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08.渦中の地へ

 マクシムとガエタンにロバを託して、デジレは獣医師見習いとして獣医師団に加わった。


 到着した港町はノラ犬が増えすぎて、見学した保護施設も飽和状態だった。ペットとして飼われていたのが捨てられたことも原因の一つだ。

 犬は本来賢く、訓練をすれば盲導犬や介助犬など医療分野で、そして牧草地では牧羊犬としても役立つし、その場に応じて有用な人間の相棒になりうる動物である。

 港町の総督も増えすぎた犬には手を焼いているようだ。ライラたちが狂犬病ワクチンを打っても、また次の年には子犬が生まれてくるのでワクチンが追いつかない状態で、殺処分を考えていると聞いた。

 保護施設に保護されている犬たちを救うにはどうしたらいいのか……殺処分すれば確かに数が減らせるが、せっかく生まれてきた命を何とかして助ける方法はないだろうか。

 保護施設の犬たちの視線を感じる。どの犬も死にたくないと訴えているような気がする。

 ライラは長期的だが犬たちの命を救う方法を総督に進言した。

「捕獲した雌犬たちに避妊手術を施したらどうでしょうか? 時間は多少かかりますが、殺処分よりは有効な方法です。もちろん子犬や訓練された子のために、定期的に譲渡会を開くのが前提ですが」

「……わかった……こちらでも予算を組もう。地元の獣医たちには君たちから掛け合ってもらえるか?」

「わかりました」

 一行は手分けしてそれぞれ獣医のところを訪ね、事情を説明する。それぞれの獣医の温度差はあったが、総督が予算を組んでいると話すとかなりの数の獣医師の協力を得られることとなった。ドッグトレーナーたちにも助力をお願いした。

 このプロジェクトにはライラとマティルダがメインになり、雌犬の避妊手術の執刀係を担当する。ほかのメンバーは地元のボランティアとともに、野良犬の捕獲係を担当した。

 譲渡会では子犬が引き取られやすい。成犬はなかなか引き取られづらいが、ドッグトレーナーによって人懐こく礼儀正しくなった子達は引き取られる確率が高くなる。

 狂犬病は人間にも感染する危険な病気だ。治療法はなく発症した動物─人間も含む─は100%死亡する。流行(はや)る前に何とか食い止めたい。

 この港町には少し長く逗留することとなったが、総督が協力的なことが救いだ。


 プロジェクトが機能するのを見届けてから、獣医師団一行は船に乗り込んだ。島々を転々としながらヘイジュへと向かう予定だったが、ジャクシンの領海を出るか出ないかという海域で船が停戦した。疑問に思う一行の目に、黒い軍服に赤い腕章をつけた一団が船に乗り込んできたのが映った。

『なんでホウライの軍人が?』

『ここはまだジャクシン領だよな?』

 乗客たちは声をひそめて口々にささやき合う。

 ホウライ軍の一団の代表者らしき人物が、声を張り上げた。

「この船に、医師ならびに獣医師が乗っていたらご助力願いたし!」

 航行中にけが人が出たとか、輸送中の家畜が病気にでもなったのかしら?

 でもよりによってホウライ王国軍……確か今は軍事政権下よね。

 あぁでも私たちは今『国境なき』獣医師団だわ。

 獣医師団は名乗りを上げた。輸送中に象が暴れたらしく、それによってけが人が数名出たらしく助けて欲しいという。

 人道的な立場から、国境なき獣医師団の面々と随従している医師ヨハンは、ホウライ軍船に乗船した。獣医師たちと医師のヨハンが象とけが人を診ている間に、なんと軍船は民間船を置いて本国へ向けて出航してしまった。

「どういうことですか! 俺たちはヘイジュ王国に向かっているんです。民間船まで船を戻してください!」

 ウドルフォが抗議した。ホウライ軍の一団の代表者らしき人物がウドルフォをなだめるように言った。

「そうお怒りにならないでほしい。本国では医師と獣医師が不足している。君たちは世界を旅する『国境なき獣医師団』とか。どうかご助力いただきたい」

 態度は物柔らかだが有無を言わせない雰囲気に一行は黙った。

 デジレが不安そうにつぶやく。

「どうなるんだろ、オレたち……」

「すぐには帰って来れそうにないな──」

 ウドルフォは厳しい表情で答えた。


 軍船はホウライ王国の首都クカンゼの軍港に到着した。整列したホウライ王国軍人たちは皆、左腕に赤い腕章をつけて敬礼している。

 その真ん中を先導されて進む獣医師団。ライラは居心地の悪い思いをした。

 これじゃ連行される囚人みたい……。

 案内された宿こそ高級なところだが、そこここに見張りの兵が配置されていた。

 街には要所要所に兵が配置され、街ゆく人はほとんどいない。

「ホウライ王国軍は馬と象を使い分ける。もしかすると象が感染症にでもなったか?」

 大型動物専門獣医師ウドルフォが予想する。

 医師ヨハンが確認する。

「あぁ。だが、軍用の象となるとワクチンは接種してるはずだが──」

 その時一行が集まっているロビーに赤い腕章をつけたの兵士が言付けに現れた。『閣下』が面談したいとのことだった。

 『陛下』ではなく『閣下』ね。王様はどうなさっているのかしら? まさか処刑されてたりしてないよね……。

 ライラはこの軍事政権をつい敵視してしまう。

 シルヴィオが戦ったのはこの軍事政権下の蓬ホウライ国軍なのだ。

 でも使役されている動物に罪はない。分け隔てなく救うのが私たちの仕事で──。



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