01.飛翔
王宮の中庭にて、アラン・レーン皇帝は子供のように胸をワクワクさせていた。物心ついた時からの夢が今日叶うのだ。あの水晶竜をこの目にすることができる。絶滅してしまったと思わせる情報の数々に、今まで何度絶望したことか。
しかし、なんと我が軍に在籍していたという喜びの事実を知り、今までの苦労も吹っ飛ぶというものだ。
そんな思いがつい表情に出てしまっていたのか、腐れ縁のアレクサンデル・オズボーンがこちらをみて揶揄気味に言う。
「あのー陛下、顔がにやけてますよ」
レーン皇帝は一つ咳払いをして平静を装う。
オズボーンは従兄弟なのだが、変わった奴で昔から動物にやたら詳しく、精霊獣に関しては学術論文まで出している。悔しいが、その論文は全て目を通し、内容が素晴らしいと感じたことは絶対にオズボーンには言わないでいる皇帝だった。
「そもそもなぜおまえがこの場にいる?」
皇帝は立場上論文の類は発表していないが、その辺の精霊獣好きよりもよっぽど詳しいと自負していた。
「医療顧問ですので」
「そうであったな。シルヴィオ、こちらはいつでも良いぞ! 訓練の成果見せてみよ!」
そんな陛下と院長のやりとりを見て、シルヴィオは少しリラックスできた。
竜化するには集中力をかなり使う。訓練でだいぶ制御できるようになっていた。シルヴィオは陛下と院長から物理的距離を取ってから、集中する。
すると銀色の光がシルヴィオを包み込む。それをまた銀色の眩く光る無数の帯が包むようにそれぞれ螺旋を描いて天空へと伸びる。シルヴィオの姿が光で見えなくなると当時に竜の輪郭になり実体化する。その間一〜二秒ほどだ。
銀色の輝く鱗に覆われた流線形の肢体は、空を飛ぶことに特化した形だ。陽光を浴びて鱗に乱反射している。
「おぉ!」
皇帝は、その威容に圧倒される。オズボーン院長は満足げに頷いた。
「乗りたい……」
皇帝の呟きを耳ざとく聞き取ったオズボーン院長は注意した。
「陛下、安全性は保証されていませんので、ご遠慮ください」
皇帝はオズボーン院長の抑揚のないセリフに、古の竜騎士の装備を付けておくのだったと後悔した。
「飛んでみせよ!」
皇帝がシルヴィオに指示する。
大きな翼が広がり、風が起こった。皇帝とオズボーン院長は飛ばされまいと姿勢を低くした。
銀竜はその翼のひとふりで浮かび上がり、次の羽ばたきで上空へと上がった。皇居の上空を何度か旋回して元の位置に着地した。
「あぁ、夢のようだ」
「現実です」
「わかっているっ」
人間姿に戻ったシルヴィオに皇帝が近づいて労いの声を掛ける。
「ごくろうだった。良いものを見せてもらって私は感動した。力を制御できるようになったのだな」
「はい、ありがとうございます」
シルヴィオが敬礼をする。
「どうだ? 私の養子になる気はないか? 年頃の皇女がいるぞ」
「めっそうもございません」
「恋人がいるのだったな。不粋なことを言った」
オズボーン院長が近づいてきて、シルヴィオの簡単なバイタルチェックを始めた。
「よし! 全て正常値。何も乱れてない。パーフェクトだ」
そのセリフを聞いてシルヴィオはホッとした。やっと一人前になれたような気がした。
シルヴィオが軍用食堂に行くと、ハインツがちょうど盆に料理を乗せていたところだった。
「いよ! お疲れちゃん。 練兵場からも飛んでる姿、見えたぜ」
「あぁ、うん。まぁなんとか終わった」
シルヴィオが竜だということは、軍のほんの一部にしか知られていないので会話は小声だった。
「あのまま、飛んでっちまえばよかったんじゃね?」
「僕が帰るのはライラのとこだけだよ」
「その〜ライラさんにプロポーズはしたのかよ」
「そんな、改まってなんて言えばいいのさ」
「花束と指輪持って『結婚してください』でいいだろ。女はストレートな告白に弱いもんだぜ」
花束と指輪かぁ。ライラのスリーサイズなら当てる自信あるけど、指輪のサイズはいまいちわからない。一緒に買いに行くのありかな。それにライラは花より食べ物の方が喜びそうな気がする。
などとシルヴィオが考えを巡らせていると、ハインツが別の話題を振ってきた。
「そういや、騎馬隊のほか、新しい動物の部隊を設立するとかなんとか、企画部の奴が言ってたな」
「動物の部隊? ウマはいるから……イヌとか?」
当てずっぽうに言ったシルヴィオの言葉に、ハインツが反応する。
「そうそう、イヌ」
「へぇ、なんか楽しそうだね。配置希望出してみようかな」
「まぁお前には、どんなイヌも服従するよな」
「? 何で?」
「だってよ、竜には絶対服従だろ」
「そんな脅しオーラ出して接しないよ」
食事が終わりハインツと別れたシルヴィオは、午後半休だったので軍服から私服に着替えてオズボーン動物病院を覗いてみた。
院内が何やらかなり慌ただしい。みんな床を拭いたり、ペットシーツを替えたりしている。
シルヴィオは動物病院のガラスに張り付いて覗いていたわけではなく、ちょっと隠れて覗いていたのにライラに見つかってしまった。
ライラはシルヴィオを睨みつけながらツカツカと、外へ出てきた。怒っているっぽい。
「シルヴィオ〜! そんなとこにいないで!」
「ど、どうしたのライラ?」
「動物たちが君にビビって、みんなチビっちゃったないの!」
「ちょっ、待って? 僕そんな怖いオーラ出してないよ?」
「君にその気がなくても、動物たちは敏感なの! どっか行ってて! 閉院したら迎えにきて!」
「? あ、うん。わかったごめん」
今日は久々に竜化したからかな? いつもはそんなことないから──。
シルヴィオはよくわからないまま、他の場所で時間を潰すことにした。