03.見習いさん
シルヴィオの転属願が本部に受理され、まず最初の任務は里親から犬たちを引き受けることだった。犬種は、知的で、洞察力もあり、忍耐力のあるシェパード。訓練をして勇敢な成犬に育てる、実にスパンの長い任務だ。シェパードたちは子犬時代を里親のもとで過ごし、訓練可能な年齢になると軍の犬舎に居を移し訓練を受け始める。
軍用犬部隊は設立されたばかりで、転属してきた軍人も少ないが皆犬好きというのは共通している。しかしシルヴィオの正体を知る者はここにはいない。
見習い軍用犬はジャッキー号を含め5頭、皆それぞれ担当の軍人がドッグハンドラーとしてついた。
「ジャッキー、今日からよろしく」
シルヴィオが担当のシェパードに話しかける。するとジャッキー号は無邪気かつ本能の感じるままに応えた。
『光栄であります!』
「全然かしこまらなくていいからね」
『はい! ご主人!』
ジャッキー号はお腹をみせてシルヴィオに服従の態度をとった。
「えっと、座って欲しいな」
『了解であります!』
ジャッキー号は行儀良くお座りをした。シルヴィオはジャッキー号を撫でて褒める。
他の四頭と担当であるハンドラーの初対面の様子を見回すと、遊びたい盛りの犬たちはハンドラーに『遊ぼうよ』と派手にアピールしている最中だった。
「だーっ! もうお座り! ほら座ってくれっっ、あとで遊んでやるからっ」
新しい同僚の一人が隣のフィールドで苦戦しならがシルヴィオとジャッキー号の様子を見て声をかけてきた。
「君んとこの、なんでそんな聞き分けいいの? えーと……」
「この子ジャッキーの性格かなぁ? 僕はシルヴィオ=アールグレーン。シルヴィオでいいよ」
「オレはイェオリ。イェオリ・ヴェックストレームだ」
イェオリの右腿に犬が抱きついている。シャパードは大型犬の部類に入るので後脚で立つと前脚がちょうど成人男性の右腿にかかる体制になる。
「イェオリはその子に好かれてるよ」
「そうか? そこはかとなくナメられてる感が──」
一方、オズボーン動物病院には、見習い獣医のナータン・ルンドマルクが実務研修に来ている。彼は新設の軍用犬部隊の犬専門獣医になるべく勉強中だった。
「はい、では次はワンちゃんの健康診断をします」
ライラがナータンの指導役だった。
「基本的に動物病院で健康診断全般をやりますが、ナータンさんは日頃から、犬たちの視診・触診・聴診と体重測定を日課にしてくださいね。体重はグラフ化して推移を見るのもいいと思います」
「はい!」
ナータンがメモを取る。
「ではまず、視診。目・耳・歯の状態を見ます。目は充血してないかとか瞳が白濁気味ではないかとか──」
ライラが一つ一つ説明しながらテキパキと健康診断の第一段階を済ませる。
「後の検査には血液検査・尿検査・便検査にレントゲン検査と超音波検査がありますが、それらはこちらでやらせていただきますので、とりあえずはまだ覚えなくて大丈夫です」
「あと半年くらい後にウチの軍用犬たちの健康診断をする予定なのですが、自分、できますでしょうか」
ナータンが不安を口にした。
「あと半年間、健康診断のことをみっちりやりましょう。大丈夫、自信を持ってくださいね」
ライラは、ナータンの気持ちが痛いほどわかる。自分も新米獣医師だった頃は同じ不安を抱えていた。でも不安な気持ちのまま診察にあたると、動物も不安になるものだ。だから、自分を信じることが一番大事なのだ。大丈夫、今までの努力は武器になる。そう自己暗示をかける重要性をナータンに伝えた。
「はい、努力します!」
ガラス張りの手術室では、オズボーン院長が猫の手術を終わろうとしていたところだった。ライラはナータンを手招きしてガラス越しに縫合の手際の良さを見学した。
「手早い! しかも縫合跡も綺麗ですね」
「でしょ? ウチのゴッドハンドです」
「怪我を負った犬の手当ても覚えないとなんで──それもあと半年でマスターしないと──」
「ナータンさん覚えることいっぱいですね。大丈夫。一つ一つ覚えていきましょう」
「へぇ、ライラがナータン獣医の指導役?」
夕食をレストランでいただきながら、シルヴィオが目を丸くする。
「なぁに? 初心は忘れてないつもりだけど私、獣医師として10年ちょい勤務してるのよ~」
「そうだったね。でも野生の薬草の知識を覚えるとかはまだだよね」
「う……今、図鑑見て覚えてるところよっ」
オズボーン動物病院勤務なので、野生の薬草の知識を覚えるのは趣味になりつつある。きまずいまま視線をシルヴィオに戻すと、彼は別の話題を言いにくそうに切り出した。
「婚約指輪……なんだけど、その、デザインとか石とか色々あって……お願い! これから一緒にショップに行ってくれない?」
「え、婚約……そ、そうね、わかった」
二人がそれぞれ照れつつ、コース料理のデザートをいただいた。
「サプライズにできなくてごめん」
「ううん、ずっとつけるものだもん、デザインと石も大事。あ、私、石は水晶がいいな」
ライラはそう言って胸元にいつもお守りのようにかけている竜笛を掌に出した。
「これって、水晶でできてる?」
「うん、一応僕の鱗から作ったけど」
「じゃ、これがいい!」
「ダイヤモンドとかの宝石じゃなくていいの?」
「私にとっては、これが一番の宝石」
そう言ってライラは微笑んだ。




