07.街中へ
スヤスヤと静かに寝息を立てて眠るシルヴィオを、ライラは見守る。
今日は麓の集落からこの温泉街までよく歩いた。リンショウ王国を出るまではとにかく急いだが、このヘイジュ王国に入ってからは、そう急がなくても大丈夫だろうと、ライラは思っている。
なぜなら、リンショウ王国とヘイジュ王国の間には協定が結ばれていて、簡単に言うとリンショウ王国の軍隊がこのヘイジュ王国で好き勝手に動くことはできないからだ。
ここから先は急ぐ旅ではないが、極力目立つ行動は避けたい。シルヴィオの銀髪はヘイジュ王国でも珍しいと思うが、他の宿泊客のようにのんびりと過ごしていれば、特に怪しまれまいだろう。多分。
荷物を整頓してから、ライラも眠りについた。
翌朝、ライラはそっと布団から出る。
と、シルヴィオに手を掴まれた。
「ごめん~起こしちゃった?」
「……ん、どこ行くの?」
「お風呂に入ってくるね」
ライラがそう言ってシルヴィオの頭を撫でると、少年は安心したように再び眠りについた。
知らない国で不安だよね。私も一人だったら不安だったかもしれない。
宿を後にして、街道は砂利道から石畳へと変化した。
「シルヴィオ、今日中には大きな街に着くよ~」
「うん」
二人はヘイジュ王国第二の大きな街に向かっていた。
今日の宿はそこかな。
そして護身用にナイフを買ったライラは、それを懐にしまった。
使う時が来ないことを祈ろう。
馬車や馬の往来も激しくなる。人々の話す声も多くなりガヤガヤとしてきた。いや、人々がある場所に集まっている。ライラは遠巻きに何が起こっているのか人垣の中を伺うが、よくわからない。
「どうしたんですか?」
「がちょうが馬車に轢かれたんだ」
「えぇ!? 近くに動物病院は──?」
「は? 動物病院?? あれは食用だよ」
ライラは唇を噛んだ。白い羽根が朱に染まっていて痛々しい。診た所、手羽中手骨あたりが折れているようだ。とっさに応急処置をする。
大きながちょうは潤んだ目でぐったりしていた。
シルヴィオが、ライラに耳打ちする。
「この子、精霊獣、鵞鳥」
「え!?」
「がちょうに、混じる」
その様子を見ていた養鶏場のオヤジさんがダミ声で、ライラに話を持ちかけた。
「姉ちゃん、よかったらこのがちょう買わないかい? 安くしとくよ。ちょっとでかいから肉は堅いかもしれんが」
「買います! おいくらですか?」
このままではこの精霊獣は、そうと知らない人間に食べられてしまう。
ライラは大きな白い精霊獣鵞鳥を養鶏場の主から買い受けた。
近くの川べりまでそっと鵞鳥を移動させる。集まっていた人々はポツリポツリと散って行った。
川べりには下草が生い茂り良いクッションになっていた。
患部を洗い、添え木をし包帯を巻いた。
すると鵞鳥がライラに話しかける。ライラの頭の中に直接響く振動といったほうが正しいかもれない。
『……助けていただいて、感謝します。どうかこのまま、捨て置きください』
「そうはいかないわ。この先にある動物病院まで馬車で向かいましょう」
シルヴィオが、生きることを諦めかけている鷲鳥を元気付けるようにライラのことを紹介した。
「この人、優しい。大丈夫」
「シルヴィオ、馬車を捕まえてきてもらえる?」
「うん」
馬車に鵞鳥をそっと乗せて、一路ヘイジュ王国第二の街へと急ぐ。
そして動物病院に駆け込み、即手術となった。設備はそこそこ整っているらしい。
ライラとシルヴィオが待合室で待つこと1時間。獣医師が、容体と怪我の説明に現れた。
「手首あたりの骨が折れていたけど、応急処置されてたから、神経までは傷ついてなかったよ。今は麻酔でぼーっとしてるけど30分以内には醒めるかな? 2週間くらい入院だね」
「ありがとうございます」
ライラは獣医にお礼を言った。良心的な獣医のようだ。
「あの……私、こういうものなのですが……」
リンショウ王国の獣医師資格証を出し、しばらくここで働かせてもらえないか交渉する。
手術を手掛けた男性獣医師アメデオ・パルミエリはメガネを触りながら、ライラの獣医師資格証に目を凝らした。
「リンショウ王国の出身なんだね。じゃあ獣看護師の手伝いでもしていくかね?」
「はい!」
「そっちの子は?」
「弟です。掃除とか消毒とか、獣医師免許は持ってないですが、その他ならなんでも申しつけください!」
「助かるよ。じゃぁ明日からお願いできるかい?」
「はい、よろしくお願いします!」
陽はまだ高かった。
さて、次はしばらく滞在できそうな宿を探そう。
ここでしばらく路銀を稼がないと!
「明日からパルミエリさんの動物病院で働くよ。シルヴィオもお手伝いできる?」
「うん、掃除消毒」
「ごめんね、ありがとう」
「ううん、鵞鳥助ける。嬉しい」
「うん!」