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精霊獣を抱く世界で獣医さんをしています  作者: 神守 咲祈
第3章

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06.笛を吹いたら

 一方、国境なき獣医師団はジャクシン王国の草原から山道にさしかかろうとしていた。道中の草原でリシャールと仲良くなったヒヒが、高台から警告の鳴き声を発した。

 最初は仲間のヒヒの群れに向けての声だと誰もが思ったが、どうやらこの獣医師団に向けての警告だった。

 山道の上から半月刀でおのおの武装した人間たちが、馬を駆って獣医師団に襲いかかってきたのだ。獣医師たちが武器と言えるものは持ち合わせえていない。この先の山村で護衛を雇おうとしていた矢先の出来事だった。

 頭領らしき男が馬を巧みに駆りながら指示を出す。獣医師団は瞬く間に山賊たちにかこまれてしまった。

「女と医師は生かしておけ。あとは殺せ」

 山賊の頭領が叫んだ。

 ライラは危機を感じ、咄嗟に胸にかけていた笛を力一杯吹いた。

 すると山賊の馬たちが急にいななき暴れだす。馬をなだめようとする男たちを振り落とし、馬はきた道を逃げて行った。

 そして地響きのような音とともに草原からバッファローの大群が現れた。

「なんで、こんな場所にやつらが!?」

 山賊の一人が悲鳴を上げて馬を追って近づきつつあるバッファローの大群に背を向けて逃げてゆく。山賊一味は出鼻を挫かれ来た道へと散ってゆく。バッファローの大群はまっすぐにこちらへむかってくる。

 大型動物専門の獣医師ウドルフォがメンバーに警告する。

「このままここにいちゃ、俺たちも吹っ飛ばされるぞ。木に登る! みんな来い!」

 大木とはいえないほど心許ない木だが、数本退避場所があった。

 ライラは生まれてこのたか木に登るのは初めてだったが、登らなければバッファローに吹っ飛ばされて死ぬかもしれないと必死に登った。

 バッファローは速度を緩め、やがて地面の草を食み出した。しばらくその光景を木の上から観察する獣医師団だったが、やがてバッファローの大群は草を各々食みながら草原へと戻っていく。

「なんだったんだ?」

「でも、山賊を追い払ってくれたよ」

「感謝すべきなのかしらね」

 ウドルフォにリシャール、マティルダが疑問と安堵がまざった不思議な表情で木から降りてきた。ライラが、シルヴィオからもらった小さな笛を見て言う。

「この笛、かな。獣にしか聞こえない笛なんだって」

「あぁそうかその笛!」

 フランツがライラの笛を指して言った。

「人間には聞こえないけど獣には聞こえる特定の周波数を発するっていう!」

「私が呼んだ『彼』はきてくれなかったけど……」

「周りの山脈に反射して、遠くには届かないさ。この草原は盆地になってるからな」

「なるほどね」

 ライラはフランツの説明に納得した。シルヴィオにはこの音は届かなかっただけだよね。吹いた場所が悪かった。そうだよね……。きっと届いてたら来てくれたよねシルヴィオ──。


 山賊に襲われる危機はとりあえず脱したものの、この場所でぐずぐずしていられないのはあきらかだったが、来た道を戻るかこの先の山村を目指すしか道はなかった。この先の山村には先程の山賊がいる可能性があったが、ロバを休ませなければならなかったし、山賊を正式に護衛として雇えば状況はかわるはずだとふんで、山村に入った。

 山村に入るや否や、獣医師団はじろじろと村人の注目を浴びた。

「この村には、なんにもねーよ!」

 子供がそう怒鳴って村の奥へ逃げて行ってしまった。痩せた犬が数匹後を追う。

 ライラは、ここが山賊の根城だと思っていたが、逆に略奪される側の村かもしれないと考えを改めようとしたが、馬に飼い葉をやっている一人に見覚えがあった。さっきの山賊が村人になりすましている?

 ライラがウドルフォに目配せする。ウドルフォがうなずく。

「この山村は、ずいぶんとつつましやかな暮らしのようで」

「土地が痩せてるんだ。作物もよくならねぇ」

「でも馬はいいねぇ、よく手入れされている」

「馬は財産だ。なんなんだ? あんたたちは?」

「俺たちは旅の獣医師だ」

「……」

「でもこの辺は物騒で──護衛を雇いたいんだが誰か紹介してもらえるかな」

「この先の突き当たりの家の者に聞いてくれ」

「わかったありがとう。あぁ俺たちのロバを預かってもらいるかい? 君の馬の状態がいいのを見て、ぜひ俺たちのロバの世話を頼みたい。疲れているんで、休ませてやってほしいんだ。金はあんまりないんだが、君の面倒見の良さを見込んで銀貨十枚でどうだい?」

「……今晩だけだぞ」

「あぁ」


 突き当たりの家にいくと、警戒心をあらわにした女性がいた。犬が数匹吠えているが襲ってくる気配はない。話は聞こうということだろうか。

「俺たちは旅の獣医師なんだが、護衛を雇いたい。できれば二〜三人紹介してもらえるだろうか」

「どこまで行くんだい?」

「できれば寄り道しつつ港町まで」

 ウドルフォが女性と値段交渉に入りしばらくして、交渉成立したようで女性が奥から夫を呼んだ。奥から現れた鋭い目つきの男がウドルフォに視線を移す。先ほどは鼻から下を布で隠していたが、まちがいない、先程の山賊の頭領だとライラは確信した。

 ウドルフォがここで頭領に爆弾発言をした。

「ここで山賊稼業してても先はないだろう?」

「フン、全部お見通しってわけか。今お前の首をかっ切って有り金全部奪ったっていいんだぜ」

「それはいい策じゃないね。俺たちには知識と経験がある。この山村を豊かにする方法を俺たちは知っている。港町についたらそれを教えよう。悪い話じゃないだろ」

「初対面のおまえを信用しろと?」

「雇用契約は成立した。この山村を豊かにする方法を教えるのはプラスアルファだ。まずは手付金、支払ったぞ!」

 ライラはそのやり取りをハラハラしながら見ていた。

 山賊を雇ってこの先大丈夫なのかしら。



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