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精霊獣を抱く世界で獣医さんをしています  作者: 神守 咲祈
第5章

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07.敵襲

 アラン・レーン皇帝は、3階の自室から近衛兵たちが取り乱しているのを見て、つぶやいた。

大蛇(オロチ)の民の狙いは私の首か──?」

 このリンショウ王国の守護精霊獣はもういない。私の運も尽きたのだろう。

 ひとつ大きく息を吐いた皇帝は、自室を出たところで近衛兵に呼び止められた。

「陛下、どちらへ?」

「謁見の間だ」

「1階は、混乱しております。宮殿内に賊が突然攻め入り──奴らどこから湧いてきたのか──」

「私のために、そなたたちが若い命を散らすことはない」

「!? 陛下、何をおっしゃっておられるのですか……?」

 アラン・レーン皇帝は兵士の質問には答えず、勝手知ったる宮を謁見の間に向かって降りてゆく。そこが自分に用意された墓場なのだと諦観に似たような感情を抱きながら……。若い近衛兵士は剣を構え皇帝に付き従う。

 大蛇(オロチ)の武装民と近衛兵士が対峙する回廊で、皇帝は叫んだ。

「私はこっちだ! 来るがいい」

 武装民が皇帝を追おうとする。その進路を近衛兵士たちが遮る。

 皇帝に付き従う形でついてきた若い近衛兵士は、自分の主君が何を考えているのかわからなかった。

 吹き抜けの、広い謁見の間はひとけがなかった。

 武装民はまだここまで辿り着いていない。近衛兵士たちが善戦している証拠だった。

「ハインツを探してきてもらえるか?」

 皇帝は若い近衛兵士に言う。若い近衛兵士はしどろもどろになりつつ言った。

「陛下をおひとりにするわけには──」

「大丈夫だ。これでも私は武人だ」

 皇帝はそういうと、腰の剣を見せた。

「しかし、やはりできません! 自分は陛下をお護りいたします」

 そこへ武装民の頭目と思わしい男が謁見の間に現れた。

 若い近衛兵士は慌てて、皇帝と男の間に入り剣を構える。

 頭目の男は頬に大きな傷跡があった。皇帝は『こいつは知っている』と記憶を辿った。その頬の傷を負わせたのは若かりし頃の自分であることも──。頭目の男も自分を忘れていないようだった。

 緊迫した空気がその場を支配する。

 アラン・レーンは着ていたマントを脱ぎ捨てた。




 ハインツは舌打ちする。大蛇(オロチ)の民はどうやって宮殿内に入ったのか。この民は本当にこの国から独立を望んでいるのか。それとも──。

 その時、不気味な地鳴りと共に、広大な中庭に巨大な異形が姿を現した。

 複数の頭を持つ大蛇──八岐大蛇(ヤマタノオロチ)──が地面から生えていた。その姿に近衛兵士たちは驚きを隠せない。

 実在したのか? いやだがよく見るとなんだか変だ。

 ハインツは、1頭の首に斬撃を加えるが手ごたえがない。まるで幽霊か幻影のようなそれ。

 だが、近衛兵士たちは動揺し、士気が下がってゆくのをハインツは感じた。

「あれはただのまやかしだ! 怯むな!! 陛下を探して護れ!!」

 ハインツは近衛兵士たちに喝を入れる。皆宮殿へと避難してゆく。剣で斬れないものをどうすればいいのかわからないが、こいつはとりあえず、放っておくしかないと判断したハインツは、武装民を倒しながら宮殿内へと戻っていった。




 武装民の頭目は、近衛兵士たちが謁見の間に来るのを見てアラン・レーンに言った。

水晶竜(クリスタルドラゴン)はもういない。どうだ? 我々の神、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は今ここに降臨した。これからは八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を守護神としてお互い仲良くやらないか?」

「断る」

「ふん。そういうと思っていた。だが、信じるもののない者は、弱い」


 そこへハインツが駆けつけ叫んだ。

「陛下! あれには実体がありません! あんなもの崇拝対象ですらない」

「実体がなくとも、神は神だ!」

 頭目の男が可笑しそうに叫んだ。

 ハインツは、キッと男を睨みつけて、言い返す。

水晶竜(クリスタルドラゴン)は生きている!」

「なら何故、救いに来ない?」

「それは──」

 ハインツは言い淀む。

「自分の民を、今、救わずにいつ救うのか?」


 その時だった。大地が大きく揺れ、中庭の方から轟音がした。

 近衛兵士の一人がホッとしたように掠れた声で叫んだ。

水晶竜(クリスタルドラゴン)だ!」

 竜化したシルヴィオは宮殿の広大な中庭の上空を旋回しつつ、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に対峙していた。

 実体がない煙のように揺蕩うそれの核を、シルヴィオは竜眼で探す。中庭からだいぶ離れた宮殿の壁のところに数人の人がいた。皆、手に印を組み、一身に何か呪文のようなものを唱えている。

 シルヴィオは大きく羽ばたいて旋風を起こし、そこにいる人間たちを吹っ飛ばした。

 すると、揺蕩っていた八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の幻影は、姿を消した。




 武装民と呪い師は捕えられ、近衛兵士たちは片付けに追われている。

 皇帝はというと、遠巻きに生き生きとした目でシルヴィオに熱い視線を送っている。

 中庭に面する回廊で人間姿に戻ったシルヴィオが中庭をぼんやり見ていた。ハインツは柱によりかかってつぶやいた。

「8つもの頭で1つの体共有なんて、不便極まりねーよな。自然界にいたとしても淘汰されて当然だな」

「大昔はいたのかな、ああゆうの」

「さぁな~。俺は大昔のことはわかんね。それにしてもよくきてくれたな」

「間に合ってよかったよ」

「落ち着いたら、息子見せにこいよ。親父喜ぶぜ~」

 シルヴィオとハインツは笑い合った。



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