05.毒
その時、森の茂みからガサガサと音がした。ライラは蒼白になる。
もう追っ手が? ううん、早すぎる。じゃぁ森にいる猛獣とか? 今は逃げられない!
するとライラを安心せるような声が、頭の中でした。
『安心してください、私です』
茂みの陰から、ヘイジュ王国第二の都市で出会った鵞鳥が、小さな実のついた枝をくわえて現れた。湖にいるがちょうの群れが『彼』が紛れている群れだと初めて知った。
「鵞鳥!」
『この実をすりつぶして、飲ませてあげてください。この辺の狩猟者は麻痺毒を使います。仲間も数羽やられましたが、この実を食べて元どおりになりました』
「やってみる。ありがとう鵞鳥!」
ライラはその小さな実のついた枝を受け取った。
砕いてすり潰す道具……すり鉢も乳鉢もこの場にはない。ライラは石を代用品に選んだ。
大きな石に小さな実を置き、手に持った石ですり潰す、。すり潰すと小さな塊から荒い粉末状になる。
アメーリがお手伝いを申し出た。ライラはありがたくその申し出を受ける。
「じゃぁ、あの湖から少し水を持ってきてもらえるかしら」
「わかりました」
するとアメーリは一枚の大きな葉をを取って器用に折り、椀型にすると湖へと走った。
湖では野生のがちょうの群れが羽根を整えたり水を飲んだりして泳いでいた。この湖の水は飲める証拠だ。
すりつぶした木の実の粉末を水に混ぜて飲みやすくする。
「あのがちょうは信用できるのですか?」
「私は信用しているわ。だって私たちに嘘をつくメリットが『彼』にはないし」
ライラはシルヴィオを抱き起こし、薬入りの水を飲ませようとするが、彼は飲もうとしない。
ライラは薬を味見した。少し苦い。
う〜ん、この味は飲みたがらないかも。でも飲ませて解毒しなきゃ。
しかしこの場にはスポイトもない。
「シルヴィオ、ちょっとごめんね」
ライラはそう言うと、薬入りの水を自らの口に含んで、シルヴィオに口移しで与えた。何度かそれを繰り返す。その甲斐あってか、シルヴィオは薬を吐き出さずに飲み込んだ。
「よぅし、いい子ね、シルヴィオ。きっとしばらくしたら麻痺が取れるよ」
ライラはシルヴィオの頭を自分の膝に乗せて横にならせた。
鵞鳥も心配そうに覗いていた。
『先ほどの竜が、この方の本来の姿だったのですね』
「うん、私も初めて知った。シルヴィオも初めて変身したみたいで。槍の先に毒が塗ってあったみたい」
『槍ですか?』
アメーリも鵞鳥の言葉を理解して、その槍の切っ先を持ってきて鵞鳥に見せた。
『この方はまだ若いので、毒が作用してしまったのでしょう。思うによく使われる矢毒蛙の毒ならば、この槍に塗ってあった分を鑑みても、致死量には至らないかと思われます』
「そう、だよね?」
ライラは涙ぐみながらシルヴィオの美しい銀髪を撫でた。
しばらくするとシルヴィオの顔色が良くなってきた。
「鵞鳥、本当にありがとう。アメーリも」
『お気になさらず。困った時はお互い様です。また会う時はお元気な姿で』
「鵞鳥、また行っちゃうの?」
『私は渡り鳥ですから』
そう言って鵞鳥は颯爽と群れに戻って行った。
野生のがちょうの群れが飛び立って間も無く、シルヴィオは目覚めた。
「……ライラ?」
「シルヴィオ!? 具合はどう?」
シルヴィオは、ライラの膝枕から起き上がった。
「あの槍に毒が塗られていたの。でもさっき鵞鳥が解毒の実を持ってきてくれて」
「鵞鳥は?」
「行っちゃった。渡りをするためにね」
シルヴィオはシュンとした。そしてアメーリの存在に気付きそして言った。
「逃げられたんだね」
「はい、おかげさまで──」
「僕は、貴女に何もできなかった。貴女が『助けて』ってずっと鳴いてたのに」
「でも国王が、竜化した貴方に気を取られていたので、私はそのどさくさに紛れて逃げられました。貴方にも感謝しています。私はホウザンに帰りますが──」
「そのことなんだけど」
ライラはシルヴィオとアメーリの会話に割って入った。
「やっぱり山脈を超えて飛んで行くのは、いまのあなたには無理よ。そこで提案。ホウザンまで、あなたは人間姿のままで私たちと一緒に行かない? ほんとはシルヴィオが竜化して乗せてもらったほうが早いのかもしれないけど、ほら、この子まだ病み上がりだし、それに竜化に慣れてないし」
「……お邪魔でなければ」
「シルヴィオ、アメーリもホウザンまで同行していいよね?」
「うん」
「この子、今はこんなだけど人間姿でもそれなりに腕が立つのよ」
「じゃぁ、ご厚意に甘えます」
「決まり!」
ジャクシン王国の首都ラダンの宿に置いてきた着替えなどは諦めよう。今更戻るわけにはいかない。幸い背負ってきたバッグの中に路銀の残りはある。ホウザンコク王国までいくつも街があるから、そこで着替えなどは調達しよう。できれば、路銀も稼ぎたいな。
うん、きっとなんとかなる。
そしてホウザン王国を目指す旅が始まった。