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精霊獣を抱く世界で獣医さんをしています  作者: 神守 咲祈
第1章

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15/70

15.そういう生き方


 深夜、なんとなく目が覚めたライラは、またシルヴィオが隣のベッドにいないことに気づく。小さい声でシルヴィオの名を呼んで、廊下に出ると突き当りの窓にしゃがんでいた。

「シルヴィオ、どうしたの?」

「しーっ」

 シルヴィオは人差し指を唇に当てて、静かにするようにライラに示した。ライラもつられてしゃがむ。庭ではこの民宿を営む老夫婦が、猿を相手に何か会話をしていた。

 あ、あの猿、昼間ジャングルの樹上にいた種類だ!

 ライラは耳をすますが老夫婦と猿がしばらく見つめあっていた。シルヴィオが小さな声でライラに解説する。

「僕たち、警戒されてる。森獅子(バロン)の長に言っておくよう猿に伝言を頼んでる」

「え、じゃぁこの老夫婦って何者?」

「迂闊だった。この老夫婦は精霊獣の獬豸(カイチ)だよ」

獬豸カイチ?」

「狛犬の起源、の精霊獣。一対のペアで、門を守る──ここは、森獅子(バロン)の縄張りの端」

 ライラは改めて老夫婦を覗き見た。シルヴィオの言葉を信じるなら、獬豸(カイチ)が擬人化していることになる。信じざるを得ない。原始的な猿と見つめあって意思の疎通をはかっているのだ。

 精霊獣というのは──こうまで完璧に人間に化けられるものなのだ。常識というものがライラの中で大きく揺らぐ。

 敏感なシルヴィオでさえ騙された。

「戻ろう」

 半ば放心状態だったライラだったが、シルヴィオの声で我に帰り、宿泊している部屋に戻って来た。

「あの猿が伝言を森獅子(バロン)に伝えに行く前に、行かなきゃじゃない?」

「でも、ライラ、ジャングル、嫌でしょ?」

「シルヴィオと一緒なら大丈夫」

「わかった」

 二人は宿をそーっと抜け出し、夜のジャングルに足を踏み入れた。

 シルヴィオがしっかり手を握っていてくれる。

 安心感がライラの心を支配していた。

 昼間見た獣道を途中までだどり、途中から脇道に逸れて草を分けながら進むと、拓けた洞窟があった。

「多分、森獅子(バロン)の水場、ここ」

「待ち伏せするの?」

「しない。今朝は多分ここに、現れない。と思う」

 ちょうど朝日が昇って来て洞窟内を照らした。洞窟はそう大きくはなかったが、中心部に碧々(あおあお)とした澄んだ水をたたえている。二人は壁際を進んで、洞窟をくぐり抜ける。

 まるで地理感覚を取り戻したかのように、シルヴィオの歩みに迷いはない。

 だいぶジャングルの奥地に入って来た。

 すると物陰から大きな白い毛の四つ脚動物が姿を見せた。牛より大きい。

 口が大きく鋭い牙、赤い顔に大きな黒い目──ライラはこんな獣見たことなかった。

 森獅子(バロン)が厳かに話し始めた。

『話を聞いて、お前だと思った』

「──父さん」

『何をしに来たのだ? 隣の人間は何だ?』

「獣医さん。大丈夫、猟師じゃない。」

『猟師なら八つ裂きにしているところだ』

 シルヴィオがひざまずいて、両手を広げゆっくりと森獅子(バロン)に近づく。森獅子(バロン)もゆっくりと近づいてゆく。

 その様子をライラはハラハラしながら見ていた。

 森獅子(バロン)にシルヴィオが抱きついた。森獅子(バロン)もその抱擁を受け入れる。


「会いたかった、父さん」

『生きていてよかった』

「父さんも、人間に、変身するの?」

『そうせねば、生き残れぬのだよ。人間に紛れ込む術はお前も体得しているようだな』

「? 僕は何者なの? 人間じゃ、ないの?」

『答えはお前の中に眠っている。そのまま人間として生きる道もあるがな』

「……僕はどこから来たの?」

『それは知らない。托卵(たくらん)されたのでな』

「托卵……」

 森獅子(バロン)はライラにも理解できるよう、言葉を解放していた。

 森獅子(バロン)は生き残るために人間に化ける。

 シルヴィオは本当は人間じゃなく、卵から生まれた何かで──彼も人間に化けてる。

 森獅子バロンはその卵を託されてシルヴィオを育てたということ?

 ライラはぽかんとしてしまった。その内容があまりにも非現実的すぎてライラの思考が麻痺していた。動物の気持ちがわかる人間なら、この広い世界にわずかだが存在すると聞いたことがある。シルヴィオはどう見ても人間だ。しかし民宿の老夫婦も精霊獣の化けた姿だった。ライラはもとより、シルヴィオをも出し抜いていた。

『仕事があるので、もう行く』

「仕事?」

『過日、人間姿の時、お前にも、そこの娘にも会っている』

 そこでライラがやっと口を挟む。

「あ、木登り名人!?」

 森獅子(バロン)は自嘲気味に笑った。

『人間の中に紛れるには、人間になりきるのが一番手っ取り早い。このことは秘密だぞ。お前ももう巣立ったのだ、もうここへ帰って来てはいけない』



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