06.不死鳥の山〈前編〉
国境の町までは森からすぐだった。アメーリのエキゾチックな服装もここでは目立たない。ホウザン王国の民族衣装をまとった人々が多く行き交っていたからだ。
これからホウザン王国に入るなら、民族服装の方が目立たないかも。
ライラは、アメーリからアドバイスをもらいながら、三人分の衣装をみつくろった。ついでにそれを入れる鞄も手に入った。
お店の女性がライラの服装を見て言う。
「ジャクシンからきたのかい? 竜が飛んできたの、見た?」
「え? 竜ですか? がちょうの群れなら見ましたけど」
ライラはしらばっくれた。
「あたしゃこの目で見たよ。竜なんて六十年ぶりだって婆ちゃんが感動してたよ。絶滅したって聞いてたけど生きてたんだね〜」
「そうなんですか? うわ〜見たかったな」
「この辺は自然豊かだし、何しろ不死鳥様のお膝元だから、不死鳥様のお力で蘇ったのかもしれないよ」
「……王様は不死鳥の末裔だと言うし。ほら、あの火山、見えるだろ? あそこに初代王がおわしますのさ」
「初代王が──生きてるんですか!?」
「生き神様だよ。歴代の王がお仕えしてる、拝めば長生きできるって話だよ」
とりあえず、ライラとシルヴィオは地元民に混じるため、ホウザン王国の民族衣装に着替える。目の細かい布は着心地が良く、帯でサイズ調整ができるこの民族衣装は合理的でライラは気に入った。
着替え終わったシルヴィオも幕から出てきた。頭に布を巻きつけ、身軽そうな感じがよく似合っている。ちょっと見惚れていると、アメーリがライラのヴェールをツンツンとつついた。
「首都エンガに行かれます?」
「あ、えーっと、アメーリの住む場所まで送って行くよ〜」
「ありがとうございます。東のあの火山の方面です」
「さっき服屋さんが言ってた、不死鳥がいるっていう火山?」
「はい」
「ね、不死鳥って実在しているの?」
「はい」
はっきりと肯定されると疑いの余地もなくなってしまう。『死なない鳥』ってことは、この世界の生き字引。
「シルヴィオ、不死鳥と話すことができたら、一族やお父さんやお母さんのこと、何かわかるかもしれないね」
「……うん──森獅子や僕みたいに、人間の中に紛れてたら、見つけようがないかも」
「少なくとも、お父さんやお母さんは探してるよ、きっと」
「じゃぁなんで僕を森獅子に託したの? きっともう生きてないんだよ」
「シルヴィオ……」
「僕は、ライラがいればいいよ」
「でも、やっぱり同族が見つけられたら、その方がいいよ」
「どうして?」
「どうしてって、そりゃ、種の保存とか絶滅回避するためには、繁殖とか考えると……」
「ふーん、『繁殖』ね」
シルヴィオ、なんか機嫌悪い? どうしたんだろう。
アメーリが先導してシルヴィオが続き、少し離れてライラがしんがりを務めた。荷物はシルヴィオが持ってくれている。
アメーリが気遣わしげにシルヴィオとライラを交互に見て、シルヴィオに小声で言う。
「ライラの言うこと、もっともだと思うのだけど。同族が見つかるかもしれないのに期待しないの?」
「僕にはライラがいればいい」
「でも、ライラは人間よ。ライラだって今はいいけど、そのうち人間の男性を見つけて行ってしまうわ。そしたら貴方はひとりぼっちになってしまうのよ?」
「ライラはそんなことしない」
「信用できるのはわかるけど、でも未来の保証はないわ」
「貴女はどうしてそんなに同族がいいの?」
「え……、それは……」
今度はアメーリが答えに窮してしまった。人間の姿は仮の姿でしかない。本来鳥である自分は同族以外選択肢はないはずだ。
「ライラのこと、好きなのね?」
「うん」
「でも、悪いことは言わないわ。所詮私たちは人間とは違うの」
険しい山道を登る。二人を見失わないよう、ライラは道無き道を登る。鸞の住む場所についた。と言っても人間の集落ではない。ただの山の中だ。
アメーリは本来の鸞の姿に戻ると、美しい声で鳴いた。すると数羽の鸞が藪から姿を見せた。ひとしきり鳴きあってお互いを確認し合う。
ライラとシルヴィオは樹海の洞窟に案内された。今日はここで一泊してゆけと言うことだろうか。
一人の若者が、アメーリエを連れて現れた。アメーリのつがいの相手らしい。
「アメーリを助け出してくださって、なんとお礼を言っていいか──」
若者は頭を地に伏せて、二人に深々とお礼を言った。
次々と大きな葉の上に載せられた木の実や魚やお酒が運ばれてくる。ライラが人間ということもあり、鸞の家族たちも皆人間姿で人語を話した。
「ささやかですが宴を催しますので、休んでいってください」
精霊獣が人間の姿に変身して人語を話すのには慣れたライラは、彼らが相手を思い心配する感情まで人間と同じなのを改めて感じ取った。アメーリのつがいの青年に向かって、ライラは言う。
「今回は、その、災難でしたね」
「はい、突然山の中に人間がわらわらと入ってきて、アメーリを矢で射って連れていってしまって……もう会えないかと絶望に打ちひしがれておりました。でもアメーリは私の妻です。諦められず人間に化けてジャクシン王国まで行きましたが、手がかりが掴めず、自害も考えたところでした。助けていただいたお二方には本当に感謝いたします」
アメーリの夫が改めてお礼を言う。
「よかったね、アメーリ」
アメーリは心から嬉しそうにうなずいた。