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05.国境の集落にて〈前編〉

 夜更けに狼の遠吠えにがする。

 この宿が狼の群れに囲まれている!?

 室内にいる限り大丈夫なはず……。

 ライラは寝返りをうった。

 すると隣のベッドで眠っていたはずのシルヴィオがいない。ライラは焦ってベッドから起き上がり、暗闇に目を凝らし少年の姿を探す。

「シルヴィオ!」

 空いた扉口に探していた姿を見つける。シルヴィオは1頭の狼を撫でていた。大きな灰色狼は賢そうな目でシルヴィオと見つめあっている。起きてきたライラに気づいたシルヴィオは、ニコッと笑ってライラを安心させるように言う。

「大丈夫。みんな、見張り。怖いの、いない」

 いや、狼の群れ自体が脅威──と思ったライラだが、灰色狼はからは殺気は感じられない。

 宿で飼っている狼だろうか?

 そんな考えが浮かんだが、すぐに否定するライラだった。気高い狼が人間に慣れることは稀だ。

 だがこの狼はシルヴィオにお腹を見せている。まるで人間に飼いならされた犬のように。

 狼には厳しい上下関係があるが、この狼はシルヴィオに服従の意を表していた。

 群れの中でも順位の低い個体かしら?

 でもまだ10歳くらいのシルヴィオと大きな1頭の灰色狼……力の差で言えば灰色狼の方が強いはず……。

 ライラの疑問を感じ取ったのか、シルヴィオが穏やかにいう。

「友だち。大丈夫」

 外ではこの群れの遠吠えが続いている。

 そうだ、シルヴィオは動物と話せる不思議な力があったのをライラは思い出す。

「その子は、なんて言ってるの?」

「『ここ、僕たち、縄張り』」

「私たちのことはどう思ってるの?」

「旅人。友だち。お姉さん」

「私たちに害意がないことを伝えてもらえる?」

「ガイイ?」

「この狼たちを、傷つけないってことを……」

「うん、それ、伝えた」

 ふうっとライラは一息つく。動物の話せる能力を持つシルヴィオは心強い。

 これじゃどっちが守られてるんだか──。

 ライラは苦笑する。

 動物はいつだって確かに人間に何か語りかけている。でも人間にはそれが理解できない。だからもどかしいと今まで何度思ったことか。獣医としては失格かもしれないが、非科学的なことだけれど、動物にも人間と同じ魂のようなものがあって、彼ら独特のコミュニケーション方法がある。

 この狼の遠吠えもそうね。

「シルヴィオ、この子にお礼を言ってくれる」

「うん、言った」

「ありがとう。朝早く出発よ。この子たちに感謝してもう少し眠りましょ?」

「うん」

 シルヴィオは狼にバイバイをして、扉口を閉めた。

 明朝、まだ日が昇る前にライラとシルヴィオは宿を後にした。




 シルヴィオの銀髪はこの辺では目立つので、ライラは大きめのハンカチで彼の髪を隠した。

 そして徒歩で国境を越える。心配していたリンショウ王国の国境警備軍には怪しまれなかった。

 まだ、シルヴィオの手配書は来ていないのか、それとも珍しい特徴的な銀髪を隠したのが功を奏したのかはわからない。

 そして、国境線を超えて隣国のヘイジュ王国に入った。

 空気が澄んでいて美味しい。

 山の稜線から太陽が出てきた。その美しい朝焼けの光景にライラはしばらく見とれた。

 シルヴィオも足を止めて広い空を見ていた。

「きれい」

「そうだね~」

「ライラ、どこ、行くの?」

「ヘイジュ王国ってとこだよ。里山に降りよう」

「ヘイジュ? 一角獣(ユニコーン)、会える?」

 ライラは、ぎょっとした。一角獣(ユニコーン)はヘイジュ王国の国獣であり、精霊獣である。今まで動物病院で教えたことのなかった言葉、教えたことのなかった精霊獣の名前だ。

「知ってるの?」

「知らない」

 シルヴィオ矛盾した答えをした。

「見たこと、ない。聞いた」

「誰から?」

「……ジャングル、僕、育てた動物、から」


 つまりシルヴィオをジャングルで育てた動物から、一角獣(ユニコーン)の存在を聞いたと理解していいのだろうか。ライラはシルヴィオにそれとなく聞いてみた。

「ジャングルの生活は楽しかった? つらかった?」

「楽しかった。でも、難しい、習った」

「君を育てたのはどんな動物?」

「知らない。全身長い毛。頭いい。よく、思い出せない」

 シルヴィオは頭を抱えた。

 ライラはそれ以上無理に聞き出すのをやめた。

 これはデリケートな話題だ。しかしジャングルの生活が楽しかった、というのは意外だった。少なくともこの世界に棲む精霊獣の知識教育は受けているのかもしれない。

 ジャングルにライオンはいない。毛の長い虎だろうか?

 気にはなるけど、私のすることは精霊獣を聞き出すことじゃない。この子を守ること──。

「お腹空かない?」

「空いた」

 ライラは携帯食料の干し芋を鞄から出し、シルヴィオと一緒に歩きながら食べた。

 季節的にモミジイチゴの時期だ。

 ライラはリンショウ王国の山間部出身なので、似たような環境のこの辺りに実ってないかとキョロキョロする。

 見つけた! 黄色い粒々の実!

 よく確認し、少し味見する。甘い味がした。ライラはモミジイチゴをひとつをとり、シルヴィオに渡す。このモミジイチゴは子供の頃好んで食べた。モミジイチゴは、野イチゴの一種で、ライラが思うに野イチゴの他の赤い実のやつより美味しい。

「おやつ見つけたよ!」

「? あ……美味しい……」

 シルヴィオが嬉しそうに言う。

 シルヴィオは植物を好んで食べる。魚も時々食べるが、肉は嫌いみたいだった。きっと今まで育ったジャングルでも植物を食べて育ったのだろう。

「ほら、シルヴィオ。集落の朝市が見えるよ~。新鮮な山野菜、食べよぅ」

「うん!」

 眼下には人々がそれぞれ売り物の野菜を持ち寄って集まっていた。



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