10.志願
宿に戻ったライラはシルヴィオにこの先どうしたいか問う。
「ここに留まるのもアリよ……」
「リンショウ王国とホウライ王国の間で戦争が起こるの?」
「……わかんない……」
「僕がリンショウ王国にいないから、戦争が起こるの?」
「……それは……でもシルヴィオはここにいたほうがいいかもしれないわ」
「僕の『自由』のため?」
ホウザン国王との会話がシルヴィオには聞こえていたのかもしれない。だったら話は早い。
ライラはうなずいた。
シルヴィオはしばらく床を見つめていたが、意を決したように顔をあげて言った。
「僕、リンショウ王国に戻るよ」
「え……でも捕まっちゃうかもしれないんだよ」
「リンショウ王国軍に志願する」
「えぇっ!?」
「擬人化したままで。国外に逃げていると思われてるなら都合がいい」
「そんな懐に飛び込んで大丈夫なの?」
「僕一人の自由のために戦争になるのは嫌だ」
「シルヴィオ……」
シルヴィオ……まだ十五になるかならないかなのに大人っぽくなっちゃって……痩せっぽっちで怯えていた背中が、いまはスッと伸びてたくましく見える……。
「帰ろう、ライラ。今まで守ってくれてありがとう。今度は僕がライラを守れるようになるまで、待ってて」
ライラは夕日を背にしたシルヴィオに思わず抱きついた。
身長もすっかり私を追い越しちゃって……なんか嬉しいような寂しいような不思議な気分。『お姉ちゃん』ってこういう気持ちなのかな。
シルヴィオもライラの背に腕を回して抱き返した。
ホウザン王国の港から出航した船は、北方の島々を経由して、リンショウ王国の首都シウホに到着した。
オズボーン動物病院の診療時間が終わる頃、ライラとシルヴィオは院を訪れた。オズボーン院長は二人を出迎え、赤い髪をボリボリかきながら声を潜めた。
「いやいやいやいや帰ってきたのかお前ら。タイミング悪いぞ」
「どうしたんです?」
「ホウライ王国との国交断絶を皇帝が発令したとこだ」
「!?」
「ホウライでクーデターが起こって軍事政権になってたんだよ。で、リンショウの南方の島を占拠したもんだから、うちの皇帝が軍議を開いて──」
シルヴィオが院長に確認する。
「リンショウに竜がいないのにつけ込んだんじゃないの?」
「根底にはそれもあるだろうが、軍事政権になったのがまずい。でもってうちの皇帝の御前で、占拠された島への軍の派遣が決まったんだ」
「院長。僕、軍に志願したいんですけど」
「はぁ? なんだってまた……」
「僕だけ、安全な場所にいるわけにはいかない」
「お前さんが出てったところで状況が変わるわけじゃないぞ」
「わかってます。でもここで隠れてたところで、竜捜索隊に捕まるだけです」
「木は森に隠せ──か。擬人化したままならあるいはここより安全かもしれん。その年齢なら予備役で戦場には出ないかもしれんしな。わかった、シルヴィオ」
本当にこれでいいのかしら……。シルヴィオ、ちゃんと戻ってくるよね?
ライラは心配が表情に出ていたのが、シルヴィオに伝わってしまった。
「きっと、大丈夫だよ。ライラ、心配しないで」
シルヴィオが、安心するように微笑んだ。
翌日、シルヴィオはライラの遠縁の弟ということで、軍に志願して行ってしまった。
心配だがシルヴィオ本人の意思だ、それを尊重しよう。
きっと予備役であの年齢なら戦場の第一線に出されることはないだろうという院長の読み通りになることを、ライラは願わずにはいられなかった。
国の一部が戦場になっているのだが、首都シウホは平和そのものだった。皇帝と軍の元には次々と戦況を知らせる報が届いているのだけれど、一般市民はごく普通の生活を送っていた。
ライラも獣医の仕事をしながら、獣医師の国際ライセンスを取るべく勉強にうちこむ日々が続いた。
そして、ライラはシルヴィオ宛に手紙をを書いた。
この手紙はいつ本人に届けられるのだろう。どうしてるかな。
ライラは一日たりともシルヴィオのことを忘れたことなどなかった。返事はなかったけれど、度々、ライラはシルヴィオに手紙を書いた。獣医師の国際ライセンスを取得したときも、手紙を書いた。末筆に、返事くらいよこせ〜と書き添えて。