13.誓い
ライラはシルヴィオに会えて、胸に熱く込み上げるものが溢れてきた。
「やっぱり生きててくれた。よかった──あの知らせは間違ってた!」
シルヴィオは訳がわからず、ライラに問いかける。スコールでお互い大きな声が聞き取りにくく、自然と声が大きくなる。
「あの知らせって、何?」
「シルヴィオが死んだって、軍の人が言ってたの! 私、信じなかった」
「じゃ、僕は死んだことになってるんだね?」
ライラが大きくうなづいた。頬を伝うのが涙なのか雨なのかわからななくなっていた。二人ともびしょびしょに濡れてしまっていた。
シルヴィオが、大粒の雨を避けるための場所を探して、ライラの腕を引いた。
「もう、シルヴィオと離れ離れになりたくない!」
ライラはシルヴィオの腕を掴んで振り向かせる。シルヴィオが軍人である限り、任務でどこかへ派遣されてしまう。離れ離れになってしまう。しかし、そう簡単に軍はシルヴィオを退役をさせそうな気配はないし、何よりシルヴィオ自身が志願している。どうすればいいのかライラには解決策が浮かばない。わがままだとはわかっている。でもライラは懇願する思いで、シルヴィオの銀色がかった紫水晶のような瞳を見つめて叫ぶ。
「私のそばにいて!」
ライラは、首にかけていたネックレスを外すと、つないでいた2つの指輪の一つ、男性用の結婚指輪をシルヴィオの左手薬指にはめた。
「誓って! もう私を一人にしないって、誓って」
シルヴィオは瞬き一つしてから、目を細めいった。
「誓うよ。誓います」
ライラは女性用の指輪をシルヴィオに渡して、自分の左手を差し出した。
「私も、誓います。シルヴィオをもう二度とひとりにしません」
シルヴィオがライラの婚約指輪がしてある薬指に結婚指輪もはめた。
「故郷に帰れなくても、いいね?」
シルヴィオが確認するように言う。ライラは強く頷いていた。
シルヴィオが一緒なら私、どこにだって行く。
抱きしめられたライラは、両腕をシルヴィオの背にまわした。
宿に戻ると、ムササビのサミーがオロオロしていた。
『竜の旦那、チッチの様子が変なんです! なんか苦しそうで!!』
「ライラ、ちょっとこっちへ」
「どうしたの!? ムササビ?」
サミーは驚いてチッチを庇い、ライラに鳴き声で威嚇した。シルヴィオがサミーを宥める。
「大丈夫、この人は獣医だ」
『ジュウイってなんですか?』
「チッチの苦しみを治せる人だ。大丈夫」
サミーが退いたので、ライラはチッチという名のムササビを診る。ライラは静かに言った。
「──お産が始まってるわ」
ライラは自分はびしょ濡れだが、お湯を沸かして暖かいタオルを用意する。正常分娩のようなので、特に手は出さず、見守る。
少し離れた場所で、オロオロするサミーにシルヴィオが通訳する。
「お産が始まってるって」
『!? 仔が生まれるですか! オイラの仔ですかね』
「逆算してみたら? 心当たりは?」
『……多分オイラの仔です!』
無事出産したチッチは、暖かいタオルで拭かれた仔をふさふさの尻尾で覆って抱いている。母乳も問題なく出ているようだ。飼育放棄がなければ、里山に放してやらなければと、ライラはシルヴィオに説明した。
「それが……このムササビ、女王のペットで──」
今度はシルヴィオかライラに説明する。ライラは例のビラの内容を思い出し、女王が探していることを教える。
『この獣医さんはなんて言ってるんですか?』
「女王がチッチを懸賞金付きで探してるってさ」
『竜の旦那は、チッチを女王様に売ろうってんですか!?』
「君は決断したんじゃなかったっけ? チッチを守るって」
『そうです! どこか安住の森に行かないと』
ライラは、なんとなくだが、シルヴィオとムササビの会話の方向が読めた気がした。
「街の人に見つからないように逃がさないと、そっちの子と離れ離れにされちゃうよ」
シルヴィオが応じる。
「そうだね。ここから南に下ると森林地帯がある」
『決まりですね!』
シルヴィオは、サミーとチッチと生まれたての仔を柔らかい布で包んで、ライラが着ている服に隠した。見た目で言えば、ライラが妊婦さんのようだ。
「これなら行けそう」
シルヴィオはライラの荷物を持って、馬車を呼んだ。
やがて馬車は森林地帯に隣接する里山に到着した。里山には女王のビラは配られていないようだった。サミーは一足先に里山でチッチと我が子の住処を見つけてきた。
『竜の旦那。何から何までありがとうございました』
「まぁ、なんだかんだで楽しかったよ」
『この獣医さんが旦那のいい人なんですね』
「うん」
ライラは、チッチを放す。チッチは我が子を咥えて、サミーが見つけた巣穴に入っていった。
陽がとっぷりと暮れた頃、ムササビのサミーたちと別れたシルヴィオとライラは、里山に宿をとった。
「ムササビは、メスだけで子育てするって思ってたけど、珍しいケースもあるのね」
「そうだね。ま、色々あって」
しばらくの沈黙の後、ライラがそれを破った。
「……噴火の後どうしてたの?」
「陸路で帰れないから、ナギリまで行って海路でシウホに帰ろうと思ってたけど、今はそうだなぁ、帰らなくてもいいかなって気がしてる。無責任だよね、僕」
「死んだことにされてるから、いいんじゃない?」
「そんなあっさり?」
今頃、シルヴィオの正体を知る人たちは、血眼になって彼を探しているかもしれない。でもシウホに帰ったらシルヴィオは軍人に戻ってしまう。
「軍人のシルヴィオ・アールグレーンは死亡しました。今ここにいるのは、私のシルヴィオだもん」
我ながら子供じみた言い方だけれど、でも今日誓いあった。ずっと一緒にいるって。離れ離れにならない。だからシウホには返さない。
「僕も色々……ぐるぐる考えてた。ライラが来てくれたから、迎えに行く手間が省けたっていうか。このままどこかに行っちゃおうか」
「それもいいね。昔みたいに旅するのとかあり、よね」
「ライラはさすらいの獣医さんで、僕はヒモ」
「あれ? 手伝ってもらうよ? 薬草の知識とかは君の方が詳しいんだから」
「はい、じゃぁ助手をやらせていただきます」
本当にそうなったらいいな。
ライラは昔を思い出していた。あの頃は、いつかシルヴィオはいなくなってしまう存在だとどこかで寂しい思いを抱いていたけど、今は、そんな思いしなくていいのだと。
「あれ? ライラ、怪我してる?」
「え?」
そう言われて初めて服が鮮血がついていることに気づいた。ムササビ一家を匿っていたお腹側ではなくお尻側が真っ赤になっていたのた。
「え? 全然痛くないんだけど」
「医者、呼ばなくちゃ!」