04.目覚める力
あぁ私はここで地面に叩きつけられて死ぬんだ。短い一生だったな。
ライラの頭の中で、短い一生が走馬灯のように思い出される。
シルヴィオは、強く願った。
ライラを助けたい! 飛べたらいいのに! 飛べたらライラを乗せて飛んで行ける!
するとシルヴィオの体が銀色の光に包まれ、大きな翼が生えた。
『ライラ!』
シルヴィオは、巨大な銀竜になり落下するライラを背中に受け止め、空高く上がる。
「え? あれ? 私……」
『捕まってて!』
「シルヴィオ? シルヴィオなの!?」
凄まじい風が起こり、窓際にいたシャンタール三世は吹っ飛ばされる。
「なんと! 水晶竜か! これは……欲しい……!」
そう呟くと大声で衛兵を呼ぶ。
シャンタール三世の命令で、たくさんの矢が射かけられるも硬い水晶の鱗に弾き返される。シャンタール三世は、衛兵が持っていた槍を奪い取り、自ら竜にめがけて渾身の力で槍を投げた。
槍の切っ先がちょうど鱗の継ぎ目に刺さるが、銀色の竜はそのまま首都ラダンを飛び去っていった。
晩餐会に集まっていた人々も、見慣れぬ飛翔体が空を横切るのを驚愕の眼差して見ていた。
「なんだ? あれは!?」
「竜? 絶滅したんじゃなかったの?」
「綺麗!」
「捕獲しようとしているのか?」
「あ、いっちゃった」
上空を猛スピードで飛ぶ水晶竜の背に捕まって、九死に一生を得たライラは混乱の極みにいた。
竜はジャングルを超えて、少し開けた湖のある草原に着地する。
ライラは竜から降り、見上げる。そこには銀色の鱗に覆われた、美しい竜がいる。紫色の目がライラを心配げに見ていた。
『大丈夫?』
「シルヴィオ、なのね? これが本来の姿なのね? あ、わき腹に槍が刺さってるわ」
『このくらい、大したことないよ』
シルヴィオはそう言うと、人間姿に戻った。
巨大な竜の姿なら槍が刺さっていても大丈夫そうな気がしたが、人間姿に槍はまずい。
でも傷は浅いようで、シルヴィオは自分でその槍を抜いた。
「ちょっと診せて」
「大したことないって。そんなに痛くないし」
確かにちょっと切り傷ができているだけで、出血もほとんどなかった。湖の水で傷口を洗浄して、ポケットに入っていた絆創膏をシルヴィオのわき腹に貼った。
ライラはシルヴィオに聞きたいことがたくさんあったが、何から聞けばいいのかわからず黙っていた。
「ライラが無事でよかった」
「う、うん。助けてくれて、その、ありがとう。いつから変身できるようになってたの?」
「さっきが初めて。ライラが、死んじゃうって焦った。そうしたら、体の中が熱くなって体が大きくなった。でも逃げるだけしかできなかった」
「でも守ってくれたでしょ? 逃げるが勝ちっていう戦法もあるんだよ?」
「……ライラを落としたやつ、許せない」
ライラは、憤りに打ち震えるシルヴィオの肩をポンポンと叩いて抱きしめた。
「おかげで助かったから、もういいよ。ありがとう」
シルヴィオ、身長また伸びたかも。
その時、湖に野鳥の鳥の群れが飛来した。野生のがちょうだ。
そういえばあの鸞は無事に逃げたかしら?
ライラがそう思った時、なんとなく視線を感じて木立の方を見る。
するとそこには、青緑の長い髪をした青い衣の女性がこちらを覗いていた。
女性がおずおずと話しかけてきた。
「その子、さっきの竜……よね。あなたが……飼い主?」
「飼い主ではないです。旅の相棒で、弟みたいな存在だけど、あなたは?」
「先ほど助けていただいた者です」
「先ほど──ってことは、あなたが国王に囚われていた鸞?」
「はい。私、アメーリと言います。なんとお礼を言っていいか……」
「それはいいの、怪我の方は大丈夫?」
「足はそんなに痛まないけど、まだ左腕の付け根がちょっと……」
「診せて。あ、シルヴィオ、ちょっとあっち向いてて」
アメーリが、服を脱いで傷口をライラに見せた。傷口は縫合されているが、まだ動かすのには痛みが伴うだろうとライラは思った。
「ホウザンに帰ろうと思います」
「え? あの山脈を越えて行こうっていうの?」
ライラは驚いて、アメーリに確認する。背後に広がる高い山々が連なる場所を指差した。
「上昇気流に乗れば、なんとか……」
「無茶言わないで。この怪我の状態じゃまだムリよ。まぁこの国から早く出たい気持ちもわかるけど──」
いいかけたライラの背後で、シルヴィオが、パタリと倒れる音がした。
「? シルヴィオ? どうしたの?」
「ライラ……なんか力が入らない。……体が痺れる……」
変身した影響かしら? さっきはなんともなかったのに、あぁでも少し顔色悪くなったかも。
アメーリも近づいてきて、シルヴィオを覗き込んだ。そして気になることを呟いた。
「……毒?」
「え、そういえばさっき、槍でかすり傷を追ったけど、なんともないって……」
「槍先に毒が塗ってあったのかも」
もしそうなら、早く解毒を──って薬も何もない状況で、ライラはどうすればいいのか頭を巡らせた。解毒の作用を持つ薬草の知識は自分にはない。今まで処方箋を書いてそれで済んでいた。この国に不案内なアメーリもこの辺の薬草に詳しいとは思えない。
ライラは目の前が暗くなる気がした。
こんな形でシルヴィオを失いたくない。どうしよう。泣きたいけど泣いてもなんの解決にもならない。どうしよう。