02.敏感な動物たち
仕事に戻ったライラは、さっきはちょっとシルヴィオにきつく言いすぎたなと反省した。彼が迎えに来てくれたら優しくしようと心に誓い、また動物たちの診察を始めた。
獣看護師たちや他の獣医師たちも、動物たちが一斉にチビった先程の現象に首を傾げつつも仕事に戻った。
しばらくするとオズボーン院長が王宮から戻り、患畜の診察に加わった。
獣看護師の一人が院長に申し送りをする。
「院長、ちょっと前に不思議な現象があって──ライラが外に飛び出してったんですけど程なくして戻りました」
と、動物一斉チビり事件のことを話した。オズボーン院長は、天井を仰いでからライラに視線を移して聞く。問われたライラだが、この場で『元凶』のことを話すわけにもいかず、とりあえず答えた。
「いえ、何もいませんでした」
オズボーン院長はライラの受け答えの仕方を見て事情を悟り、この場ではその話題はNGと判断し謎のままにしておいた。
一方、シルヴィオはというと、街の中にある一軒の高級ジュエリー専門店にて頭を悩ませていた。婚約指輪のデザインは数多くあり、また、宝石の種類や色、形や大きさなどもいろいろあった。
ジュエリー専門店の店員は、婚約指輪と結婚指輪の違いや、最近は婚約指輪と結婚指輪の重ね付けをすることもあることを丁寧に説明する。
「また、お客様がお持ちの宝石がございましたら、そちらを加工させていただき指輪に仕上げることも可能でございます」
「あの、彼女にデザインとか色々を選んでもらうってこと、ありですか?」
半ば混乱しつつ、シルヴィオは声を絞り出した。
「もちろんでございます。サプライズにはなりませんが、大事なお買い物ですのでお客様のパートナー様の好みを最優先するのはとても素晴らしいことでございます」
「……後日、また来ます」
シルヴィオは混乱した頭を抱えつつ、ジュエリー専門店を出た。とっぷりと日は暮れ、街灯に照らされた道を歩いてオズボーン動物病院に向かう。
そしてその道中で、シルヴィオははたと立ち止まった。
ライラの言葉が正しいのなら、これから自分が閉院後の動物病院に向かったら入院患畜たちがまたチビってしまうかもしれない。今日はこのまま帰宅したほうが良いのだろうか。
帰宅への道か、動物病院への道かの分岐路でシルヴィオは逡巡する。
そこへオズボーン院長が現れた。
「院長!」
「おう、うちの医院で昼間起こった現象のことは聞いてる。試しにまたうちの医院へきてみろ」
「でも入院してる動物たちが……」
「お前が元凶なのか、それとも潔白なのか試してみようってんだ、ライラのやつも待ってる」
「──はい」
オズボーン動物病院への道を二人は無言で歩いた。そう遠くはない。
院長は考えていた。
昼間の飛翔訓練で短時間だが竜化したのが関係しているかもしれなかった。人間が感じ取れない微小な気配の変化を、敏感な動物たちが感じ取ったとしよう。動物たちの感情は恐怖であり、態度は服従だ。もし長時間シルヴィオが竜化したら、その気配の変化は人間にも感じ取れるものになるのではないだろうか。竜であることを隠してこの先、何事もなく生きてゆくことは可能なのだろうか。
ライラはの中の竜の血はだいぶ薄まっているから、人間に紛れて生活してゆくのは可能だろう。だが純血の竜であるシルヴィオは、竜化すればするほどその気配は人間とは異質なものになる。幸いというか、シルヴィオがあまり竜化したがらないのはそこにあるのではないか?
オズボーン院長がそうこう考えをまとめようとしているうちに、動物病院に着いた。
「おう、帰ったぞ!」
2階から階段を降りてきたライラはタオルをたくさん手にしている。
「院長! 入院中の動物たちがおしっこを──あ、シルヴィオ」
オズボーン院長は深いため息をついて言った。
「決まりだな」
これは難しい問題だった。入院患畜の床タオルを替え終わってから医院を閉めた後、三人はレストランの個室にいた。オズボーン院長は二人に自分の仮説を言う。つまり人として生きるなら竜化はお勧めできないが、シルヴィオが竜であると一部に知られていて、竜化を期待されている以上それは難しいことを。
「僕は人として生きたいです」
「それは、正体が誰にもバレていないなら可能な話だ。皇帝や軍がお前を手放すとも思えん」
「ちょっと、待ってください院長。シルヴィオは、自分の意思に反して生きろとおっしゃるんですか?」
ライラが問う。
院長は危惧していることをはっきりと言った。
「今すぐにという話じゃないが、竜化する度にシルヴィオの気配は人のものではなくなって行くかもしれねえ」
「僕は今後、竜化しません」
シルヴィオがキッパリと言う。それはもう清々しいほどキッパリとだ。
オズボーン院長が呆れる。
「いや、ことはそう簡単なことじゃないだろ……」
「軍の中で新しい動物部隊ができるみたいですし」
「あぁ、それは聞いているが、お前が竜化しないのと動物部隊がどう関係するんだ?」
ライラは一人首を傾げた。
動物部隊? 何の動物? 竜はシルヴィオしかいないんだから竜騎兵隊じゃないわよね。
ライラの様子にシルヴィオが気づく。院長に視線を一旦移してから一つ頷き、ライラに説明する。
「犬を訓練して軍用犬の部隊を作るらしい。そこに転属願い出した」
犬は確かに訓練次第では忠実かつ頼りになる動物の一種だけれど……と、ライラは昔、シルヴィオが国境の集落で狼を手なづけたことを思い出した。あの頃はシルヴィオはまだ竜であることさえ気づいてなかったが、狼はお腹を見せて服従の態度を取っていた。
「転属できたらの話だけど、犬たちが僕の翼となり爪となってくれると思う」




