04 星に勇気を
「えっ……」
路地裏の奥の方、あたしたちの家。そこから出ていく男たち。ここには何もめぼしいものなんて無いはずなのに。
いや、ひとつだけある。アヤメという宝石。彼らはそれを盗んでしまったのだろうか。盗る盗られるということは、ここではいつものこと。
物を置いていく方が悪い、そんな不文律まであるほどだし。でも、彼女を失ってしまうのはなぜか怖かった。他のものなら全く怖くないのに。
「アヤ……メ?」
気付いた時には、家に駆け込んでいた。あるのか無いのかわからないドアを蹴破り、あってないような廊下を駆け抜け、彼女を置いておいた場所に飛んでいく。
死んだとはいえ、あれはアヤメ以外の何物でもない。あれは間違いなくアヤメだから。
だから――――
それを見た瞬間、あたしの中の時間が凍った。
「なんでよ……」
アヤメは、宝石から砂に変わっていた。大きさも形も全部違う、でも全部同じ砂に。彼女は、誰かによって砕かれた。徹底的に、粉々にされた。
「なんであたしじゃなくてアヤメなの?」
抑えていた感情が溢れてくる。これまでは、彼女が彼女の形を保っていたから正気でいられた。
「なんで粉々にされないといけなかったの?」
でももう違う。それは既にアヤメの形状を成していなかったから。アヤメは誰かによって、完全に殺された。
「なんで、なんでなんでなんでっ!」
どうしてという疑問が止めどなく溢れてくる。それと同時に、宝石だった砂が濡れていく。彼女を汚しているのは、あたしが流している涙だ。
こんなことをした奴を殺してやろうと思った。これが許される世界を滅ぼしてやろうと思った。でも、それだとアヤメは報われない。
だから、こう願うことにした――――
****
「――――アヤメを元に戻す力が欲しいの」
少女が望んだのは、いつも通りの日常。狂った歯車を元に戻すための力。
「それは、砕けた宝石を元に戻す力? それとも」
それとも、宝石を人間に戻す力か。当然だが、どれだけ医学が進歩していたって宝石は人間にならないし、人間が宝石になることはない。
これはきっと、神様のいたずら。アヤメという少女が見つけたのは、わざとそこに落とされたもの。無垢な少女の人生を狂わせるために仕向けられた罠。
「出来るなら、人間のアヤメと一緒にいたいわ。でも、それは叶わない願いなのでしょう? なら、あたしは少しでも可能性がある方を選ぶわ。だってその方が……」
「その方が、人生を楽しく過ごせる……のかな。……そういえばいい忘れていたね。魔眼を入れるということは、願いの大小に関わらず人間をやめることになるんだ。それでも、その願いを叶えたいのかい?」
そんなルートに進んでもいいのか。本当にやってしまっていいのか。僕がとったのは最終確認。彼女にその意志があるのかということを試しているだけ。
この商品は、返品も交換も出来ないのだから。
「それでも、叶えたいの。アヤメがいない人生なんて考えられないから」
「いいのかい?」
「もちろん」
確認は取れた。どうか、無垢な少女が黒く染まりませんように。
「報酬はもう貰った。はぁ、気は進まないけどお仕事だからね。キミに魔眼を売ってあげる。ここに封じられたのは、宝石に命を与える力。どうか、彼女の人生に祝福を――――」
祝詞を捧げ、悪魔をこの世界に堕ろす。
デーモンもエンジェルも、本質的には同じもの。だけど僕はそれを悪魔と呼ぶ。天使、つまり天の使いではなく。だってその力は不幸しか呼ばないから。
神は人間を助けたりなんてしない。
暇潰しのために、いたずらをするだけ。
暇潰しのために、人生を狂わせるだけ。
「行ってらっしゃい、純粋なお嬢さん。どうか……どうかこちら側には来ないでおくれ。キミには人間のままでいて欲しかった。これもどうせ僕の身勝手だけど」
本当はこんな仕事をしたくはない。でも、僕が生きていくためにはやらないといけない。だから人間に魔眼を売り続ける。
狂わせたくないと思うのは、僕がわがままだからなのか?