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精霊獣を抱く世界で獣医さんをしています  作者: 神守 咲祈
第3章

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15.遺された声

 その声は、細く静かに語り出したように聞こえた。

『此処へたどり着きたる者よ、竜の血脈を受け継ぐものよ、聴きなさい。見よ、あなたが生きる時代には、精霊獣たちは生きづらい状況になっていることだろう。

 竜はその絶対的な強さと気位の高さゆえに、人間に使役される事をよしとせず自由を求めた。そして同胞たちはリンショウの保護下から外れ仙境(せんきょう)を目指した。私たちはここにとどまりひっそりと人間として生きる事を選んだ。

 竜として生きる事を選んだ同胞たちが正しかったのか、竜の力を封印して人として生きる事を選んだ私たちが正しかったのか、いまの私たちにはわからない。

 あなたは人間との混血が進んで限りなく人間に近いだろう。竜として生きたかったのなら、私たちを恨んでくれて構わない。しかし竜の血脈を受け継ぐものとしての誇りは忘れないでほしい』

 その声は同じ内容を繰り返した。この地に記録された先祖の『声』だった。

 ライラは首を傾げてシルヴィオに問いかけた。

仙境(せんきょう)って、世界のどこかに実は存在するのかしら? 院長は『どこにもない場所』だって、いつかおっしゃってたけど……」

「どこにもなかったから、僕の方の先祖は行き場を失って──絶望の末に絶滅したんだろうね」

「……そう、なのかな……」

「でも、僕のせいでライラが竜の末裔だって、院長とかにバレちゃったね。ごめん」

「それはいいのよ。ただ、シルヴィオの先祖の意思は竜として自由に生きることだったでしょ? いいの? いまの君はリンショウ王国の軍人という立場で、自由じゃないよね?」

「それは僕の意思だからいいよ。」


 シルヴィオとライラは、裏山の(ほこら)から実家に戻ると、父が玄関で待っていた。

「お父さん、ずっと待ってたの?」

「お前たちの帰りが遅いから、何かあったかとな」

 何かあったといえばあったと言えるかもしれない。先祖のメッセージを聞いたのだから普通のことではない。

「お父さんは知ってたの?」

「風の声のことか?」

「知ってたんだ!」

 ライラは父に、聞いたメッセージの内容を話す。父が聞いたのと同じ内容だった。あの『声』は子々孫々に伝えられてゆくのだろう。

 自分が竜の末裔だという自覚が、ライラはいまいち持てない。それもそうだ。生まれてから今まで人間として生きてきたし、シルヴィオのように動物の気持ちがわかるという不思議な力もなかったのだから無理もない。


 夕餉(ゆうげ)の後、父がリンショウ王国と竜の関係について昔話をした。

 その昔、この国には竜騎兵隊という部隊があったらしい。馬と人間が絆を結ぶ騎兵隊のように、竜と人間の絆のをもとに竜は人を背に乗せたというのだ。

 ライラには意外だった。おとぎ話に出てくる竜は、人間と絆を結ぶどころか勇者たちに倒される側だったからだ。子供心に、竜に同情したものだ。迷宮で静かに暮らしているのに、侵入者たちに叩き起こされ倒されるというのが、理不尽だとライラは思っていた。

 でもあの『声』によれば、竜たちは自由を求めてこの国を去ったのだ。使役されることを嫌って……。ライラはちらりとシルヴィオを見た。

 シルヴィオは、自分の意思で軍人になることを選んだ。竜がいないということで戦争になってたくさんの人が死なないために。

 決して好戦的ではない、というより戦うことを嫌うシルヴィオはあまり竜化しない。

 ライラがシルヴィオの竜化した姿を見たのは、十代の時だけだ。

 もっともあの頃は、シルヴィオ自身自分を制御できていなかったのだが、今は自分の意思で竜化をコントロールできてるはずで……。

「どしたの? ライラ?」

 ライラは気づかないうちにシルヴィオを凝視していたみたいだった。その視線にシルヴィオが疑問を持ってもおかしくはない。

「あ、ううん、なんでもない」

「?」


 早朝、なんとなく目覚めたライラは、寝床にシルヴィオの姿がないのに気づいた。布団から出ると、ライラは部屋を出た。

 まだ誰も起きていない屋敷は静まり返っている。

 ライラは屋敷の庭にシルヴィオの姿を見つけ、小さく声をかけた。

 シルヴィオがライラの姿を認める。

「どうしたの? 眠れなかった?」

「ちょっと考え事してた」

「あ、ごめん。邪魔しちゃった、かな?」

「いいよ」

 ライラはシルヴィオの背中を見つめた。

「──結局、どっちが正しい選択だったんだろうって」

 シルヴィオが呟く。あの『声』の語った事を考えていたみたいだ。

 竜として絶滅していくか、竜の力を失っても人として生きてゆくかの先祖の選択。存在しない可能性の高い仙境(せんきょう)を目指したシルヴィオの祖先と、人として生きていく選択をしたライラの祖先。

「どっちも正しかったんじゃないかな」

「どうしてそう思うの?」

「だってこうして、シルヴィオと私が出会えてここにいるでしょう?」

「うん」

「シルヴィオはひとりぼっちじゃないよ」

 ライラがそういうと、シルヴィオはライラを包み込むように抱きしめた。

「そうだった。僕にはライラがいる」



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