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精霊獣を抱く世界で獣医さんをしています  作者: 神守 咲祈
第5章

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08.郷暮らし

 皇帝やオズボーン院長に、ライラは息子リネーを紹介した後、一旦実家に身を寄せた。ライラが帰ってきていると知らせを受けて近くに住んでいる姉夫婦が駆けつけた。

 姉夫婦の子供たちとリネーはすぐ仲良くなり、ジャッキーも一緒になって遊ぶようになった。

 猫のルルンは傷はよくなり保護襟が取れた。まだ人間には警戒心を表すものの、古民家独特の匂いが気に入ったのか色々な場所を探検している。


「それで、あんたたちはこれからどうするの?」

 両親が心配げに聞いてきた。


 シルヴィオは軍人を辞めてこのかた、ずっと動物看護師をして獣医師のライラを支えてくれてきた。ライラはもちろん獣医師を続けるつもりだ。

 ただ、この国にいると、皇帝や軍シルヴィオを放って置かないだろう。

「私は獣医師を続けたいけど……シルヴィオはどうしたい?」

「今まで通りに──ってわけにはいかないの?」

「いや、シルヴィオが今まで通りでいいのなら問題ないんだけど」

「じゃいいんじゃない?」

「……うん」

 そこで両親が二人の会話に入ってきた。

「じゃぁヘイジュに戻ってしまうの? 二人さえ良ければここで暮らしたらどう?」

「それもありね。どうかな、シルヴィオ?」

「うん」

 さっきから気持ち心ここに在らずな様子のシルヴィオに、ライラは少し不安になった。

 もしかして軍に戻りたいんだろうか。でもそうしたらまた離れ離れになってしまう。軍には戻ってほしくない。

 ライラは一際大きな声で確認した。

「じゃ、決まりね!」

 両親と姉夫婦が近くにいてくれる環境は、子育て中の身にとっては正直ありがたいし心強い。(ひな)びた田舎だけれど、だからこそひっそりと暮らすにはちょうどいいのだ。シルヴィオの正体を知っているのはウチの身内だけだし。


 夜、ライラは姉と一緒に風呂に入った。

「ライラは変わらないわね」

「性格はそう変わらないよ。お姉ちゃんだって──」

「ううん、見た目よ。もう40代近いでしょ。だけど20代後半くらいに見える」

「ありがと~。褒めても何も出ないけど」

「あたしなんて、肌は乾燥するし、小じわもできてきたしで、あぁこうやって老いてくのねって諦めているわ」

「いいじゃない、笑いじわって幸せの証拠よ」

「そうね。でもいつまでも若くありたいっていうの、女の永遠の夢ね」

 姉は40代前半、まだ老いを感じるには早い気もするのだが、自分も同じ年頃になったらそう思うのかしら。ライラは不思議な気持ちになった。




 この郷には相変わらず獣医師がいない。ライラは父の友人から紹介された空き家を譲りうけた。それから1ヶ月かけて、近所の大工たちにシルヴィオと父が加わっての大改装を行った。

 荒れていた家屋は人が住める状態になり、診察室らしき場所もできた。

 あぁ一時は流浪の身を覚悟したが、こうして『自分たちの家(マイホーム)』が出来上がってくると、ちょっと感動する。

 ライラは柱に手をかけ、しんみりとそう思った。

 しかも家賃やローンなし。これは非常にありがたいことだ。

 ライラは力を貸してくれた大工たちに、お茶と食事を振る舞う。

 大工の一人が言う。

「お、悪いね奥さん。銀髪の兄ちゃんは弟さんかい?」

「その……夫なんです」

「年下の旦那かい! そりゃ夜も大変だねぇ」

 ライラは苦笑いした。リネーが生まれて2人で子育てに忙しかったせいか、夜の方はパッタリ途絶えていた。昨夜の姉の言葉が脳裏に甦る。

『いつまでも若くありたいっていうの、女の永遠の夢ね』

 昨日、姉はライラの若く見える様子を褒めてくれたけれど、シルヴィオから見たら私はもう抱く気も起こらないほどおばちゃんなのかしら。

 ライラはちらっとシルヴィオを見た。彼は他の若い大工と雑談をしている。

 そっか、側から見ればシルヴィオは私の弟に見えるのかぁ。まぁ親子と間違われなくてよかったけど。




 そして新居に移ったライラとシルヴィオは、裏山の雑木林に薬草を探しに出かけた。

 ここはリンショウ王国の首都シウホから馬車で1日ちょっと。薬品から何から手に入れようと思えば距離的には手に入るのだが、開業資金が足りず今まで通り自然の薬草を使えるなら使おうということとなった。

 山道を歩きながら、ライラは先を行くシルヴィオに声をかける。

「ねぇ、とんとん拍子に事が運んだけど、シルヴィオは何か不満はないの?」

「不満? なんで?」

「本当は軍に戻りたかったんじゃない?」

「どうしてそう思うの?」

 シルヴィオはライラを振り返った。

「なんか、ずっと心ここに在らずな感じで返事してくるから」

 ライラは歩を止めてシルヴィオを見上げた。

 シルヴィオはライラの水色の瞳を覗き込んで言った。

「ライラのそばにいるって、以前誓ったでしょ? それ以来気持ちは変わってないよ」

「でもずっと軍式のトレーニングしてるから、もしかして──て」

「自己鍛錬はしておかないと気が済まなくてね。軍式なのは他式を知らないから」

「……誓いを重荷に思っている?」


『私を一人にしないって、誓って』


 あの時自分はそうシルヴィオに迫ったのだ。あれは強要したんじゃないだろうか。シルヴィオには誰よりも自由に生きてほしいと願いながら、私は彼を言葉で拘束したんじゃないだろうか。

「思ってないよ」

 シルヴィオはライラを安心させるように彼女の肩を軽くぽんぽんと叩いた。

 ライラは少し安心した。


 

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