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04.守りたいもの


 記念金貨には番号が付けられている。この番号と購入者の情報が紐づけられているのだ。

 ハインツは例の記念金貨の番号の持ち主が、この国の宰相であることを確認した。こんなに早く尻尾を掴ませるのは何かの罠かと思うほどだった。

 皇帝の御前で、ハインツは宰相に詰め寄る。宰相は認めない。

「記念金貨は盗まれたものです、陛下。私めがハインツ様を傭兵に襲わせたなどという戯言をお信じになりますな」

 宰相は嘲笑うかのようにハインツを見て、皇帝に進言した。

 皇帝アラン・レーンは、宰相を一瞥すると視線をハインツに移し、ハインツに言を促す。

「金銭目当ての刺客たちではなく、明らかに自分を狙って襲い掛かってきました。この記念金貨を持っていたということは、これが相応の価値のあるものと知っている者だと考えられます。他国民にとってはこの記念金貨はただの金貨ですから」

 皇帝は総括した。

「つまり、ハインツお前は、宰相の手の者と思われる傭兵団に襲われたと言いたいのだな?」

「はい、偽りは申しておりません。証人も……います。近くの里の住人ですが……」

 宰相が声を上げた。

「なんなら、その、近くの里の住人とやらを連れてきたらいかがですか? ハインツ様」

 ハインツは宰相を睨みつけた。宰相は傭兵団から報告を受けているのだろうか。証人であるシルヴィオをここに連れてくるわけにはいかない。

 記念金貨だけでは証拠としては弱いカードだったかもしれない。ハインツは小さく舌打ちした。


 執務室に戻った宰相は、改めてハインツを亡き者にしておかなければならないと思った。皇太子は今年6歳になる我が初孫だ。第1皇子は事故死し、第2皇子は病に臥せっている。そして第3皇子ハインツは、軍に籍をおいてはいるが、軍部だけにとどまらず文官たちの人望も得ている。

 宰相は孫の皇太子の地位を盤石なものにしたかった。それには第3皇子が邪魔なのだ。


 一方、皇帝はハインツの控室に現れた。

「皇太子に不満はないが──強いて言えば幼すぎるところか──宰相には困ったものだな。私はどうも苦手だ」

 皇帝は世間話をするような口ぶりだった。

「自分は庶子ですから、皇太子の地位を脅かすことはないのですが」

「それなんだが──宰相はだいぶ高齢だ。持病も患っているのでな、引退させることを考えている。そこでハインツお前がよければだが、皇太子の後見人になってはもらえまいか?」

「──はい?」




 結局、ライラとシルヴィオはジャッキーと怪我をした猫を引き取ることにした。ジャッキーはリネーに興味津々で、鼻をクンクンさせてリネーの匂いを覚え始めている。ジャッキーはリネーのいい遊び相手になりそうだ。猫の方は──名前はまだない──怪我の治療のためまだ入院させている。

 ライラは猫の名前を考えつつ、傷口に当てる消毒ガーゼを替えていた。怖い目にあったのだ、怯えて人間に心を開こうとしない。食餌もしようとしないので、ライラは心配だった。

 シルヴィオはそんな猫の心に話しかけた。

 猫はビジョンを伝えてきた。怪我を負う直前に見えたもの、自分を傷つけた人間の右手の甲に多くの頭を持つ大蛇のタトゥー。

 シルヴィオは蛇の頭の数を数える。


 1、2、3、……8つの頭の大蛇? 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)? 

 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に関して、シルヴィオは昔、図書館で見かけただけだ。実在したのか想像上の生き物なのかわからないが、生贄を捧げる代わりにその一族を繁栄させる民間信仰の一種だ。

 このタトゥーをした人物が、おそらく傭兵団にいたのだ。この情報をハインツに伝えるべきだろうか。でもどうやって?


 夕食時、シルヴィオはライラにこのことを話した。

「う~ん……オズボーン院長を頼ろっか。手紙書くの。こっちの住所は書けないけど。でも生贄を捧げて自分の一族を守ってもらうっていう話は昔話によくあるわね。八岐大蛇(ヤマタノオロチ)だけじゃなく、龍神とかも確か生贄とるのよね」

 シルヴィオは、ライラの最後の言葉にちょっとムッとした。

「僕は生贄取った事ないよ」

「昔の作り話なんて結構デタラメだから、気にしないの」

 ライラが笑った。そして真面目な表情に戻って言う。

「直接ハインツさんには手紙無理でしょ? だから院長経由で伝えてもらおうよ。動物を虐げる奴には天誅(てんちゅう)!」

「僕は何もしなくていいのかな……」

「リンショウ王国に行くの? 行ったら軍法会議にかけられちゃうよ? ま、死刑にはならないだろうけど、監禁されちゃうわきっと。だからダメ」

「──うん」

 ライラはシルヴィオを複雑な気持ちで見つめた。

 友人の命が狙われているのだ、気が気じゃないと思う。でもシルヴィオがリンショウ王国に帰ったら、きっと私たちは会えなくなる。シルヴィオの自由も、そして私たちのこのささやかだけど幸せな生活も無くなってしまう。

 息子リネーには、シルヴィオが絶対必要だ。だって竜の血を私よりはるかに強く受け継いでるんだもの、この先何があるかわからない。竜化して暴走──なんてことないは言い切れない。そんな時シルヴィオがリネーを導いてくれなかったらと思うとゾッとする。リネーを守りたいし、シルヴィオの自由も守りたい。

 そしてこの幸せを守りたい。

 シルヴィオに出会って──彼の方が強いからあべこべだけど──彼を守りたいと思い始めた。リネーが生まれてこの子も守りたいし、そのためにはこの幸せを守りたいと思うようになった。

 この世の中で、守りたいものがたくさんできた。

 でも私は無力だ。だからどう立ち回れば結果的に守れるのかいつも考えてる。でもいつかはこの幸せを手放さなくちゃならない時が来るのだろうか。

 そんな時など来てほしくないけど、覚悟しておかなければならないのかな。



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