6.画策
僕が魔王城で働いていたのは5年。主な業務は、武器の錬成、野良の魔物を使用した魔王軍の戦力の増強、など。簡単に言ってしまうと僕の役割は魔王軍のサポートだった。
加えて、これらの仕事は全て僕一人に与えられ毎日朝から晩まで働くこともしばしば。そのくせ部下はたった一人だ。もはやただの奴隷だったとも言える。
しかし、そんな過酷な労働の現場でも一つだけ、いいことがあった。
それは、僕のもとにはいつも魔物の素材、多種多様な金属、珍しい植物などが大量に集まってくることだ。
当たり前の話だが、武器は素材がないと作れない。だから、武器に必要なありふれたものや確実に使わないようなものまで集められ、ある程度僕の好きなように物を作れていた。
そして、この四次元鞄には僕の技術を持って作った多くの『作品』が入っている。
武器、武具、魔物、日常の道具などなど……。
そのほとんどは日の目を見ず一度も使われていないものも多い。
『蒼碧の星群』――――奴らの強さを確かめるために、僕は自分の作品を使うことを決意した。
「というわけで、『これ』使ってみようと思うんだ」
四次元鞄から『作品』を取り出して、ルカの目の前に置いた。
ルカは僕の作品を見るなり眉を顰める。
「…………なんですか、この生物は?」
明らかに不快な顔をされているが、お構いなしに説明する。
「巨大鬼に銀狼を混ぜてみたんだ。名前は……そうだな。安直だけどシルバーオーガにしようか」
魔物でいう鬼種である巨大鬼をベースにしているが、表面は銀狼の特徴である銀色の毛に覆われた生物。巨大鬼特有の頭に生えた二本の大きな角、そして全身の鎧のような筋肉は銀狼の毛によってコーティングされ光が反射しキラキラと輝いている。今は、じっとしていて置物のようになっているがちゃんと生きてるぞ。
パンパンと、シルバーオーガを手で叩いてみる。……見事な硬さで手のひらが少々痛い。
「用は巨大鬼の硬化と銀狼の魔法耐性が合わさって耐久力抜群になったというわけ。耐久力だけで言えば、蒼碧の星群が倒した魔蛇の王より頑丈なはずだ。まあ動きは遅いし攻撃も単調なのが難点だけど、相手の実力を測るにはちょうど良さそうじゃない?」
「…………」
僕が説明を終えたにも関わらず、ルカは全く反応しない。間が持たないので僕から彼女に問いかけた。
「どうしたの?」
ルカは、しばらく黙っていたがゆっくりと口を開き、
「ライズさんが魔王に献上する武器を作っている合間に、何か別のものを作っていたことは知っていましたが」
「……うん?」
「これは駄目でしょう、倫理上」
……倫理上?
「魔物を解体して素材として使うことなんて普通じゃないか。今更どうしたのさ」
ルカの使う武器も魔物の素材からできているし、魔王城だって魔物の素材は使われている。魔王城で過ごした日常の中でも、当たり前のように使われていたし今更すぎるぞ。まさか殺生について説くつもりなのだろうか。
「気持ち悪いんですよ……これ」
ルカは不快な顔をしながら一言だけ、そう言った。
「鬼の体がシルバーになって格好いいじゃないか。顔は狼だけど」
「それがアウトなんです」
「………………………」
今まであえて触れなかったが、やっぱりアウトだったらしい。改めて僕はシルバーオーガを見上げてみる。狼の顔に巨大鬼の角が生えていて、身長も僕の3倍近く高い、筋肉もりもりで今も二足で立っていた。
「ビジュアルに関しては反省してるよ……。まさかこんなに狼の顔と鬼の体が合わないとは思わなかったからさ」
……ただの出来心だった。最初はオーガを基としたモデルを作っていたんだが、作業の途中でふと思ってしまったのだ。
――――巨大鬼の顔より狼の方がかっこよくない?
