14.ルーツ探し
数日後、リンショウ王国の首都から北西に向かって馬車は進んでいた。
シルヴィオは単騎で、馬車の警護についていた。風が幾分肌寒くなる。石畳も馬車がなんとかすれ違うことができるくらいの幅まで狭くなり、石と石の間から雑草が顔を出している場所がいくつもあった。行き交う人もまばらになり、街道沿いの建物もまばらになり、曲がりくねった街道は緑豊かな森へを続いている。
森を抜けると、小さな集落が斜め上に見えてくる。街道は傾斜の急な道に枝分かれしている。ここからは馬車を降り、徒歩で向かって一時間ほどで集落に着くだろうか。
朝に首都を出て夕方には何事もなく集落に到着できた。
馭者に礼を言って運賃を支払い、シルヴィオは馬車に積んでいた荷物を自分の馬に預ける。
「帰郷するの、久しぶりだわ〜鄙びたとこは相変わらずね」
ライラが感慨深げに呟く。集落の家々からは夕餉の支度の煙が上がっていて、ホッとする匂いがした。
先立って手紙で帰郷する旨を、実家に知らせていたので、両親は今か今かと待ってくれていたらしく、近所に嫁いだ姉家族も実家に来て夕餉の支度を手伝っていた。
翌日、朝餉を済ましたあと、一同が居間に揃った。
「で、改まって話ってなんだい?」
母が切り出す。その場には両親と姉夫婦、ライラとシルヴィオが囲炉裏を囲んでいた。ライラは単刀直入に聞く。
「私と姉さんて、竜の末裔なの?」
その場に、しばしの沈黙が流れる。
「……誰から聞いたんだい、そんなこと」
「オズボーン院長先生よ。もともと私が竜と人間のハイブリットだったんじゃないかって。混血が進んでて私に竜の特徴はないけど、唯一血液がそれを証明してて、シルヴィオからの輸血で眠っていた竜の遺伝子のスイッチが入ったんじゃないかって」
「輸血って──」
一同の視線がシルヴィオに集まる。
「……僕も竜の末裔なんです」
「そんなにゴロゴロと竜の末裔がいるものかな」
「騙すなら、もうちょっと気の利いた嘘をつきなさいよ」
一同が苦笑する。
「シルヴィオは嘘ついてなんかないわ!」
ライラが思わず立ち上がろうとするのを、シルヴィオがなだめる。
ライラはこの場でシルヴィオに変身しちゃいなよと言いたかったが、実際問題として家が壊れるのでそれをしなかった。
「シルヴィオ、君が本当に竜の末裔だというなら、裏山の祠にお参りしてきなさい」
父がシルヴィオの目を見据えて試すように言った。
裏山の中腹あたりに、その祠は木漏れ日に照らされてひっそりとあった。
ライラは、子供の頃からの遊び場である裏山に小さな祠があることは知っていた。
神聖な場所だからイタズラしちゃいけないと教えられていたものだわ。でもなんの変哲も無い古びた祠にお参りしたところでなんになるのかしら。
父がどういうつもりでシルヴィオに祠のことを言ったのか、ライラにはわからなかった。
古びた祠には木の扉がついていて、幼い頃姉とその扉をこっそりと開けたことがあったのだ。何にも無かったのでがっかりした覚えがある。
その両開きの扉は、大人一人がなんとか入れる大きさだった。
シルヴィオも木の扉を開け、じっと中を観察している。
「何にも無いのよね〜。ごめんね、お父さんにきつく言っとくわ」
「床板が外れるみたいだ」
「え?」
ライラの視界からは確認できなかったが、シルヴィオが床板を外す音が聞こえる。
「はい、これ外に置いて」
「あ、う、うん」
床板のパーツを渡される。不思議と床板だけは新しい木材だった。何度か床板パーツを渡され、ライラはそれを祠のそばに置く。
すると人一人入れる横穴があることがわかった。
「え? この穴に入るの!?」
「うん、入ってみるよ。ライラはここで待ってて」
シルヴィオはそういうと、躊躇なくスルスルと横穴に潜って行く。
しばらくしてライラを呼ぶ声がする。
「ライラ! 中、広いよ! おいで!」
この横穴は行き止まりではないらしい。
横穴は木の根や土まみれかと思ったが、意外にも石で整備されていて匍匐前進してしばらく進むと、だんだんと広くなり、一つの広い空間に繋がっていた。
シルヴィオがライラを抱きとめる。
ここは水を湛えた鍾乳洞のようだ。
「わ〜、こんなとこに繋がってるなんて知らなかった。ってシルヴィオ、どこに行くの?」
「風があっちから来る。まだ先があるんだよきっと」
シルヴィオはそう言うと、岩の隙間を通って奥へと先導するように進む。ライラも後を追った。
しばらく鍾乳洞を堪能しつつ風が導く方へと進んで行くと、風穴のある行き止まりに行き着いた。
陽光が地底湖を照らす、神秘的な光景が目の前に広がっている。ライラには、シルヴィオの銀髪が光に反射して輝いているように見えた。
「『お参り』ってお父さん言ってたけど、『探検』だったね」
「うん。ここで行き止まりってことは、ここに何か意味があるんだ、きっと」
「そういえば、シルヴィオは風に導かれてここまできたんだよね」
「うん。風が──」
そう言うとシルヴィオが目を閉じて黙ってしまった。
ギュオォォォォォと風の音がする。
「まるで竜が鳴いているみたいね」
ライラが率直な感想を言うと、シルヴィオはハッとしてライラの手を握った。
「そうだ! それだ! ライラに語りかけてるんだよ!」
「え? 語りかけてる?? 鳴き声にしか聞こえないけど……」
するとシルヴィオはライラを引き寄せて、おでことおでこを合わせた。
「ライラ、目を瞑って。深呼吸」
「う、うん」
「耳で聴こうとしないで、心で、ね」
「難しいよ」
「耳で聴こうとすると鳴き声にしか聞こえないでしょ? 竜化した時の僕と会話した感覚を思い出して」
「──やってみる」
ライラは再び深呼吸した。そしてちょっと照れながらシルヴィオに訊く。
「ね、どうしておでこ合わせるの?」
「補助みたいなもん」
わかったようなわからないような答えが帰ってきた。つまりライラが彼女に語りかけている声を鮮明に聞けるようにと言うことらしい。
「ライラに呼びかけてるの、わかる?」
「私に、なの?」
「そうだよ」
二人はしばらく風の音に集中する。
その『声』は語り出した。




