9.反省会
視点戻ります
――――あれは五年前のことだ。
彼は人間にもかかわらず突然魔王城にやってきた。
魔王が人間である彼の滞在を認めたとはいえ、当時は前代未聞のことで城は荒れに荒れた。
しかし、彼の生み出す武器は魔族に大きな力を与え、魔王軍の戦力を大幅に引き上げた。
次第に、彼の実力は認められることとなり批判の声は消えていき―――
瞬く間に、彼は魔王軍『第三位』の地位を与えられた。
☆
「いやー、まいったね……」
雷で消えていくシルバーオーガを見ながら、心の中で出したつもりの言葉がつい口から漏れる。ここはシルバーオーガが暴れていた森の隣の山の山頂で、僕とルカはシルバーオーガと人間の戦闘を観察していた最中だった。
シルバーオーガは人間達に倒されてもいいくらいに思ってはいたが、戦闘の様子からは無傷のようだったしあのまま戦場から撤退させ回収する予定だったのだが……。
不測の事態が起こったため、急いで処分せざるをえない状況になってしまった。しかも、慌てていたからか僕のとっておきの兵器を使ってしまった。
「この白雷砲、一発しか撃てないのに……。シルバーオーガも回収できなかったし、最悪だ……」
僕の手元には使ったばかりの、白雷砲が発射した時に出た白い煙を今も出しながら転がっていた。
白雷砲――――その名の通り、雷を出す大砲だ。魔力を一種の雷魔法として変換するビーム砲で、大砲に込めた魔力をすべて攻撃へと使う。サイズは僕でも使えるようにしたためそこまで大きくはないが、込められる魔力は見かけに反して膨大だ。それゆえ、連射はできず一回だけしか撃てない代物である。
魔王城では、他の魔族から新しい武器の実験とか適当に言って、勝手に魔力を吸収させてもらっていたが今はそれもできない。つまり、白雷砲は魔力のチャージが困難でもう使えないということになる。
まさに泣きっ面に蜂。いくら慌てていたとはいえ、マジックバッグから取り出す武器を間違えるなんて素人だ。自分を呪いたい気分になる。
僕が残念がっているのをよそに、ルカは少しずれた事を言った。
「鮮やかでしたね。流石、……魔王軍序列“第三位“」
なぜか誇らしげなルカだが、ちょっと違う。いや、ちょっとというかだいぶ違う。僕は、落ち込んでいるが褒めてほしいわけではない。しかも、それは全く褒め言葉じゃないのだ。
「何回も言ってるけど三位とか勝手に魔王がつけただけで魔王城の中じゃ僕一番弱かったんだからね……」
そもそもあの序列は強さの順番じゃない。どれだけ軍の戦力に寄与しているかなのだ。
魔族に武器を配布したり、魔物を洗脳し軍に加えさせていた僕の性質上、自然と順位が上がってしまうのは仕方ないことで。
普通、順位つけるんだったら個人の戦闘力じゃない? 僕全く戦えないよ? と、魔王には言ったが撤回されることはなく……。
ルカにもずっとそう言ってるのに、三位三位言ってくるからたまったもんじゃない。
というか、三位とかどうでもいいんだよ。白雷砲だよ。
あれ、一個しか作ってなかったのに。誰か魔力入れてくれないかな。
「はあ……シルバーオーガなんかの処分に白雷砲を使うなんて」
何度目か分からないため息が出てしまう。ルカが、チャージできたら話は早いんだけど……。ひたすらため息をつく僕に対して、ルカは話題を変えてきた。
「ところでなぜシルバーオーガを始末したんですか? 確かに様子はおかしいようでしたが」
「予想外のことが起こったんだよ。ほら、最後に男が一人来ただろ?」
「ライズさんがお金を渡していた人物ですか」
「そうそう。ノルド・ウェグナー、って言ってたな。全く、あいつのせいで予定狂っちゃったよ」
シルバーオーガも回収できないし、白雷砲も使わされるし。本当はあのまま、蒼碧の星群の女を置いて逃走させるつもりだったのに。あいつらの目の前で、殺してしまうなんて不自然もいいところだ。いや、まあ計画自体不自然といえばそうなんだけど……。
僕がそんなことを思っていると、ルカもノルドには疑念を持っていたようで尋ねてきた。
「彼がシルバーオーガに何かしたということですか? しかし、私には『彼が』というより『シルバーオーガ』自身が攻撃を放棄したようには見えました」
