07.希望を見つけた瞳
護衛の仕事を引き受けてくれた男たちは、鋭い目つきの頭領マクシム、馬の手入れが丁寧なガエタン、若手でライラと同じくらいの歳のデジレの三人だ。
この山村より少し下の山里に宿屋があるというので、一本道を降りてゆく。
短い道中だったが、預けたロバが艶々しているのを気づいた獣医師の一人クラエスが、ガエタンに礼を言う。
「ロバにブラッシングまでしてくれたんだね、ありがとう!」
「馬は綺麗好きだ。当たり前の事をしだだけだ」
「ガエタンは村一番の馬好きさ」
デジレが言い添える。ライラは自分のロバを改めて見て、こころなしかロバが機嫌いいように思えた。マクシムは怖いがガエタンは馬好きで、デジレは同年代で話しやすそうな気がした。
出会いこそ悪かったが、そう悪い人たちではないのかもしれないと思うようにライラは努めた。略奪行為は悪い事だが、そうしなければ生きてゆけないほど貧しい暮らしがあの山村にはあった。
デジレは獣医師の仕事に興味があるらしく、馬に詳しいウドルフォやマティルダに馬が風邪をひいた時の正しい対処法などを尋ねていた。マクシムは始終無言だったが、周囲の警戒を怠らず馬の歩きやすい場所を選んで先導してくれる。
「この辺は貧しい集落が多い。俺たちが言えた義理じゃないが貴重品は寝る時も肌身離すな」
山里の宿に着く。犬が多いのが目につく他は取り立てて特徴のない山里だ。
護衛の三人は順番で寝ずの番を決めていた。獣医師団にとってはロバと医療器具が財産なように、彼らにとっては馬が財産なのだ。朝起きて馬がいなくなってたらこの先の旅が立ちゆかない。
それを見ていたウドルフォが、獣医師陣も彼らと共に順番で寝ずの番をしようと言い出した。彼らを完全に信用したわけではないのと、彼らと親交を深めるいい機会だということだ。
くじ引きでマティルダとウドルフォ、デジレが最初の番に決まった。三時間ごとに他のメンバーと交代する条件だ。
ここは宿といっても広間にみんな寝袋で雑魚寝という状態で、護衛の二人は半月刀を抱いて座った状態でやすんでいた。
広間のすぐ隣に厩舎があるので、その中間に火を起こして馬と人間を見張ることになった。
三人は自然と馬の病気や怪我の話題になった。
「デジレは馬の医者希望か?」
「うん」
「馬といえば、ヘイジュ産の馬は駿馬が多いと聞く」
「訓練の仕方とか、やっぱり違うんですかね?」
「それもあるが、やはり駿馬の血統をいかに子孫に引き継ぐかも大きく関わってくるな」
「馬でビジネスを?」
「ああ。行く価値はある。ここから港に降りた後、海の島々を渡って目指すはヘイジュか。明日みんなに進路を打診してみよう。デジレも行けるようにマクシムに相談だな」
何事もなく一夜が過ぎ、一行は山里を後にした。
「ヘイジュだと? 旅費はどうするんだ!?」
マクシムが眉間にシワを寄せてデジレに詰め寄る。ウドルフォが間に割って入る。デジレが馬の医者になりたい夢を持っていて、ヘイジュの馬に関するノウハウは無駄にはならないことを説明した上で、獣医師団のサポートとして働いてもらう事を提案した。マクシムは港町までに考えが変わらなければ好きにするがいいとデジレに言い渡した。デジレは目を輝かせた。
山里から徒歩で四時間、この集落では草競馬の大会が行われていた。
馬の手入れが得意のガエタンが今度は目を輝かせる。彼にとっては艶々とした馬の品評会だったのだ。
「飛び入り参加オーケーだって。ガエタン、参加してみたら?」
マティルダがガエタンの背中を押す。ガエタンはマクシムを見る。マクシムは首をくすめた。ガエタンは嬉しそうに自分の馬を見た。
「一度、気持ちよく走らせてやりたかったんだ。コイツ、走りたがっててさ」
「ガエタンの馬に賭けようぜ」
「いいねいいね」
「でも、コイツ速くはないかもだ、みんな自己責任で賭けてくれ」
パドックで紹介されるガエタンとその馬は、他の馬に見劣りしないほどいい馬体をしていた。レースがはじまると、一行は一丸となってガエタンの馬を応援しながら目で追う。
結果は二位と大健闘だった。
馬の調教師や馬主がガエタンの馬に興味を持ち、どこで育ったのか、どんな調教をしているのかとあれこれ聞いてきていた。
医師団は少しだけ儲けたお金で、麦酒を買いみんなで乾杯をしてガエタンとその馬の健闘を称えた。
マクシムはウドルフォに満更でもない様子でひっそりと打ち明けた。
「デジレやガエタンのやつが、あんなに目を輝かせた姿を、俺は初めて見た。あんたたちは獣医師団といったけど、夢も見させてくれるんだな」
「夢はみるだけじゃない、叶えるためにあるんだぜ。あの山村で何をすればいいのか、あんた本当はうすうす感づいてるんだろ?」
「?」
「港町がみえるな。もう言ってもいいか。馬を育てるんだ。山村の近くにはいい草原があったじゃないか。あんたたちは競走馬を育てるんだよ。あの山村と草原を競走馬の故郷にするんだ」
「そんなこと、できるわけないだろ」
「何事もやってみなきゃだ。このまままた山賊に戻るのか? いや戻れないはずだ」
「……」
「幸い、ガエタンの馬に興味のある調教師や馬主もいるようだぞ」
「ただのまぐれだ」
「子馬を預かってみたらどうだ? 育てがいあるぞ」
「のせないでくれ」
「ま、判断はあんた次第ってとこだな。この先は港町、俺らの護衛の仕事は終了だ。ロバたちもあんたたちに預けて行っていいか?」