10.獣医師団脱出
貴賓室にて、獣医師団は足止めを食っていたと言っていい。行き先がヘイジュ王国から一時このホウライ王国へ寄ることにはなったが、国内情勢が安定していないので自由に国内の動物を診てまわることもできない。
リーダー格のウドルフォが意を決したように他メンバーに提案した。
「ここを脱出しよう! このままここにいても埒が明かない」
「賛成」
「異論なし」
ドアの外を伺うと、赤い腕章の兵士たちが慌ただしげに行き来している。
何だろう? いつもは見張りの兵士だけだったのに……。
ライラは不思議に思った。
ドアから覗いていたライラに兵士の一人が乱暴にドアを閉めにかかる。
「あんたたちはここにいて!」
「何かあったんですか?」
「あんたたちには関係ない!」
室内に押し返されたライラに、ウドルフォが肩をすくめて声をかけた。
「何かあったな。情報が欲しいところだ」
廊下に無理やり出た獣医師団のメンバーの中の医師ヨハンが、大きく声を張り上げる。
「私は、医師です。怪我を負った兵士を診ましょう」
最初は遠巻きに見ていた兵士たちだが、そのうち、怪我人がヨハンの元に運ばれてきた。
「矢傷ですね」
「……はい、レジスタンスの奴らです」
「毒は塗ってないようだ。消毒して止血しましょう。大丈夫」
「ありがとうございます」
「レジスタンスというのは、あなた方軍事政権に敵対する王太子の軍ですか?」
「はい」
「そうですか、ありがとう」
医師ヨハンを先頭に、獣医師団も怪我人を診ながら貴賓室から出て、出口へと向かう。王太子軍の強襲で赤い腕章の兵士たちは浮き足立っていて、獣医師団の移動に気にとめるものはいなかった。
「きゃっ!」
突然投げ込まれたものに、ライラは咄嗟に退いた。火炎瓶だ。
城内には、投げ込まれた火炎瓶で切り傷ややけどを負うものも多く出ていた。
王太子軍はすぐそこまできているということだろうか。
獣医師団のメンバーは通用口を探して足を早めた。混戦になる前に、何とか城の外に脱出しなくてはならない。巻き込まれたら無傷では済まないし、内戦に干渉したくもなかった。
だが、この城に皆不案内なので、通用口へはどうに行ったらいいのかわからず困ったが、マティルダが何か閃いた。厩舎にきて、馬や象や犬やちが脱出できるよう縄を解いた。
「出口はきっと彼らが知っているわ、案内してもらいましょ!」
放たれた犬たちが駆け出し、馬はいなないて、厩舎から外へと道を示すように進んだ。その後を象が吼えながら進む。
厩舎から外は近いはずだとマティルダは踏んだのだ。
それぞれ馬に乗って獣医師団のメンバーは動物たちとともに出口を目指した。
動物たちの逃亡に慌てる赤い腕章の兵士たちだったが、動物の勢いをとめることはできなかった。
「何? 馬たちが逃げ出した、だと? 貴賓室はどうなっている?」
「誰もいません」
「ふん、まぁいい。あぁいや、獣医師団の者たちは場を混乱させたのだ、討ってよし」
「りょ、了解です」
ロラン・チェルビンスキーは部下に命令し、執務室の椅子に身を沈めた。
王太子軍が攻めてくることは想定内だ。
何も焦ることはないとロランは自分に言い聞かせた。
人間を治めるのは人間であるべきなのだ。ハイブリットとはいえ精霊獣なる獣の末裔に、人間が負けるはずがないのだ。
「!?」
「どうした、シルヴィオ!」
シルヴィオが突然歩みを止めたので、ボリスは訝しんだ。
「ライラは出口の方……貴賓室に向かうのは無駄足だ。サーシャたちは?」
「今頃、執務室に到着しているはずだが」
「獣医師団は厩舎寄りの通用口……から出てくると思う」
シルヴィオはしばし目を瞑って意識を集中させる。
移動速度が速い。馬か何かに乗ってる……。
「……わかった。そっちに向かおう。その勘が外れたら獣医師団は見殺しだぞ」
「外さないよ。絶対!」
城の通用門の一つから脱出を図るライラたち獣医師団の一行に、弓を番えた兵士たちの放った矢が襲いかかる。その凶器が獣医師たちに軽傷を負わせるが、その一つにライラは脇腹を貫かれ落馬した。
「ライラ!!」
幻聴だろうか、ライラには、シルヴィオが自分の名を呼ぶ声が聞こえる。
落馬した際、大事な笛が手の届く範囲より遠くに落ちてしまった。
……届かない……これじゃあ、笛、吹けないね……。
ライラの意識はそこで途絶えた。
追ってきたシルヴィオとボリスの隊が赤い腕章の兵士たちに襲いかかる。
「ライラ!」
真っ先にライラの元へ駆けつけたシルヴィオは、出血したらライラの脇腹を粗布で抑えて止血を試みる。
「ライラ、しっかりして! ライラっ!」