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14.心の有りさま

ここは首都シウホより北の地にある山岳地帯──シルヴィオを含む三個小隊ほどの人数の兵が、人里離れた針葉樹の生い茂る森林区域を縫うように走り込みをする。

 皇帝は竜化についてコントロール術を、過去の文献でよく研究していた。そのうえで今までたった二回しか竜化したことのな未熟なシルヴィオをいかに訓練するか、その方針を、数人の部下とよく話し合っていた。

 皇帝にとってもシルヴィオにとっても手探りな訓練だったが、訓練は一人ぼっちではなかった。

 陸兵や海兵からの選抜隊、それにシルヴィオが所属している海兵第一師団海兵隊第八部隊の隊員も同じ訓練をしていた。直接の指導は第8部隊長エイナル・ベックマンが当たっている。

 ベックマン隊長は厳しいがよく部下たちのことを見ているし、エコ贔屓もしない。

 庶子だが第三皇子であるハインツが走り込みながら小さく嘆く。

「俺、すげー貧乏くじひいたきがする。本来なら宮廷でダンス踊ってるはずなのにな」

「そこー! 無駄口叩くな! もう1周だ」

 ベックマン隊長の声だとぶ。

 この人選はたしかに謎だとシルヴィオも思ったが、この訓練中に愚痴を言う余裕があるハインツはこの隊の中でも体力がある。ハインツはダンスより筋トレが似合うとシルヴィオは思ったが、もう一周また増やされてはたまらないと判断し黙っていた。

 みんなヘトヘトで最後の1周を走り終えるとその場に倒れ込む。

「次、スクワット百回!」

 容赦ない次のメニューにみんな無言になる。数人のため息が白く吐かれる。ベックマン隊長が隊員を鼓舞するように、だが厳しい現実を突きつける。

「この訓練をサボるのもいいだろう。だがそうした者は次の戦場では死体になるだけだ」


 竜化すると体力と精神力の消耗が激しいことを、シルヴィオは感じていた。こうして体を極限まで訓練することで、体力と精神力を鍛えられると頭ではわかっていても、実際キツイ。こうなると、誰と競うわけではなくなる。自分の弱さとの闘いになってくる。

 最初はシルヴィオをまるで腫れ物に触るように接していた兵士たちだったが、厳しい訓練の日々でみんなそれどころではなくなっていた。一緒に苦境を乗り越えてゆくなかで、仲間意識が芽生え始めていた。

 ホウライ王国との緊張状態はまだ続いている。次はどこが戦場になるかはわからない。


 山岳地帯を訪れた陸兵第二師団団長のマデリーネ・イェイエルは、あの小さく怯えきっていた少年の成長ぶりに目を見張った。彼がマデリーネ団長のことを覚えていないのも無理はない。それに、あれから数年も経つ。

 兵士一人一人にはそれぞれ個別面談がおこなわれる。兵士とて『心』をもつ人間であり、戦う機械ではない以上心のケアに力を入れるのがリンショウ王国の方針でもあった。

 今回、マデリーネ師団長は、シルヴィオの面談に参加する機会を得られた。

 個別面談で、マデリーネ第二師団長がシルヴィオにだけ明かしたことだが、この三個小隊は、彼が竜化する瞬間を目撃した兵士たちで編成されていた。

「君は諸外国に逃避行していたと思っていたが、なぜ我が軍に志願を?」

「精霊獣がいないことが要因の一つで多くの兵士が戦場に駆り出されているのに、当の自分が安全な場所に隠れているのは卑怯だと思ったからです」

「きみはまだ子供だった。だれもきみを責めないだろう」

「でもいまはもう、子供じゃありません。やれるだけの力があるななら……」

「力だけでは無理なこともある」

「帰る場所がなくなるのは嫌です」

「皇帝と取引したらしいが、力を制御できるようになったらどうするのか?」

「退役も考えましたが、いまは考えていません」

「軍に残るというのか?」

「大事な人がこの国にいます。自分はその人や仲間を守りたいんです」

 マデリーネはそれを聞いてこの子は心も成長したと感じた。

 大義のためではなく、守りたい人や仲間のために戦う。そういう理由なら信用できる。ただ自由を求めて暴走するだけの竜ならば、倒さなければならないとおもっていたが、この青年の心の有り様は人間に近い。人間の兵士としても有用だろう。

 いままでの竜化も、かなりの危機に陥った時だったと聞く。皇帝は竜化した姿を見たいのだろうが、この青年にとっては竜化する機会はないほうがいいのかもしれない。

 竜化するための制御力ではなく、しないための制御力がつくことをマデリーネは願った。

 他の精霊獣はわからないが、水晶竜(クリスタルドラゴン)は我が国の生ける伝説である必要がある。兵士の士気のためにだ。竜は我が軍の最後の切り札としておきたい。




 今日の訓練がおわり、兵士たちはそれぞれ眠りにつく。

 ハインツが寝転びながら、相部屋のシルヴィオに問う。

「なぁ、そういえば年上の女どうしたよ。ここにきてから手紙来ねーよな」

「うん」

「さては筆不精なお前に愛想つかしたか?」

「ライラは待っててくれる」

「なんでそんな信用できるわけ?」

「そういう人だから」

「でもよぉ、八つ上つったら二十五だぜ? 十八歳前後で嫁に行くこのご時世でさすがに……」

「わかってる。この訓練が終わったら迎えに行く」 

 ハインツはシルヴィオの表情をのぞいて、慌てた。一番焦っているのはコイツだと悟った。

「おい、竜化して飛んでくなよ? 暴れるなよ!」

「大丈夫。これも訓練のうち──」


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