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03.獣医師団の旅

 国境なき獣医師団の旅の始まりは、寒冷地だった。

 移動手段は毛長象だ。ライラは毛長象を間近で見るのは初めてでその大きさに圧倒された。

「コレの群れで移動すれば、他の動物はまず襲ってこない。襲ってくるのは人間くらいだな」

 この獣医師団のリーダーを務めることになった、大型動物を専門に診るウドルフォが言った。脚台を使って毛長象に乗る獣医師たちは、毛長象の目線の高さに興奮気味だった。

 乗り慣れるまでお尻が痛いかも……でも凍傷と戦いながら徒歩で進むよりはずっといいわね、何よりこの子の背中は暖かい。

 ライラは自分の乗る毛長象の背を軽くポンポンと叩いた。

 毛長象も一時はその立派な牙を目的に人間に乱獲された動物だが、一部が家畜化されたことによって絶滅を免れた動物だ。この獣医師団が借り受けた毛長象たちも、地元住民が大事に世話をしている子たちだ。

地元住民が前に乗って毛長象を巧みに操り、獣医師たちはその後ろに乗る。

「動物に国境がないように、俺たち獣医師団にも国境はない。行くぞ!」

 ウドルフォの掛け声で毛長象たちが動き出す。 

 旅はリンショウ王国北部から北方の小国を巡って鳳山国北部まで毛長象で移動する。

 途中の集落で家畜の診療をして進む旅になっている。

 ライラは今まで愛玩動物ばかりを診てきたが、行く先々の小さな集落で暮らす人々にとっては家畜は財産なのだと学んだ。家畜を失うということは、収入源及び食料を失うことなのだ。家畜を多く持っているのは豊かさの象徴なのだ。貨幣経済が進んだ都市部では失われつつある価値観が、ここでは根強く息づいている。

 この旅では大型動物を専門に診るウドルフォにもう一人の女性獣医師マティルダが中心になって動いた。ちょうど家畜の出産ラッシュ時期に当たり、獣医師たちは本当に忙しく働いた。家畜番をする犬の健康診断はライラが当たった。この辺は薬効植物というより植物自体が少ないので、持参していた薬で対応する。


 一行はホウザン王国に入り、世話になった毛長象たちに別れを告げた。ここからはリャマに乗り換えて旅を続ける。リャマはラクダの仲間で山岳地帯に特化した動物だ。長いまつ毛にぱっちりした瞳が可愛い家畜だ。

 この旅は家畜さまさまね。

 毛長象に慣れたライラは、体長一メートルちょい超えくらいのリャマが可愛いと思った。自分より小さいのに力持ちのリャマに荷物を預ける。ここでも現地ガイドにレンジャーを加えたリャマのキャラバンが組まれた。

 ホウザン王国は火山地帯とあって、久々に温泉に入れそうだとメンバーたちは喜んだ。

 鳥専門の獣医師クラエスが、ここは精霊獣不死鳥(フェニックス)のお膝元だと興奮気味に語り始めた。鳥好きにはこの国は憧れの聖地があるという。

 ライラは、以前その山の(ふもと)までシルヴィオと行ったことがあったが、それを話すとクラエスに質問攻めにされそうな雰囲気だったのであえて黙って聞いていた。

不死鳥(フェニックス)は、火山の中に棲んでるとか。火の鳥そのものだよね。現王朝であるシェーンフェルダー王朝は、不死鳥(フェニックス)の末裔らしい。それって、初代王が不死鳥(フェニックス)ってことだよ。とても興味深い」

「まぁまぁ、じゃ続きは風呂で聞くってことで」

 鳥のこととなると饒舌(じょうぜつ)になるクラエスの肩を、仲間のフランツがポンポンと叩いて話題を温泉に切り替える。

「みんなで仲良く混浴といきましょうや」

「ここの温泉は水着着用じゃないの。だから混浴はナシ」

 マティルダがそう言ってフランツを追い払った。

 温泉かぁ、久しぶりだな。今までお湯は貴重な寒冷地帯だったから桶のお湯を浴びて終わっちゃってたけど、今日はゆっくりできそう。やったー!




 ライラはマティルダと露天風呂に浸かっていた。外の空気が寒いので体が湯に浸かっていてものぼせない。

「それにしても、よく二十代の若さでこの旅に出ると決心したわね」

 マティルダがライラに問う。

「変ですか?」

「珍しいって言うか。ほら、この旅ってろくに風呂にも入れないくらいでしょ?」

「そうですね〜。マティルダはどうして旅に加わったんです?」

「私は四十六歳になって子育てもひと段落したし、獣医師として折り返し地点に立ったと思ったからかしら」

「私も、必要に迫られて……です。その、旅先で相棒が毒に倒れた時があって、私何もできなかったから……」

「その相棒さんは?」

「運良く助かりましたけど、でも私、もっと知識と経験を積まなきゃダメだなって思ったんです」

「若いのにしっかりしているのね」

「いえ……まだまだ」

「恋人はいるわよね。よくこの旅に参加するの、許してくれたわね」

「全部決まってから報告しました。不機嫌でしたけど、でも許してくれましたよ」

 ライラはそう言って肌身離さず首にかけている笛を握った。


 この国では魚や水生動物専門のマウロと、大型水棲動物専門のフランツ、鳥専門のクラエスが中心となって診療に当たった。もちろん家畜もいるので、獣医師団は総力戦だ。怪我を負った大陸リスの世話はライラがあたった。この地域のリスと小鳥は餌がかぶるので協力関係にあった。クラエスが鳥の縄張りを探り当て、ライラがその縄張りにリスをリリースして野生に帰すことに成功した。

 一方海では、マウロとフランツが連携して真怪羅(マカラ)の観測に成功したり、湖に迷い込んだ準絶滅危惧種のイッカクを無事海にかえしたりと成果を上げていた。

 地元の獣医師たちとともに家畜診療所を設け、家畜の健康診断や健康相談もした。


 旅は南下して、今度はリャマからロバに乗り換え、気候も亜寒帯から温帯湿潤気候へと変わる。気候の変化で少し体調を崩し気味だった獣医師たちを同行の医師ヨハンがフォローする。

 このエリアになると両生類専門のトゥールと爬虫類専門のハーゲン、類人猿専門のリシャールが中心となって診療に当たった。観賞用のペットとして高値で取引される蛙をみてうっとりするトゥール、大蛇を巻きつけてご満悦なハーゲン、海で芋を洗う猿の知能に饒舌になるリシャールと、それぞれ獣医師としてだけではなく、その専門とする動物を愛してやまない姿があった。

 現地の人からその地での薬効植物を教えてもらい、毒蛇に噛まれたり毒蛙に接触してしまった家畜や人間を多く治療していった。



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