そう思ってしまった僕の行動は早かった。顔の移植なんて手間がかかるどころではなかったが数日間の格闘の末、ついに完成したのだ。
完成形を見て、そっと鞄にしまったのが数年前の話。
「大事なのは見た目より中身だ。強いから安心してよ」
「そうですか」
「あ、それにちゃんと洗脳済みだからルカを襲ったりはしないからね」
なんとかフォローしようとするがルカの表情は変わらない。呆れているのか、蔑まれているのか、こんな上司で申し訳なくなってくる。
「色々言いたいことはありますが二つだけ疑問点を言わせてもらいます」
ルカは呆れ顔のままなので毒を吐かれるのは分かったが、幸い二つだけにしてもらえるようだ。
まあ、彼女は正論しか言わないので毒というのは少し筋違いかもしれないが。
「シルバーオーガを出したとして警戒されませんか? というか私達の存在も知れてしまうと思うんですが」
知れるだろうね……。
しかし、今はそうも言ってられないのである。
「……大丈夫だよ。人間達に危機感を持ってもらうことも目的の内だし、むしろ警戒してくれなきゃ。足がつかないようにすれば問題ないよ」
バレなきゃ何やってもいいのさ。それに、これは廻り廻って人間のためにやっていることであって何も悪いことじゃない。
ルカは納得したのか、「分かりました」と言って言葉を続けた。
「二つ目は、そもそもの話になるんですが――――普通の魔物じゃいけないんですか?」
「…………」
「ライズさんは、他の多くの魔物を持っているはずです。それこそ、シルバーオーガと同等の物もいるでしょう。わざわざ目立つような真似、する必要ありますか?」
「………………………」
正論だった。正論すぎて何も反論が出てこない。それもそのはず、この作戦にシルバーオーガが使われる必要全くないのである。
……でも、使いたい。どうしても使ってみたい。単に使いたいからじゃ駄目なんでしょうか。
言い訳はまだ思いついていない……、だが否定するしかない。黙っていたらルカの主張を認めることになる。
「駄目だ」
「なぜです?」
「普通の魔物は……、普通だからだ」
「いきなり馬鹿にならないでください」
普通の魔物なんて、つまらないだろう。行動パターンの知れている魔物の様子を観察したところで何のデータも得られない……。良い機会なのでシルバーオーガのデータが欲しい……。
――――なんて、正直に言うわけにもいかないのでそれっぽいことを言う。
「人間にとって未知の生物と戦うのも、必要なことだよ」
「蒼碧の星群の強さを測るのが目的ですよね? ここでリスクを負ってまでシルバーオーガを使う意味はありますか?」
す、鋭い。
「……作品というものはね、何度も何度も試行錯誤して、改良してやっと完成していくものなんだ。このシルバーオーガもその一つ。まだ完成からほど遠いんだよ」
「用はただシルバーオーガを使いたいってことですね。理由はなんであれ、私はライズさんの意向に従うだけですが」
「………………」
僕のことを見透かしている部下。図星すぎてぐぅの音もでない。
というか最初から僕の意向に従うつもりなら論破しなくてよかったんじゃないかな。
「ただこの化け物をどうやって蒼碧の星群にあてがうかが問題でしょうか」
「別にその人たちにあてがう必要はないよ。騎士でも魔術師でもシルバーオーガを倒せるようならこの国の戦士の強さの基準が分かるし」
ただ、一般人にあまり被害は出したくはない。繰り返すが、僕らは人間の敵ではないのだ。出現させる場所は考えないとな。
「警備が厳重なところに向かわせるだけでいい。あとは、人間の対応を監視できる距離で待機しよう」
「分かりました」
あらかた、作戦を立て終えたところでホッとしたのかルカがポツリとこぼした。
「こんな醜悪な魔物が出たら人間達は仰天でしょうね」
その言葉に僕は大きく頷いた。
「うん、すごく楽しみだ」
「目的は覚えてますよね……?」
勿論、覚えているとも。