01.青い鳥を追って
絶滅危惧種の精霊獣たちは生き残るために、生き方を選択したんだ。
一角獣は保護区で、信用できない者を排除する生き方を選んでいる。鷲鳥は近い種類のがちょうに紛れて生き、獬豸や森獅子は、人間になりすまし人間に紛れることで命を繋いでいる。
シルヴィオは? 今は人間の姿だけど、本来の自分を取り戻した時、どこかに行ってしまうの?
ライラの心の中に、寂しいような悲しいような感情が湧き上がった。
シルヴィオは自分自身のことを知りたがっている。知るべきなのだ。
私はその手助けをする。シルヴィオが帰れる群れを探してあげなきゃなんだ。
ずっとこのまま旅が続くような気がしてた。でも終わる日はくるんだ。シルヴィオとはお別れする日が……。
ライラは気づくと大粒の涙を流していた。
シルヴィオはジャングルを怖がってまた泣き始めたと思ったのか、ライラの手をとって安心するようににぎにぎした。
「大丈夫。そばに、いるから」
「……うん」
ライラはシルヴィオの手のあたたかさを感じながら、何度も頷いた。
シルヴィオが本来の自分に目覚めるまで、お別れするまで、一緒にたくさん楽しい思い出を作ろう。
ふふ、なんだかパピーウォーカー(盲導犬候補の子犬を預かるボランティア)みたい。
ライラも、シルヴィオの手を握り返した。
いろんなところ行って、楽しい思い出をたくさん作ろうね。
「ライラ?」
「シルヴィオが『卵から孵った』んなら……う〜ん何だろ? 『托卵』をするのは郭公だったかな……鳥系の精霊獣に会えると何かわかるかもしれないね」
「鳥系? 空を飛べたら、いいな」
シルヴィオが空を見上げた時、ちょうど一羽の青い鳥が空を横切るように飛んでゆく。
ライラもつられて空を見上げた。
「あ、あの鳥、精霊獣の鸞じゃない?」
「鸞?」
「うん、確か、準絶滅危惧種! シルヴィオといるとなんか精霊獣に会える確率大ね。最初は期待してなかったけど」
「? あの鳥、あっちの方に飛んでったけど」
「ジャクシン王国に住処があるのかも。行ってみよ?」
そんなこんなで小型船から中型船に乗り継いで、数日後にはジャクシン王国に着いた。そこから首都ラダンまで小舟で濁った河を半日も遡上することになった。
その日はお祭りか何かで、街はあふれんばかりの花で飾られていた。
ライラは街ゆく人に尋ねる。
「何のお祭りですか?」
「王太子様の即位式だよ、何? 知らない? どこから来たの」
「私たち、鸞を追って来たんです」
「鸞だって? 平安な治世を象徴する鳥じゃないか!」
「見間違えでなければ……ですが」
「野鳥研究会があるから、そっちに行ってみな」
「ありがとうございます」
「ふぅー、ちょっと一息〜」
宿のベッドで、ライラは大きく伸びをする。
「シルヴィオも疲れたでしょ? ちょっと休も」
シルヴィオは、宿の掲示板を見ていた。
「野鳥研究会の理事、王太子なんだね」
「じゃぁあの鳥が鸞だったら、本当にめでたいね〜」
「王太子、知ってるの?」
「知らないよ〜。野鳥研究会には明日行ってみようか」
「街の女の子たち騒いでたよ」
「何それ、全然気づかなかった」
「王太子、結構かっこいいね」
「どれどれ。ふーん、この国ではこういう顔がモテるのね」
甘いマスクの王太子は、ライラの好みではなかった。
私のタイプはもっと凛としてて可愛さも持ち合わせてる感じなのよね。
「それはそうと! 食事、何食べよっか〜」
「ライラって、花より団子なんだね」
シルヴィオの小さなつぶやきは幸か不幸かライラには聞こえなかった。
翌日、ライラは野鳥研究会を訪れていた。
シルヴィオは調べたいことがあるので図書館に行くと言って、朝食後に別行動になった。
なんだろ? 調べたいことって──。
気にはなったが、難しい年頃になってきたのかあまりベッタリというのもまずいかと思い、お互い別行動の運びとなった。
ライラは目を皿のようにして記録をみるが、やはりあの青い鳥が鸞である可能性が高いと記してはあるが、生態に関しては不明とのことだった。
『平安な治世を象徴する鳥』なんでしょ? もっとこう……情報ないの?
ボランティアの人たちは、鸞は目撃していないらしく、反応が薄い。
そこへ弱ったインコが一羽運び込まれて来た。意識はあるようだが、焦点が定まっていない。ハアハアと口を開けて大きく呼吸をしている。
ちょうど祝日の振替休日で動物病院が休診しているので、飼い主がこちらに連れて来たという。症状をよくみるが外傷はない。ここは熱帯地域だ。考えられるのは熱中症か?
するとボランティアの一人が、経口補給水を持っているとバッグから出したので、ライラもほっとしたのもつかの間、それをそのまま与えようとするので、ライラはストップをかけた。
「人間用の経口補給水なら、薄めて与えなきゃダメよ。スポイトはある? 霧吹きと冷水もあったらいいんだけど」
「あの、あなたは?」
「えっと、リンショウ王国の獣医なんだけど、国際ライセンスはまだ持っていません」
「あ、獣医さんでしたか」
ライラは経口補給水を適量に薄めるとそれをスポイトに移した。そしてインコを優しくだき、嘴に1滴、しばらくしてからまた1滴とゆっくり与えた。インコはそれを自力でなめとる。
「霧吹きに水入れて来ました!」
ボランティアの一人が霧吹きを準備してくれた。それでインコに水をかけ、風通しの良い場所に移した。
幸い重症ではなかったので、この応急処置でインコは元気になって飼い主と一緒に帰って行った。
ボランティアの人たちから尊敬の眼差しを受け、ライラは照れ臭いような恥ずかしいような気持ちになった。
「軽症でよかったです。重症だったらこの場では私でもどうすることもできませんでした。みなさんもご協力ありがとうございます」
すると入口から拍手が聞こえてきた。
「すごいね、君。リンショウ王国からですか。ようこそジャクシン王国へ」
そこには昨日即位したばかりの新国王がいた。
今までインコの応急処置に追われていたボランティアの人たちもざわつく。
ライラは国際ライセンスを持っていない手前、ちょっと気まずかったが、新国王に咎める雰囲気は全くなかった。
「──ご即位おめでとうございます」
「ありがとう。私も鳥を飼い始めてね。健康診断もしてもらいたいな。王宮にはまだ獣医師がいなくてね」
「私は旅をしている関係で、できれば健康診断などはかかりつけの獣医師を、決められた方が良いと思われます」
「そっか、振られちゃったな」
「申し訳ございません」
そう言って新国王は乗ってきた馬車で野鳥研究会を去って行った。
あの人、ここに一体何をしにきたのかしら?