07.不死鳥の山〈後編〉
ライラはアメーリの左腕付け根の怪我の具合を診て、抜糸をした。
「うん、なんとか大丈夫そう。でもまだ無理しちゃダメよ。でもここが貴女の居たい場所ならもう長く飛ぶ必要はないわよね」
「はい。ここが私の故郷なので」
「本当にありがとうございます。これから不死鳥様の山に行かれるのですか?」
アメーリの夫が聞いてきた。
「うん。不死鳥が実在するって言うのなら、ぜひ会って、この子の群れについて教えて欲しいし」
ライラはシルヴィオの方を見ながらアメーリとその夫に言う。
「不死鳥様にご存知ないことはないでしょう」
「この子の群れが何処か、ヒントなりもらえたら、その何処かに行ってこの子を群れに返してあげたいし」
「それがいいと思います」
「不死鳥様の山の麓までなら、ご案内いたしましょうか?」
「大丈夫よ、道順も教えてもらったしって言うか一本道だし」
「空気がだんだん薄くなってゆくので、休みながら少しずつ進まれてください」
「うん、ありがとう。そうする」
シルヴィオはなぜかあまり話さない。
無口な子だったかなぁ? こないだから機嫌悪いような……。
ライラはシルヴィオのほっぺたをつねった。
「何?」
「ちゃんとアドバイス聞いてた? 空気が薄くなるから、走っちゃダメだって」
「わかってるよ」
「ならいいけど」
ライラとシルヴィオは旅支度を整えると、アメーリエの家族と別れて一路不死鳥の山に向かった。
丈の高い木々が少なくなり、低樹木と野草の風景が広がる。
「シルヴィオ、なんかこの間から機嫌悪いみたいだけど、私、何かした?」
「別に」
「それじゃ、わかんないよ〜」
食い下がるライラに、シルヴィオは言葉を選んで答える。
「──ライラは、僕が群れに帰ったほうがいいの?」
「? お母さんやお父さんに会えるかもしれないんだよ? 嫌なの?」
「よくわからないよ。両親なんて知らないし」
「う〜ん。こればっかりは理屈じゃないからね、私もうまく説明できないけど」
「僕は、ライラがいればいい」
「それは嬉しいけど、きっと同族に会ったらそっちの方が居心地いいと思うよ」
「ふーん」
シルヴィオはアメーリの言葉を思い出していた。
『──所詮私たちは人間とは違うの』
同族に会ったら気持ちに変化があるのかどうか、シルヴィオにはわからなかった。
不死鳥の山は活火山だ。ある程度近づくことはできるが、有毒の硫黄の匂いが強くなってくると人間であるライラはそれ以上は行けない。そのことはあらかじめシルヴィオと言い合わせて居たことだった。
「シルヴィオ、ここから先は一人だけど大丈夫?」
「うん」
「ここで待ってるから。ちゃんと帰ってきてね」
「うん、わかってる」
シルヴィオはそこから一人火口近くに向かう。
硫黄の湯の溜まり場をいくつも抜け、火口に近づく。コポコポと沸騰する温泉を抜けてマグマ溜まりを見下ろす。
マグマ溜まりが唸った。それが声を、シルヴィオにしか聞こえない声を紡いだ。
『来ると思っていた。最後の竜よ』
「何を知ってるの?」
『昔の戦争の話をしよう。まだ人間が精霊獣とともに暮らして居た時代に大きな戦争があった』
「手短にね。長くなるとライラが硫黄中毒になる」
『いいだろう。私は炎の山で傍観していた。馬は人間とともにいることを選び、亀は海を支配し、獅子は陸を、竜は空を支配していた。だが人間に情を移した者たちは戦争に巻き込まれ同族同士相打ちその数を減らしていった。人間は命短いが繁殖力の高い生き物──やがて世界には人間が増え、寿命が長く繁殖率の低い精霊獣は絶滅へと追い込まれた。これは生物の変遷の理だ。抗う術はない』
「とどのつまり僕たちには絶滅しかないの?」
『自然の摂理だ、最後の竜よ』
「あなたも僕も最後の個体ってこと?」
『そうだ、純血個体はな』
「?」
『人間をうまく使うがいい。血は薄まるが』
「それであなたの末裔がこの国にいるってことなんだ」
『そうだ』
来た道を下り、ライラが待っている場所まで下りてきたシルヴィオは、口元を布で抑えて硫黄臭と戦っていたライラを抱きかかえてて麓まで駆け下りた。
ライラが興味津々に問うて来る。
「不死鳥って本当にいた? 噂では火の鳥の姿だとか」
「マグマが喋ってた」
「は? それだけ? あそこからは何も見えなかったけど、シルヴィオには火の鳥が姿を表したんじゃないの」
「だから、マグマと喋ってきたって」
「……そ、それで、お母さんやお父さんのこと聞いた?」
「いないってさ」
ライラはしびれを切らしたようにシルヴィオを小突いた。
「ちょっとちゃんと聞いてきたんでしょうね〜?」
「だから、開口一番に僕のこと『最後の竜』って呼んだんだ。もういいでしょ?」
「竜の群れもないの?」
「なんか昔話された。絶滅は自然の摂理だとかって……」
「──そんな……」
ライラは悲痛な思いでそれを聞いた。シルヴィオの話をそのまま信じるなら、彼はひとりぼっちということになる。ライラは思わずシルヴィオを抱きしめていた。
自分が生きている限り、この子を一人ぼっちにはしないとライラは強く思った。精霊獣は寿命が人間よりはるかに長いと聞く。自分はシルヴィオより先に年老いて、死んでゆくことになるけど、できるなら子々孫々シルヴィオを守って生きたいとまで思った。
あのマグマが不死鳥の喋る柩だとするなら、不死鳥の末裔に会ってみたいとシルヴィオは思った。『人間を使う』とはどういうことなのか。