08.炎の末裔
と言っても一般人が王族に気軽に面会できるはずもなく……ライラとシルヴィオは、ホウザン王国の首都エンガに宿をとって情報取集に勤しんだ。ライラは路銀を稼ぐためバイトを雇ってくれそうな動物病院を探し、シルヴィオは王族にあった人々に聞き込みを行った。
『王宮には嵐が来ても消えない火が灯されてるんだ。ほらあれだよ』
『王様は代々『炎の末裔』と呼ばれているのよ。あの不死鳥様のご子孫なんだから』
『王宮の中は入ったことないけど、不死鳥様の山の方向に祭壇があるとか』
ライラの方は、何とか働き口が見つかって明日から獣看護師として勤務することになった。
シルヴィオは素朴な疑問をライラに投げかけた。
「『子孫』ってどうやったら作れるの?」
「え!? そ、それは〜その、家族を作って代々その血を受け継いでいくっていう……」
ライラは答えになってない答えをした。変声期も終わりかけているのか、すでに男性の声になっているシルヴィオだが、純粋培養で育っている彼は、そっちのことはあまり知らないみたいだ。
そろそろ性教育したほうが、っていうか私だって男性についてはそんな免疫ないし……。どうしよう。シルヴィオにこういう話をするのでさえ、ドギマギしてる。
「家族ってどうやって作るの?」
「えーと、愛する人と結ばれて──子供ができるのね。それが家族。で、その子供が大人になってまた愛する人と結ばれて子供ができて……っていうのを代々繰り返すのことを『子々孫々』って言って、つまり『子孫』になるわけ」
ライラは自分でも何を言っているのかわからなくなって来た。
「不死鳥が言ってた。『血は薄まる』って」
「そうなの! もしも人間と精霊獣が結ばれた場合だけど、最初の子供は精霊獣の血が二分の一に、孫は四分の一に、ひ孫は八分の一にって感じでだんだん薄まっていくのよ。ここの王様は十四代目だからえーとえーと」
「何となくわかった」
ライラは頭の中でシルヴィオと不死鳥の会話予想を組み立てた。シルヴィオは不死鳥同様最後の一個体だということにしよう。動物界では最後の一個体ということは絶滅を意味するのだ。最後の一個体は孤独に死んでゆくか、似た仲間とともに余生を過ごすかだ。でも精霊獣は人間に化ける。ということは人間と子をなすことが可能だと不死鳥は言っていたのだろう。実際そうだとすれば、この国の国王は不死鳥の血を限りなく薄く引いている精霊獣の子孫ということになる。
ライラはそんなことが可能なのか、この国の王族にあってみたいと思うシルヴィオの気持ちが何となくわかりだした。もし人間と家族を形成することができるのならば、孤独に死んでゆくことはないのだ。『孤独』から解放されるのだから。孤独は絶望だ。絶望に一条の光がさしたことになる。
ここのところ、シルヴィオが不機嫌というか元気がなかったわけはそれだったのね。
「動物病院に来る飼い主さんに、それとなく王宮に出入りしている人がいるかリサーチしてみるね。もしいたらその人をツテに王宮に入れるかもしれないし」
「うん、ありがと、ライラ」
久々にシルヴィオの笑顔が見られて、ライラは気持ちが明るくなった。
ライラが勤めだしたその動物病院も、忙しい部類に入るだろう。忙しいから獣看護師を募集していたのだ。ここでは新人として扱われ始めたライラは受付とカルテの整理を任された。
シルヴィオはライラが帰ってくるまでに、洗濯と買い出しを終わらせなければならない。今回は今まででおそらく一番長く滞在するだろうということで、自炊もすることになっていた。洗濯を終わらせ室内に干すと、シルヴィオはライラから預けられたお金で市場に買い出しに出かけた。
お忍びで市場に侍女と出かけていた、シャルロッテ・シェーンフェルダーは、この辺では珍しい銀髪の少年を見て興味が湧いた。止める侍女をよそに尾行する。少年は食料を買い出ししていた。そう大量ではないので、家族は少人数だろうか。
次の角を曲がってしまったので、シャルロッテは慌てて追いかけた。
「なんか用?」
曲がった角の先で、銀髪の少年に見つかってしまった。
「他意はないのです。ただ銀色の髪が珍しくて……旅行中なのですか?」
少年が怪訝そうにシャルロッテを見つめる。
目の色も紫水晶のようで綺麗。
「用がないならもう行くよ」
「あ、待って」
シャルロッテは、とっさに着けていた自分のイアリングの片方を少年に渡した。というか押し付けた。
「私は、シャルロッテ・シェーンフェルダー。またお会いしましょう」
数人の侍女に連れ戻されて、シャルロッテは王宮への馬車に乗せられてしまった。そのまま王宮へと連れ戻される。
「シャルロッテ様、お忍びは危険だと何度申し上げれば良いのですか」
「あの少年は危険じゃなかったわ」
「わかったもんじゃありません」
「でもとても綺麗な髪と目をしていたわ」
「外見が綺麗でも、中身は違う人間が多うございますよ。お気をつけください」
「見張りを増やさなくてはなりませんね」
「もうしないわ、もう……」
シャルロッテは名残惜しそうに繁華街を見つめていた。
「で、うら若き少女を引っ掛けたわけね」
帰宅したライラは、シルヴィオが市場で押し付けられたという片方だけのイアリングを手に取りながらため息を着く。
「こんな高価なもの、もらえないでしょ? こういう時はどうするの?」
「……返しに行く」
「そうよ。返しに行きましょう」
「シャルロッテ・シェーンフェルダーって名乗ってたよ」
「シェーンフェルダー家のご令嬢ね。とにかく──え? シェーンフェルダー!?」
「? 何? どうしたの?」
「でかした! シルヴィオ!! このホウザン王国の王家は、シェーンフェルダー王朝よ! 君は王家のお姫様を引っ掛けたのよ!」
「……その『引っ掛けた』って言うの、やめて。僕、本当に何もしてないから」