「ルカの推測で合ってるよ。シルバーオーガはノルドに攻撃できないんだ。ノルドがあの場にいたらシルバーオーガは全く動けないし、ノルドもノルドで攻撃する気配なくなってたからさ……処分するしかなかった」
「ノルドがシルバーオーガに攻撃できない……?」
ルカは僕の説明に眉を顰める。合点がいっていない様子を見て、僕はようやく言葉が足りなかったと気づく。製作者の僕は知ってて当たり前のことだったが、ルカは知らないことだろう。
「ああ、シルバーオーガには攻撃できる条件があるんだ」
シルバーオーガには洗脳を施しており、いくつかの絶対条件を設定してあるのだ。これはシルバーオーガだけでなく僕が魔物を洗脳するときには必ず行う手順だ。僕のマジックバッグの中にいる多くの魔物もその例外ではない。
その絶対条件の一つは、製作者である僕に対していかなる危害も加えない。
そして、もう一つ目――――
「魔族に対して危害を加えない。シルバーオーガに設定している条件の一つだ」
それを聞いたルカの顔が驚愕に染まる。
「魔族ッ!? ま、まさかあの青年が、魔族なんですか? どう見ても人間でしたが――――」
「僕もノルドは人間だと思うよ。ノルドが攻撃態勢に入るまではシルバーオーガも戦おうとしてたからね」
「彼の使おうとした魔力が魔族のものだった、ということですか?」
「うん、そういうことだろうね。だから、ノルドを魔族と判断してシルバーオーガは静止したんだ。あくまで推測だけど」
魔族の使う魔力と人間の魔力に明確な違いがあるとすれば、属性と言えるのだろうか。
魔族は人間と比べて膨大な魔力を有しているが、質もまた違う。
魔族の使う魔力は『黒い』。それゆえ、魔族は人間に使えない属性の魔法を使うことができる。
今回ノルドが放出しようとした魔法はそれかもしれない。
「信じがたい話ですが、ライズさんが言うならそうなのでしょうね。……まさか、ノルドがただの人間ではないと知っていて接触したのですか?」
「そんなわけないじゃん。偶然だよ。というか知ってたら接触なんてしないよ」
僕はここでは隠密に足がつかないように行動したいのだ。国の重要そうなやつと接触するわけないじゃないか。
ノルド・ウェグナー……始めに会った時は、ただのドジな学生だと思っていたのだがそうではなかったらしい。
そもそも、なぜノルドがあそこに現れたのかも謎なわけだが。様子を見ていたが、派遣されたというより勝手に戦場に乗り込んできたような感じだった。
冷静に状況を見て起きた事象について理解はできる。……が、なぜそうなったのかは理解できていない。
簡単に言うとだ。人間の戦い方や戦力を見ようとしていたら、数日前にお金をあげた奴が来て、シルバーオーガを倒すでもなく置物にされ、僕が自ら処分した。
まとめてみたけど、やっぱり意味わからないな。
ルカは、それではと切り替えて提案をしてきた。
「今後の方針はどうしましょう」
「んー、……どうしようか。結局、蒼碧の星群も一人しか来なかったし、目的も達成できたかどうかも微妙なところだよね」
なんとも言えない結果となったため、曖昧な返事になってしまう。
というか、なんで一人しか来ないのさ。パーティーって集まって行動するんじゃないの?
喧嘩でもしてるの?
愚痴が次から次に出てくるが、僕が方針を決めないことにはルカも動けない。
でもまあ、今やれることもほとんどない気がする。なので僕は、当たり障りのないようなことを口に出した。
「なんにせよ、しばらくは様子見かな。情報もまだまだ足りないってことが分かったし」
「また、魔物を差し向けてみてもいいのではないですか? その内、残りのメンバーも来るかもしません」
「いやいや、あまり動きすぎても僕らに繋がる証拠を残すことになる」
……本音としては、白雷砲を失ってしまった今の僕には再び派手に動こうとは思えなかっただけだけだけど。
また不測の事態が起こって、僕の作品が犠牲になるのは勘弁である。
「ひとまずノルドと蒼碧の星群は監視対象だ。折を見て、作戦は変更していこう」