01.封印
シルヴィオとライラの息子はリネーと名付けられた。淡い栗色の髪に深い夜空色の瞳をしているリネーを見ながらライラは、率直な疑問を口にした。
「私の血の影響かしら。人間姿で生まれてきたんだけど……竜化はできないのかな」
そんなライラの心配そうな疑問を聞き、シルヴィオは静かに答える。
「まだ、わからない。でも人として生きてゆくのに竜化する能力は必要ないよ」
現に、シルヴィオ自身、時々部分的に〈瞳や爪の硬度など〉竜化させることがあるが、完全に竜化することはここしばらくない。別に竜になる必要がないので困らないと言って仕舞えばそれまでだが、この人里で怪しまれずに暮らしてゆくには竜化しない方が良い。
「そう、だけど……」
ライラはシルヴィオの言わんとしていることはわかる。でも父母や姉や姉の子供より、竜の血を遥かに強く受け継いでいるリネーは、成長してゆく段階でどう成長し何を思うのだろうか。
「未来のことは誰にもわからないよ、ライラ」
「ま、そうね」
ライラは考えを切り替えることにした。
夜更けに、シルヴィオは一人目を覚ます。かたわらにはライラが眠っているので彼女を起こさないようにそうっとベッドを出て、リネーの眠るベビーベッドに静かに近づく。
シルヴィオの銀色を帯びた紫水晶の瞳がリネーを見つめ、右手をリネーの前にかざす。銀色の透明な膜が一瞬現れリネーを覆う。
そしてリネーの中に受け継がれた竜の力を抑え、封印する。
リネーが竜として生きたいと望むのなら必要のない封印だが、人として生きたいと望むなら竜の力は眠らせたままの方が良いとシルヴィオは思っている。
「ん~、どうしたの? シルヴィオ?」
眠そうなライラの声にシルヴィオは、はっとする。
「なんでもない」
「う~ん」
ライラはそのまま再び寝入った。
シルヴィオはライラの眠るベッドに戻ってきた。リネーも何事もなく眠っている。
シルヴィオはライラが妊娠していると知った時から、ライラのお腹の中のリネーに何度もこの封印をかけてきた。その結果、リネーはライラのお腹を食い破ることなく人間の赤ん坊として生まれてきた。
ライラはこのことを知らない。
シルヴィオは、リネーへの封印が自分のエゴかもしれないと思いつつも、彼の中の最優先はライラの存在なのだ。
獣医としてこの里で暮らし始めて1年が経つ。この里の住人として認められ始めていて、集落に行くと、ライラは『獣医さん』と呼ばれるようになっていた。
村の中に小さな家を借り、家屋の一部を動物診療所としている。
集落は半日もすれば1周できる小さな村だ。診る患畜は家畜が中心で、時々迷い込んだ野生動物を保護して手当をし山に帰す。往診の間は、シルヴィオがリネーをみていてくれるので、安心だ。
彼が「子供なんていらない」と言っていた頃があるので一時はどうなるか心配だったが、意外と育児には協力的なのでライラは助かっていた。
「獣医さん、スズメを捕まえたよ」
村の子供がライラに捕まえたスズメを見せる。怪我をしているわけではないようだ。
「スズメさん、元気みたいだよ。放してあげよう」
ライラがそう言うと、村の子供は残念そうにごねた。
「せっかく捕まえたのに~。飼っちゃダメなの?」
「スズメさんの家族が待ってるから、おうちに返してあげなくちゃ。ね?」
「うーん……こんなに可愛いのに……」
「こう考えてみない? 可愛い君を、獣医さんが連れてっちゃったら、君のお母さんやお父さんはどう思うかな?」
「寂しいと思うかも」
「そうだね。君がこのスズメさんを連れてっちゃったら、スズメさんの家族が寂しがるよ」
「わかった」
子供はそう言って、スズメを籠から出して放した。スズメは大空を飛び去って行った。
ライラが動物診療所に戻ると、ちょうどシルヴィオがリネーにミルクをあげているところだった。
「おかえり、早かったね」
「うん。あの、シルヴィオは、帰りたいって思ったことない?」
「どこに?」
「育ててくれた森獅子のところとか……」
そう言ってから、ライラはしまったと思った。確か森獅子には「来てはいけない」と言われたんだっけ。
「ライラ、急にどうしたの?」
「うん、あのね──」
ライラは今日、雀を飼いたがっていた子供の話をした。
「空を飛び去っていった姿をみて、チラッと思ったんだ」
「僕はライラに飼われているから別に」
「ちょ、何それ。私、君を飼ってるつもり、ないよ?」
「うそうそ。ライラのいるところが僕の帰る場所だよ」
向き直って見つめられ、ライラはドキドキした。
シルヴィオって昔から、天然で殺し文句を言うところ、あるのよね。
ライラは照れ隠しに、俯いた。ちょっと顔がにやける。
「ライラ、食事は?」
「ん? まだだけど」
「お隣さんが、新鮮なミョウガをくれたよ」
「わ~じゃ、早速スープにしよう。豆腐ステーキの薬味にもいいのよね」
ライラはご機嫌でキッチンで調理し始める。
「シルヴィオ、もう食べないの? 不味かった?」
「おいしかったよ。でも大丈夫、この里は『気』が満ちてるから、エネルギー補給はできるし。ライラこそたくさん食べないと母乳出ないよ」
ライラは、改めてシルヴィオとの違いを思い知らされる。精霊獣は自然の『気』から直接エネルギーを取り込めるので、本来飲み食いはしなくても生きていける。幼い頃のシルヴィオは、まだ『気』の取り込み方ができなかったからだったみたいだが、いつ頃からか、『気』からエネルギーを取り込むようになっていた。この里に来た頃からだろうか。
「残った分は明日いただくから」
シルヴィオが、考え込むライラを見て慌てて言う。ライラは気を遣わせまいとする。
「じゃ、残った分は私が食べる~」
ライラは明るく言った。
自分も精霊獣の末裔で──でも末裔でしかない。生粋の精霊獣であるシルヴィオとの違いに一抹の寂しさを覚えた。