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07.迷いの森①

 軍人はヘイジュ王国への入国ができない。アルヴァーとシルヴィオは親子の旅行者になりすまし、ジャッキー号を連れて入国した。

 かつてシルヴィオがライラと共に訪れた山里は、広大な牧草地に変わっていた。囲いの向こうに牝馬や小馬が草を食んでいる。

「ここ、山里があったんじゃ……」

「そりゃ十年近く昔のことだ」

 シルヴィオの言葉に、アルヴァーが答える。シルヴィオはなんだか寂しさを覚えた。

「ヘイジュ王国はいい馬を産出する。それはつまり、金になるってぇこった」


 オーナー本人は、首都ナギリに住んでいることがわかった。牧場を仕切っている使用人に話を聞いたところでは、一角獣(ユニコーン)の棲む場所が拡張されたためにこちらの山里一帯を買い取って牧場にしたという。

「それじゃぁ、とどのつまりはオーナーに交渉したところでどうしようもないって話だな」

 アルヴァーが諦め口調で呟いた。

 一角獣(ユニコーン)の棲む場所は、この国の女王アンナ・パオラ・パガニーニの直轄地だ。ヘイジュ王国の統治者に、他国の、ましてや一国境警備軍の兵士が直訴などできない。

「一旦、引き返すとするか。こりゃ外交問題になっちまう。上に報告して──」

 アルヴァーが常識的な判断をするのとは反対に、シルヴィオは一角獣(ユニコーン)と話がつけられないだろうかと考えた。

「アルヴァーさんは、ジャッキーを連れて戻ってください。僕は一角獣(ユニコーン)の棲む場所に行きます」

「おいおい、正気か? 一角獣(ユニコーン)の棲む場所っつったら、別名『迷いの森』だぞ!?」

「知ってます」

「知ってるなら尚更だ」

「別に僕は猟師じゃないし、}一角獣ユニコーンに対して害意はないです」

「やめとけ」

「ジャッキーを頼みましたよ、アルヴァーさん」

 シルヴィオの意志は固かった。

 昔は好奇心からただ会ってみたいと思っていた一角獣(ユニコーン)だが、今は人間の住処を排除してまで自分たちの場所を拡張する真意を知りたいと思っている。

 しつこく止めるアルヴァーを振り切って、シルヴィオは迷いの森への道をゆく。ジャッキー号がついてきたので、シルヴィオはジャッキーに命令する。

「ジャッキー、戻れ」

 ついて来たところで、迷いの森の入り口で動けなくなるのは目に見えている。ジャッキーは優秀がだごく一般の動物だ。一角獣(ユニコーン)の呪縛から逃れられないだろう。それならば、伝令に走ってくれた方がいい。




 シルヴィオは一人、迷いの森へと入っていった。

 辺りはしんと静まりかえっている。この辺の土地勘はないシルヴィオは、ポケットから方位磁針を取り出した。針の先が定まらない。

 ここから街道沿いに行くと温泉があったはずだが、こちらは街道を外れた方向。鬱蒼と枝が茂り、足場も悪い。一般的な清々しいイメージの森ではない。人間を寄せ付けないその様子は、樹海に近いと言ったほうがいいだろう。

 だが迷う気は不思議としない。

 シルヴィオは木の精霊に問う。最近は、動物だけじゃなく植物が何を言っているのかわかるようになってきていた。どの木も何かを怖れてか黙して語ろうとしない。

 歩き去った場所を振り返ると、来たときと木の配置が変わっていた。

 シルヴィオは集中して思念を広域に飛ばす。敵意はないという性質の思念を──。シルヴィオの紫水晶のような瞳が銀色を帯び、眼だけを竜化させた。これも最近できるようになった。

 その眼にはいくつもの気の流れが筋のように視える。その中から虹色に光る筋をたどって追う。一角獣(ユニコーン)の数は三。どれもまだ若く、自分と同じような年齢だろう。

 まるでシルヴィオから逃げるように遠ざかってゆく。

「ふう。追えば逃げる──か。話したいだけなんだけど」

 シルヴィオは竜化させた眼のままに、切り株に座ってどうしたらいいものかと考える。近くに何かの頭蓋骨が転がっている。人間のものだ。だいぶ前のもののように見える。敵意があるのはこの森というか一角獣(ユニコーン)の方か。

 でも人間はこの森に入る前に固まっちゃうんじゃなかったっけ?

 それともあの呪縛は限定的?

 シルヴィオは、よく理解できなかった。それを説明できるのは呪縛をかける一角獣(ユニコーン)だけだ。

「嫌われるようなこと、僕、したかなぁ?」

 シルヴィオは夜空を見上げて嘆いた。森にシルヴィオの声がこだまする。ため息を一つついて、切り株から立ち上がったシルヴィオは、迷うことなく後ろの木の影に素早くまわる。

 そこには逃げ遅れたムササビが息を殺して見つかるまいとじっとしていたのをシルヴィオは捕まえた。ムササビは悲鳴を上げた。

『ヒィィィィ! 殺さないで、殺さないでください!』

「そんなことしないよ。一角獣(ユニコーン)と話がしたいんだけど、どこにいったら会えるかな」

『そ、それはですね。言ったらワタシが殺されますぅぅぅ』

「じゃぁ、君の命は僕が保証する」

『…………』

「信じられないかな」

 シルヴィオは苦笑する。それも仕方のないことだと思い、ムササビを放してやる。

「ほら、ウチに帰りな。捕まえたりしてごめん」

 するとムササビは一目散に他の枝へと滑空して逃げていった。

 さっきのムササビの様子だと、一角獣(ユニコーン)に会える確率は低いな。


 シルヴィオが諦めかけた時、脳裏に響く遠雷のような声がした。

『何しに来たのです? 最後の竜』

 その声は森の獣たちを(ざわ)つかせた。



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