「ほう……養子縁組……ですか」
「余も、いつまでもそちらの世話になるのはどうかと思ったものでな……」
『多次元移民特別支援措置条約』――国連主導で決定した新しい条約。
先の説明のとおり――その価値観や、我々この世界の人類とは異なる見た目や特徴から、今後どう向き合うべきか、今も、どちらも議論の途中だった。
ところが、別次元から来た難民を収容し養うには、一国一国が連携しても食いぶちも土地も賄えないのが現状。
そこで、せめて友好的なニンゲンや亜人種からでもと、学校を建て、元の世界で親を亡くした子や身寄りのない者の新しい家族になってもいいと願い出れば、養子関係を成立させる。そういった運動が各国で起こり、ニンゲン同士、亜人種――彼らがどちらも相手に抱く偏見や差別は一部の異世界人のせいで、どの国にも、今も、根強く残っていた。
「…………」
なのでマオを見る彼らの目も、一層、厳しいものとなっていた。
「これは……私が言わずとも、すでにわかっていることと思いますが。あなたは、一度、この世を滅ぼうとした、魔王です。その魔王が、この世界のだれかと、養子縁組を結ぶ。その覚悟――本当におありですか?」
マオはすぐには答えられなかった。
申請書は手配し用意させれば、だれでも書ける。
だが、彼女の要求が通る確率、それは、限りなく低かった。
名目のうえでは、マオは来賓として日本政府に保護されており、正体を者はごくわずかにしぼられていた。
彼女の意見を尊重してやりたい――申請書に目を通した役人たちにうそはなかった。
だが魔王の生存が公に知れれば――魔王軍の残党が世界中で叛旗を興す恐れから、マオが生きている事実は国連にも伏せられていた。魔王はあくまで――手術後に死亡したのだ、と。
「それに、この……里親申請の欄にある名前――『早乙女五河』……なぜ彼を?」
慣れない油性ペンで、憶えたての日本語で書くのに一晩かかった……大きくて、筆圧で曲がった汚い字は、里親申請氏名の蘭からはみ出していた。
それは、マオのクラスの担任の名前だった。
役所では申請書とともに、里親募集家族の一覧がもらえる。だが、良し悪しがわからず、日本語も習得しきっていない異世界人の多くは、申請書を、空欄のまま役所に出す。そうすれば、面談で事前に訊いた要求や要望に合った里親を紹介してくれるからだった。だがマオ――彼女は、そこに、名前を書いた。里子になりたい者の名前を。
「聞いては……もらえないだろうか」
受け入れてくれるかは、自信がなかった。
それでもマオは彼の力になりたかった。
その事情を彼らこの国の者たちに話せない以上、自分があの者のそばにいかなければ。
申請が通らないのはマオ自身、承知していた。〝元〟魔王は、馬鹿ではない。
……いや、ちがうな。人の身になってから、だれかを気にかけてしまうほど、余は、馬鹿でお人よしになってしまった。
あるいは……彼の者に出逢ってからか。
「……そう強く言われてしまえば、我々も、これ以上説得することはできません」
「ではっ!?」
「ああ……ではあとは、手はずどおりに……」
懐から、板のような白く小さな――確か、遠くの者と連絡するこの世界の魔導具――を取り出し役人の一人がなにやらぶつぶつと呟き、魔導具をしまうと――禿頭の男にこくりと頷いた。
「たった今――早乙女五河教諭を国家反逆容疑で拘束しました」
「……………………は?」
今、この男は余になんと――
『サオトメイツカを拘束した』……?
「ち……ちょっと待て! 余は、あの男と養子の契約を結びたかった、それだけだ。なのになぜ、身柄を押さえる必要がある!?」
「彼が――あなたと共謀し、国家転覆を目論んだ可能性があるからですよ、朝日マオさん」
マオの脇に控えていた男たちが、取り出した拳銃の安全装置を外し身構える。
「わかるように説明しろ、余は、なにも企んでなど――」
「先の学校襲撃事件――襲撃者を倒したのは、あなたと、早乙女五河ですね?」
「――ッ!?」
なぜそれを。
……マオがそう言おうとすると、役人の言葉がそれをさえぎった。
「事件当日、学校で高威力の魔力を探知しました。襲撃者のものではありません。発生源は現場の教室、人質の一人――早乙女五河からでした。それは、魔王の魔力反応でした。そして現場には、あなたとあと一人……戦時中のデータにはない、高濃度の魔力を持った人物が確認されています」
「どうしてそこまで知って……いや、それでは、その目で見たような……っ!?」
ソファから立ち上がる狼狽するマオに役人は、そっと――上を指さし呟いた。
「人類の眼は……宇宙の上にもあるのですよ?」
彼女は、知らなかった。
衛星の存在――宇宙を飛ぶ四千機を超える彼らの『眼を』……。
「早乙女五河は、魔王となんらかの関係がある、非常に危険な人物です。彼とあなたを、近づけさせるわけにはいきません」
つまり我々は、最初から疑われていた。
そこへ――養子の申請。
見張られていることも知らず、疑いは事実であると、自らの手で――奴らに証明してしまったわけだ。
くずおれるように跪こうとしたマオを、脇から男たちが取り押さえた。
「……あの男は……どうなる……?」
「彼には、すべて話してもらいます。あなたも二ヶ月間の尋問と、拘束後は二十四時間の監視をこちらでつけさせていただきます。彼から、なぜ魔王の魔力反応が発見されたのか我々は――真実を明らかにしなければならない」




