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03.記念金貨が意味するもの

 剣と剣がぶつかり合う。ハインツは二撃目を払いのけ、後ろからの一閃を身を捩って避ける。斜め前からの新たな一撃を受け止めつつ、刺客の数を確認する。

 8、9……11人か。

 統制の取れた動きで、次々とハインツを休ませまいと執拗に襲いかかってくる。

 ハインツの身なりは金持ち然とはしていない。どちらかというと、旅を続けてきたせいでいささかくたびれている。試しに、銀貨の入った巾着袋を投げてみた。しかし、刺客たちは金には目もくれずハインツに斬りかかってくる。

 どうやら金目当てではなさそうだな。

 ハインツは舌打ちをした。

 いったい誰の手のものか。口を割らせる必要がある。それにはこちらが優勢とならなければならない。しかしこのままではこちらの体力ばかりが奪われてゆく。刺客たちもなかなかの手練れだ。

 考えている間も、次々と交代で剣が繰り出されてくる。

 長期戦になればこちらが不利だ。




 シルヴィオは木の影に隠れて観察していた。

 1人対11人。いや、隠れたところに伏兵が3人いる。襲われているのは旅人の男性のようだが、襲っているのは強盗ではないようだ。旅人男性は11人相手に善戦している。1人、2人を倒した。振り返った旅人の顔を見て、シルヴィオは息を飲んだ。

 ハインツだ。見間違えるはずはない。そして、ハインツから少し離れて吠えている大型犬がいる。ジャッキーだ。

 シルヴィオはそれを知ると同時に身体が動いていた。隠れている刺客3人に向かって走り、彼らの不意をついて次々と斃す。そして、拓けたことろで戦闘を繰り広げていたハインツの助太刀に入った。

 刺客たちは、突然闖入してきた存在に気づき陣形を整え始める。

 ハインツも驚いたようだったが、すぐにかくれんぼの鬼役のようにニヤリと笑った。

 刺客たちが陣形を整え終わる前に、シルヴィオとハインツは息のあった兄弟のように刺客たちを攻め乱した。

 ハインツは長剣を、シルヴィオは使い慣れた双剣を手に、次々と刺客たちを撹乱し次々と斃していく。

 刺客のリーダーらしき男の口笛を合図に、生き残った者たちが引き上げていく。


 残ったのは斃された刺客たちの屍と、ハインツとシルヴィオ、そして犬のジャッキーだった。

「よぉシルヴィオ、やっぱ生きてたな」

「……ハインツ……どうしてここに?」

 シルヴィオはバツが悪そうに聞いた。

「ジャッキーを連れて、お前を探しにきたんだよ」

 ハインツは、シルヴィオに満面の笑顔だ。

 ジャッキーはかなり興奮気味にシルヴィオに甘えてきた。

 シルヴィオがジャッキーを撫でている間、ハインツは刺客の屍を調べている。

「なんで襲われてたの?」

「そりゃ、こっちが聞きたいね」

「こいつらは、ハインツ、君を待ち伏せしてた」

「つまり、俺を狙ってたってことか」

 ハインツは刺客の屍から、竜が彫られた金貨を見つけた。リンショウ王国で出回っている金貨に似ているが、絵柄が少し違う。皇太子誕生記念金貨だ。

 リンショウ王国の皇太子は今年で6歳。後ろ盾として正妃の父が宰相を務めている。

 刺客は、皇太子派の勢力……宰相の手の者か。

 ハインツは目を細めた。

「怪我してる、ハインツ。手当……」

「ん? あぁ大したことねぇ」

「うち、この先の山里にあるんだ。ライラに手当してもらった方がいいよ」




「動物用の薬だけど、ま、人間にも効くでしょう」

 ライラがハインツの怪我を診て、手当を終えた。

「え、そんなんでいいんですか? 獣医さん……」

 ハインツが呟く。

「うちの薬は、化学薬品じゃなくて自然の植物が原料なの。ね、シルヴィオ」

「うん。ハインツの傷、縫うほどの傷じゃなくてよかったよ」

「シルヴィオ、ジャッキーを洗ってあげて」

「わかった、ライラ」

 シルヴィオがジャッキーを洗ってあげている間、ライラはハインツに向き直って真面目な話を始めた。

「シルヴィオを探しに来たってことは、リンショウ王国軍に連れ戻しにきたってことでしょうか?」

「それは考えてなくて──ただ、無事を確認したかっただけですよ」

「本当に? 逃亡罪で軍法会議にかける気じゃないでしょうね。シルヴィオに逃亡を勧めたのは私んです」

「なんでまた……」

「彼には自由でいて欲しいから」

「シルヴィオの奴、それで納得してますか?」

「私が、彼と離れ離れになりたくなかったの。子供も産まれたし──」

 ハインツは目を白黒させた。

「え? 子供?」

「ええ。子育てするのも獣医を続けるのも、シルヴィオの協力がないと……全ては私のエゴなんです。彼は私に付き合ってくれてるだけで。だからシルヴィオを軍法会議にかけるのだけはやめて欲しいの。お願い、見逃して」

「俺にはシルヴィオをどうこうする権限はないですよ。でも、黙っていてほしいのなら黙ってます。俺は、シルヴィオが生きていてくれてそれを確認できただけで十分です」

「……ありがとう」

 ハインツはライラを責める気にはなれなかった。


「離れ離れになりたくなかった──か」

 リンショウ王国として必要なのは竜としてのシルヴィオだ。だが、シルヴィオは人でありたいと望み、彼女は人としてのシルヴィオを必要としている。

 シルヴィオの望む生き方は後者だ。

 ジャッキーが濡れた毛を乾かそうとしてぶるぶると身体を揺すった。飛ぶ水滴をまともにくらったシルヴィオもびしょ濡れだ。ライラからタオルを受け取って、ジャッキーの身体を拭いているシルヴィオは、ライラにその濡れた銀髪を拭かれている。

 ハインツはその光景を眩しそうに見つめた。

 ハインツはその光景をずっと見つめていたいと思った。しかし自分は、刺客が所持していた記念金貨が意味するものと対峙しなくてはならない。



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