04.諦観と反発と
ここはホウライコク王国の首都クカンゼにある王宮の離れの庭──現軍事政権によって王のテオドール・フィリシンは離れの屋敷で軟禁されていた。
この離れの屋敷は四方を石垣で覆われ、見張りの兵が交代でついている。見張りの兵たちはテオドールに礼儀正しい。兵士たちの根底には精霊獣の末裔を敬う気質が刷り込まれている。
初老半ばにさしかかっているように見えるテオドールは、この生活もそう悪くはないと思い始めていた。自分は霊亀の末裔として今までこの国を治めてきたが、そもそも権力など自分には無縁なものと考えていた。こうして静かに暮らすのもいいことかもしれない。ただ、霊亀の末裔としてのいくばくかのプライドが、現軍事政権総帥のロラン ・チェルヴィンスキーに反発を覚えていた。
ここに軟禁される時、人間であるロランがテオドール言い放ったのだ。
「長寿で知られる精霊獣の時代は時期に終わる。どの国の国獣もすでに絶滅ないし絶滅危惧種だ。時代は人間が国を統治する局面にきている。精霊獣が国を統治するなど、時代遅れなのだよ。もちろん、今までのあなたの平和的治政には敬意を払おう。だがこの小さな島国では、限界があるのだ」
「それは人間が増えすぎたからなのか」
「そうだ。人間は繁栄している。だから皆の住む土地を広げなければならない」
「それで他国を侵略しようと言うのか。だがこの間、リンショウ王国南部の戦線で敗退しただろう?」
「ぐ……だが我々は豊かな土地を手に入れなければならない。情勢は逼迫している」
「それで今度はどこを狙おうと言うのだ?」
「あなたには関係のないことだ」
純血の精霊獣は一千年は生きると言われているが、テオドールは人間との混血が進んでいるのでおよそ二百年ほどの寿命だろう。それでも精霊獣はこの世界に抱かれている。この世界の構成要素の一つなのだ。排除されていい理由はない。
サーシャ ・ フィリシンは酒場で仲間と熱く語り合っていた。年齢は30半ば、彼はテオドールの息子であり、軍事政権に反対するレジスタンスのリーダーだ。打倒ロラン ・チェルヴィンスキーを掲げ、今はまだ地下組織であるレジスタンスを根城に活動をしている。
仲間のルスランが、サーシャに耳打ちする。
「次、南の島々が狙われてるって話だぜ」
「ジャクシンの島々か。確かに首都ラダンや駐屯地からも離れているが、ジャクシンには森獅子がいる。黙っているわけがない」
「精霊獣って戦いを好まないイメージがあるんだけど」
「でもリンショウ王国の例があるだろ。自分の棲む場所を守るために何らかのアクションは起こすと思う。とにかく、ビラを配ろう。これをみた国民がロランをどう思うか、それが重要だ」
ビラには、ロラン ・ チェルヴィンスキーによる国王テオドール軟禁の記事が書いてあった。
街は戒厳令が敷かれていたが、レジスタンスのメンバーは各家のポストにビラを入れる。リンショウ王国南方諸島侵略に失敗したロランは今度はジャクシンの島々を買い取ろうとしているが、金の出所が不明だ。まさが国民に重い税を課そうというのか……。
ところ変わってここはリンショウ王国の首都、シウホの軍本部医務室だ。定期的にバイタルチェックと血液検査を終えたシルヴィオは、オズボーン動物病院の院長に尋ねた。
「院長、もし仲間に輸血が必要になった時、僕の血は役に立つ?」
「輸血はできるだろう。だが、輸血された側がどう変容するか保証の限りじゃねぇ」
「変容? 鱗が生えたり爪がナイフのようになるの?」
「かもしれんし、内部の細胞構造が変化するかもしれん」
「人間にはリスクがあるってことか」
「ま、そういうこった。できれば輸血は控えろ。なんだってそんなこと聞くんだ?」
「近々、派遣される。また血なまぐさいことになるかもしれないから」
「……そうか」
院長はそれ以上聞かなかったし、シルヴィオも守秘義務があるのでそれ以上話せなかった。
練兵場に戻ったシルヴィオは、皇帝アラン・レーンの姿を見つけ最敬礼する。
「楽にして良い。近々ヘイジュ王国に秘密裏に入ってもらう。この国で取れる資源物をヘイジュ王国が買ってくれているが、その一部がホウライ王国に流れているらしい。密偵の報告ではヘイジュの宦官がホウライへ横流ししているとのことだ。女王がそれを知っているかどうかは不明だが、その真意を確かめたい」
シルヴィオはハインツに小声で聞いた。
「宦官て何?」
「大事なタマタマをとられて去勢された奴らのこと」
「げっ、痛そ〜」
ヘイジュ王国は他国の軍隊を受け入れないので、シルヴィオたちは民間人に身をやつして入国し、ホウライ王国への横流しを止める任に就くことになった。




