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精霊獣を抱く世界で獣医さんをしています  作者: 神守 咲祈
第4章

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11.信じられない知らせ

  一方、リンショウ王国の首都シウホに国境警備軍の伝令が到着し、国境警備軍の幹部たちはシルヴィオが迷いの森の噴火に巻き込まれて『行方不明』という事実を『死亡』とみなし処理をした。

 その知らせを聞いた軍用犬部隊の教官は、動揺しつつもシルヴィオには家族がいないことが不幸中の幸いだと思った。

 遺品の引き取り手がアレクサンデル・オズボーンと書類にあったのを確認した教官は、あぁオズボーン動物病院の院長かと思い、動物病院の方に遺品を届けに向かった。

 今日の診療終了の札がかけられていたが、ガラス張りの院内にはまだ数人の従業員が残っているので、教官はドアを叩いた。

「急患かしら」

 ライラは振り返ると、その先に軍服を着た見知らぬ男性が荷物を持って立っている。

「今日は診療終わりの時間なのですが……」

「アレクサンデル・オズボーン氏は?」

「少々お待ちください」

 ライラは不審に思いつつ、階段越しに二階にいる院長を呼んだ。

「あ? 誰だいあんた」

「私はフーゴ・レクセル。軍用犬部隊で教官をしています。シルヴィオ・アールグレーンの遺品をお持ちしました」

「──遺品て、なんかの間違いだろ」

「シルヴィオ・アールグレーンは、任務遂行中に火山の噴火に巻き込まれ死亡しました」

 オズボーン院長は眉間に皺を寄せて静かに言う。

「変な冗談はよしてくれ」

「冗談は私は言いません」


 そのやりとりを後ろで聞いてしまったライラは、その場にへたり込んだ。

 院長が続けた。

「死体はどうした」

「ありません」

「そんな、ありえない……」

 ライラは首を横に振りながら、叫んだつもりだった。喉がカラカラになって声が掠れる。その代わりに目から涙が溢れて頬を伝った。両手で口元を覆う。

 レクセル教官はライラの様子に気づき、オズボーン院長に尋ねる。

「こちらは?」

 オズボーン院長が憮然と答える。

「婚約者だ」

 レクセル教官はライラの婚約指輪を見て悟った。

「シルヴィオが死んだなんて、私、信じない」

 ライラは婚約指輪をした左手を右手で握りしめ、立ち上がって毅然と言った。涙はまだ流れているが、その目には強い光が宿っている。

「シルヴィオを探しに行くわ」

 オズボーン院長がライラの背中を押す言葉を送る。

「お前の気の済むようにしたらいい」

 ライラは院長の言葉に強く頷く。

 先程泣き崩れていた人と同一人物とは思えないほど、ライラは力にみなぎらせていた。

「火山灰の影響で、こちらとヘイジュの国境は通行止めですが──」

 レクセルはライラの気迫に気圧されつつも陸路は塞がっていることを告げた。

「船、出てますよね? 定期便。それでヘイジュに向かいます」

 きっっぱりと行動指針を示すライラにレクセル教官は感心した。シルヴィオには頼もしい婚約者がいたものだと。レクセル自体もシルヴィオの訃報は信じたくない。彼女を応援したい気持ちになった。

「ナギリ行きの定期便があります。チケットはこちらでご用意致しましょう」

 レクセルの思わぬ申し出に、ライラはすぐに礼をいう。

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」




 出立は一週間後になった。

 ライラはすぐにでもシルヴィオを探しに飛び出したい気持ちを抑えて、鞄に必要最小限の荷物を詰めた。

 シルヴィオがそんなあっけなく死ぬはずがない。私はあの知らせを信じないわ。信じるもんですか。

 とりあえずナギリに行ったら──シルヴィオの移動経路を逆行して迷いの森の近くまで行こう。

 今は、シルヴィオが生きていると信じて動くことしかできない。ライラはペアになった結婚指輪をチェーンに通し、ネックレスにして身につけた。婚約指輪と結婚指輪に、二重に守られている安心感を感じる。

 シルヴィオは生きてる。

 ライラは、輝きを失わない水晶がそう教えてくれているような気がしてならない。


 出立日はあっという間にきた。シウホ発、ナギリ行きの直行便の船が出港する。

 こんなことになるなら、シルヴィオの写真を写しておくんだった。

 ライラは後悔する。この世界のこの時代、まだ写真撮影は高価で現像にも時間がかかる代物だった。特別な記念日に写すものとして、まだ一般的には復旧していない。

 しかし、シルヴィオの銀髪は珍しいから、何か手がかりがわかるかもしれないとライラは祈った。

 シルヴィオ、どうか無事でいて──。




 一方、死んだことにされたシルヴィオといえば、女装を解いて王宮の外にいた。女王はなぜか警備の者たちを呼ばなかった。だからあの後、すんなり王宮を出られたのだ。

 細胞記憶とか、世界のバランスと言われても、いまいちピンと来ないな……。

 シルヴィオは困惑していた。懐からムササビのサミーがまた顔を出す。

『竜の旦那。おいら、チッチと暮らしたいです』

「ペットは野生では生きてゆけない。諦めたほうがいいよ」

 ペットは警戒心が薄く人間から餌をもらうのに慣れているので、野生の動物とは一緒に暮らせないのだ。早死にしてしまうだろう。ペット動物と野生動物では生きる世界が違う。

 シルヴィオはそう忠告した。

『おいらとチッチは、生きる世界が違うって言うんですか? 同じムササビなのに……』

 サミーはしょぼんとした。

『だから竜の旦那は大事な人間を作らないんですね。 精霊獣と人間じゃ生きる世界が違うから……』

「──!」

 シルヴィオは今まで考えたことがなかった。

 自分とライラの生きる世界が違う?


 ライラは竜の末裔だがほとんど人間だ。自分は人間の擬態しているけど人間ではない。

 それに比べれば、サミーとチッチの違いなど些細なことに思えてきた。

 シルヴィオは地面を見つめた。

「サミー、君がチッチのことちゃんと守る自信があるなら、連れてきなよ」

『竜の旦那! おいら、チッチをさらってくるです! ここで待っててください!!』

 ムササビのサミーはそういうと、王宮へを引き返していった。

 シルヴィオの脳裏にサミーの先程の言葉が響いていた。


『精霊獣と人間じゃ生きる世界が違うから……』



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