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02.訳ありの急患

 院内に少年が入った檻が院内に運び入れられる。

 ライラは注意深く少年を観察した。

 銀髪はこの辺では珍しい。あちこちに擦り傷があり薄汚れているが、目鼻立ちの整った顔をしている。歳の頃は10歳前後だろうか。痩せて肋骨が浮いてみえる。栄養状態はあまりよくないようだ。

 院長も檻越しに少年を観察していた。

「我々は任務でとある国に行っていた。任務については詳しくは言えないが、その国でこの少年を見つけた。動物と寝食を共にしていたようだ」

 マデリーネ第2師団長が事務的に言うのとは正反対に、オズボーン院長は声を荒げた。

「それなら、人間用の病院に連れてってだな、学者を呼んでこの少年が社会復帰できるようにしてやるべきだろう」

「捕獲時、この少年は……精霊獣とともにいた」

「!  精霊獣だと? そんなバカな!」

 院長もライラも耳を疑った。だがマデリーネ第二師団長がこんな冗談をこの場で言うメリットがない。

「目撃した兵士が何人もいる。あれば森獅子(バロン)だったと」

「あんたたちゃ、森獅子(バロン)を見たことがあんのかい?」

 オズボーン院長が目を細めて懐疑的にマデリーネ第2師団長に尋ねた。

森獅子(バロン)だったかどうか、この少年が知っている。オズボーン院長、森獅子(バロン)を見たことは?」

 しばらく間を置いてから、オズボーン院長は静かに答えた。

「……一度だけある。だがな、この少年は見りゃあわかるだろ、人間だ」

 マデリーネ第2師団長は、無表情のまま続けた。

「確証はない。精霊獣は擬人化できる霊力があると……あなたの論文を読みました」

 ライラは頭の中でパニクっていた。

 絶滅したはずの精霊獣を、院長が目撃している!?

 それだけでなく、論文? 精霊獣が擬人化?

 この少年が精霊獣の擬人化した姿だと、この女団長は言っているの?

「あなたは名医であり、精霊獣研究の第一人者でありますね?」

「ま、名医なのは否定はしないが、精霊獣の方は……昔の話だ。もういないものを研究しようがない」

 オズボーン院長は満更でもない様子だったが、その後どことなく寂しげに呟いた。

「この少年を保護したのは、ジャングルの奥地でした。あの場所はもしかしたら仙境(せんきょう)かもしれないと我々は考えています」

仙境(せんきょう)は、『どこにもない場所』という意味だ。とにかくウチには動物用の薬しかない!」

「他の誰でもなく、あなたに診ていただきたいのだアレクサンデル・オズボーン! これは皇帝の命令である!」

 今まで無表情で冷静に語っていたマデリーネ第2師団長は、絶対に譲らない姿勢で声のトーンを上げた。

 オズボーン院長は、疲れたようなため息をついて軍服一団を追い払い、少年が入っている檻ごと預かることにした。

「──わかった。とにかく帰ってくれ!」




「あの……院長? この子、預かってよかったんですか?」

「まぁ、とりあえずウチにある人間用の救急箱で応急処置して──やっぱちゃんと人間の病院に、だな」

 騒がしい一団が帰ってから、院長が眠らされている少年を檻の外に出し、手当と言っても傷口を洗浄して消毒し絆創膏を貼るだけだったが、ライラが擦り傷の手当をした。その間に院長は栄養剤入りの点滴の準備をしていた。

「ちょっと抑えててくれや」

「はい!」

 点滴針を刺した瞬間、少年の瞼が震え目が開いた。

「お!」

「あ」

 次の瞬間、少年は大音量で叫んだ。呼吸が荒くなる。大きく目を見開き、興奮状態になる。

「抑えて!!」

「はいっっ!」

 二人掛かりで抑えにかかる。痩せ細った少年のどこにそんな力があるのかと思うほどの力で抵抗され振りほどかれる。少年は部屋から出ようと出口を探して壁や窓に体当たりする。だが、頑丈な作りになっている上、施錠されている建物からの脱出は叶わなかった。

「大丈夫だ。 チッチッチッ」

 院長が再び抑えにかかり、動物をあやすように優しい声でいう。ライラもすぐに体制を立て直して院長に加勢する。大型犬を抑えるコツを思い出し、そして優しく語りかける。

「大丈夫だよ。怖がらないで大丈夫だよ〜」


 どのくらいの時間、暴れる少年と格闘しただろう。

「よぅし、いい子だ」

「ここは大丈夫だよ。安心していいんだよ〜」

 少年が見開いた目をキョロキョロさせる。紫水晶のような美しい瞳の焦点がだんだん合ってきて、荒い呼吸を整えようとして深呼吸を一つすると、あんたたちは何者だと問うような表情をする。

 目は口ほどに物を言うとはこのことだ。

 言葉はわからないかもしれないと、ライラは少年に笑顔を見せて敵意がないことを伝える。

 少年はだいぶ落ち着きを取り戻りていた。


 動物に育てられた人間の前例はある。保護された時はみんな人語は話せない。しかし、育てた動物のように歩き、育てた動物のコミュニケーション方法を取ることはできる。

 そこでライラの頭の中に疑問符が浮かんだ。

 精霊獣に育てられたと言っていなかったっけ?

 ライラは精霊獣を目撃したこともなければそう詳しくもない。獣医師試験には出てこなかった。

 院長は確か森獅子(バロン)に会ったと言っていなかったっけ?

 そもそも森獅子(バロン)ってどんな動物? 私知らない……。どう接すればいいんだろ。

 気づくと院長は赤ちゃんがハイハイするような四つ足立ちをしていた。そうすることで、少年と目線が合う。そして話しかけている。

「言葉、わかるか?」

「こ、とば、わ、か、る。すこし」

 その光景が、まるで幼児に言葉を教えている親のようだとライラは感じた。

 ん? 少年が人語を話してる!?

「名前、わかるか?」

「名前、ない」

「おい、ライラ。いい名前ないか?」

 院長がライラにこの少年の名前をつけるように言ってきた。少年が首を傾げて視線を移し、その紫の瞳で問いかける。

「ライラ?」

 ライラも四つん這いになって自分を示して言った。

「ライラ!」

 そして少年を指して、銀髪にちなんだ名を名付けた。

「えーと、『シルヴィオ』はどうですかね?」

「名前、シルヴィオ」

 院長も少年を指して言った。何度も繰り返していうと、それだけで少年は自分に名前がついたことを理解した。

「シルヴィオ、なまえ」


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