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02.個人的な追跡

 リンショウ王国の首都シウホにて、ハインツ・イサクションは、イライラする気持ちを隠せず枕を壁に投げつけた。八つ当たりだ。

 戦友のシルヴィオの訃報は誤りだとハインツは信じている。

 そう簡単に死ぬような奴じゃない。どこかで生きているはずだ。何が苛立つかと言えば、シルヴィオが戦友である自分になんの連絡もよこさないことだ。

 ハインツも理性では分かっている。シルヴィオから連絡が来た時点で、彼の身柄はこの国に繋がれてしまうことを──自由ではなくなることも──わかってはいる。だから公には捜索隊を出さないし、捜索隊を出そうとした皇帝を止め諭した。

 しかしもう二度と戦友に会えないと思いたくなかった。皇帝にも軍にも内緒でどう探そうかその方法が思いつかず日数だけがいたずらに過ぎていった。このイライラした気持ちはそんな自分に向けられた怒りでもある。

 軍とは関係なしに、シルヴィオが元気に過ごしているのかをハインツはただ知りたかった。純粋に確認したかったのだ。




 シルヴィオが最後に配属されていた軍用犬部隊では、教官のフーゴ・レクセルが途方に暮れていた。第2期生に懐こうともせず人待ち顔の軍用犬ジャッキーに手を焼いていたのだ。このままでは軍用犬として役に立たない。だが、ジャッキーが優秀であることはレクセルも第1期生たちも知っている。

 そこへ第3皇子でありながら軍に身を置くハインツ・イサクションが現れた。

「この犬が例の?」

「はい、ハインツ様。ハンドラーの第1期生が亡くなってから、ずっとこんな様子で……」

「『様』はいらない。この犬、俺が貰い受けていいか?」

「は、しかし心を閉ざしているので扱いには難ありかと」

「大丈夫だ。俺には作戦がある。そのためにはこいつが必要なんだ」

 ハインツがニッと笑った。レクサスはそんなハインツの真意が分からなかったが、ジャッキーを彼に託すことにした。




 ハインツは、ジャッキーを引き受けるとこう話しかけた。

「いいか? 今日からおまえの任務は『ご主人』を捜すことだ。運がよけりゃ『ご主人』のところへ返してやるよ」

 ハインツは長期休暇をもらい、私服でジャッキーを連れてシルヴィオの足取りを追うことにした。

 まずはへイジュ王国との国境を超えて、今はだいぶ落ち着いた火山を見上げながら、森の焼け跡をすり抜けてゆく。この辺はかつては『迷いの森』といわれ、一度入ったら出てこられない場所として知られていたが、今は見る影もなく動物や人の気配もない焼け野原だ。ジャッキーもこの辺では鼻が効かないようだ。

 (ふもと)の町のとある建物のところで、ジャッキーが元気よく吠える。

 やはり、シルヴィオの奴は噴火から逃れたらしいな。ここから足取りが追えそうだ。

「よぅしいいぞ! その調子だ、ジャッキー」

 ハインツはジャッキーを褒めた。




 ライラは今日は往診をせず、小さな家の一角に設けられた場所で診察をしている。というより経過観察だ。捕獲された野良猫は目の周りを怪我している。村人がこの猫を発見してライラの元に連れてきた。この野良猫はなかなか凶暴だ。今はケージの中で心を閉ざしている。

「新患?」

 リネーを寝かしつけて診察室にきたシルヴィオが確認する。

「うん。目の周りをやられているっぽいんだけど、警戒して触らせてくれないの」

 ライラは困っていた。早く治療しないと失明してしまうかもしれないと焦っていた。

 シルヴィオは心を閉ざした猫を見つめ、心の対話を試みる。

「──心ない人間にやられたんだね。だから人間を警戒しているんだ」

「人間に? ひどいことする輩がいるのね。よそものかしら」

「それはわからない」

 シルヴィオはまた負傷した猫に意識を集中する。どのくらいの時間が経っただろうか。シルヴィオがケージを開けて、猫を外に出した。まだ多少は警戒しているが、それでも連れてこられた頃の強烈な恐怖は感じていないようだ。シルヴィオが心の対話で説得してくれたらしい。

 ライラは猫に優しく話しかける。

「ちょっとしみるけど我慢してね」

 ライラはシルヴィオに目配せする。心得たように、シルヴィオは猫が暴れないように保定する。

 眼球までは傷ついていないようだ。目の周りが何か鋭い刃物で切られたようになっているので、傷の洗浄と消毒をする。しばらく入院して傷の具合を見る必要がある。

「今回もスムーズに治療できてよかった。シルヴィオのサポートには感謝してるわ。それにしても、この里にそんな乱暴な人いたかしら」

 里の人間にとっては動物は財産であり役に立つ大事にすべき存在だ。

「なんでこの里の周辺によそものがうろついてるのか、気になる。あいつら誰かを捜してる」

 シルヴィオの瞳が銀色を帯びている。一部竜の力を解放している証拠だ。

「まさか、君を捜してるリンショウ王国軍?」

「というより、傭兵部隊かな」

「この里に向かってるの?」

「いや、待ち伏せてる感じだ。誰かを──ちょっと気になるから様子を見てくる」

 シルヴィオは剣と短剣を携えて、準備をする。ライラはその様子を見て思わず止めた。

「ちょっ、そんな物騒なことなの? やめようよ」

「護身用に一応装備するだけ。大丈夫。様子を見にいくだけ」

 ライラを安心させるようにシルヴィオが穏やかに言う。

「やばかったら逃げてくるから」

 シルヴィオはそう笑って里を出た。

 ライラはシルヴィオの腕が立つことは知っている。元軍人として死戦を潜り抜けてきたのだから。でも傭兵部隊とばったり出くわしてしまったら……と思うと、ライラは気が気ではなかった。




「さてと、お前ら誰の手のものだ? って言うわけないか」

 ハインツはジャッキーを後ろに庇った。そして剣を抜く。傭兵部隊は皆剣を構え、ハインツに一斉に襲いかかった。



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