5.誤算
ルカと合流した僕は、ひとまず宿に入った。必要な情報が得られたならそのまま帝都を抜け出してもよかったのだが、ルカが情報を見て決めてくださいと言ったので仕方なく留まることにしたのだ。この時点で不穏だし見たくないのだが、確認しなければここから出られない。
僕は憂鬱な気分になりながら部屋に入り、隅に置かれていた椅子に座った。
面倒だなと思い、一度ルカを見るが『いいから見ろ』という無言の圧力をかけられる。
ルカに渡された十数枚の紙にいやいや目を通し、資料ペラペラと捲る。
捲る、捲る、捲る、めく――――。
目に入った文章の意味が解らず、思考が停止した僕のページを捲る手が止まった。
「え……? これ…………」
僕はルカへとゆっくりと顔を向ける、しかしルカは静かに頷くだけだった。
「…………」
まだ考えはまとまっていないが、事実なのだろう。そう……、これが事実なら受け入れなければならない。
「ルカの様子からして嫌な予感はバリバリしてたけど予想外だったな」
僕は持っていた資料を机の上に雑に投げ捨て、ため息をつく。
ルカの情報によると、やはり魔王軍幹部のカースは倒されていたらしい。
散らばる資料にはカースを倒したらしいパーティの写真と大体の能力が載っているものだ。
……が、読めば読むほど意味が分からない。
「いくらなんでも弱すぎる」
「……私もそう思います」
『蒼碧の星群』――――カースを倒したという人間達のランクで最上位のSランクで現状最も強いと言われているパーティーらしい。
剣士、魔術士、回復術士、武闘家、魔法剣士の5人で、前衛2人、後衛2人、遊撃1人とバランスがとれたパーティだ。
まあ、確かに強いかもしれない。現にカースを倒した事以外の功績から見ても、そこらへんの雑魚魔族であれば勝てるくらいの強さは持っているだろう。
なんでも魔蛇の王を相手に一日中の死闘の末、討伐したのが逸話になっているそうだ。魔蛇の王はとても珍しい種で魔物の平均的な強さより大きく上回っている。
しかし、5人で挑み一日かけてようやく倒せるようでは残念としか言えない。まして、これが人類最強のパーティというのだからなおさらだ。
カースなら魔蛇の王より強力な竜種でさえ指一本で倒せるのだから、どう考えても実力がつり合っていない。
「はあ………」
息が全部ため息になって出てきてしまう。完全に人間側の勢力を見誤っていた。なんだこれ、全然話が違うじゃないか。
「どうなってんの? このレベルの人間にカースが殺られたってほんと? おかしくない?」
紙の資料を机にパンパンと叩いて抗議する。真面目で優秀なルカの集めた情報が間違っているとは思わないがさすがに疑いの目を向けざるをえない。
「そう言われましても。しかし、カース様を倒されたのはこの方達で間違いありません。討伐した魔族の外見的特徴がカース様と一致しています」
「…………ええ?」
もう一度、資料に目を通す。ここにあるのは表に知られている大体の能力で、得意な魔法など世間で語られている程度のものだ。全部が全部、ここに載っているわけではないだろう。凶悪な切り札を持っていて、カースを殺したと考えられなくもない。
「どうやって倒したのかは分からない?」
「残念ながら"とある魔族"をSランクパーティの“蒼碧の星群“が討伐した……としか情報は分かっていません」
ルカの言葉に頭が痛くなってくるし、胃も痛くなってきた。
「一体、何が起こったんだ……」
考えれば考えるほど分からなくなってくる。蒼碧の星群が実力を隠していた――――というのもおかしい。もしめちゃくちゃ強いなら魔蛇の王の討伐に一晩もかかる訳もない。
逆にカースが弱くなった、なんてことはもっとありえない。頑丈な体に、底抜けの魔力、年月を経て鍛えたそれが急になくなることなんかないだろう。というか、弱くなるってなんなんだ。
もはや、馬鹿げた事しか頭に浮かんでこなくなる。
「カースが蒼碧の星群の前で自殺したとかなら辻褄は合うんだけど。ははは、ありえないよね」
僕がそう言うと、ルカは深く考え込む。いや、冗談だからね。真面目に捉えないでいいんだよ。
その後、考えがまとまったのかゆっくりと口を開けた。
「それに近い行為をしてしまった可能性はあるかもしれません」
「え?」
意表を突かれ間抜けな声が口から漏れた。
「カース様は調子に乗りやすく自分が強いが故に相手を見下してしまうのが難点でした。それに魔法に関しても力に任せてご自身の感覚で使っていましたし、見下した相手に新しい魔法を使おうとして暴発させてしまった……などは考えられるかもしれません」
それは、なんの根拠もないただの憶測だ。だが、カースのことを知っている僕には容易にその光景が想像できてしまった。
「多少強引な気もするけど……妙にしっくりくるな。カースって頭が残念な部分あったしね。それくらいやらかしそうだ。ははは……」
そんな冗談みたいだがありえそうな推測に空笑いした僕だったが、すぐにスッと真顔にしてルカに聞く。
「え、どうすんの? 魔王軍抜けてきちゃったのに」
「…………………………………」
ルカは無言のままだ。
僕が魔王軍で働き続けていた一番の目的は、『生き残るため』である。
生きるために魔王軍を逃げ出して、はるばる大陸を飛んでやってきたのにこんなの拍子抜けどころじゃない。
沈んでいく船から新しい船に乗り換えたつもりが、その船は泥船だったのだ。
え? 僕はわざわざ泥船に乗り換えたの? このまま沈んでしまうの? 嘘でしょ?
心を落ち着かせ必死に、頭を回転させる。僕はこれからどうすべきか、どうすれば生き残れるか。
「今から魔王軍に戻っても大丈夫かな? クリアまで偵察に行ってたとか言って誤魔化せない?」
「無理でしょう……。命令を無視して無断で抜け出してきたんですから。あの厳酷苛烈な魔王にライズさんの言い訳が通用するとは到底思えません。たとえ、その場では殺されずとも戦争を終えた後に何をされるか……」
「だよねえ……」
最もな意見だ。あの頭が固く冷酷な魔王は、裏切り者には容赦しない。僕がどんなに裏切ってないと言っても魔王が裏切ったと思えばそれは裏切ったことになるのだ。
酷い話である。ただ、魔族にとっては性格よりも強さが重要視されているので強さ=人望に繋がるのだ。だから、いくら性格の悪い奴でも、強ければ尊敬してホイホイ付き従ってしまうらしい。
…………僕だって種族は人間なのに、尊敬もしていない魔王に従っていたぞ。命令されたことも全てこなしてきた。ここに来るまでは上手くやれていた、はずだったのに…………。
「失敗だ…………」
後悔先に立たず。上手くやってきたはずの僕の生きるための努力は、一瞬にして水の泡となった。
カースが殺されたと聞いて冷静に行動できなかったのは事実だ。衝動的に抜け出してしまった事は否めない。もっとやりようはあったはずなのに。
強い方に媚を売るのが僕のアイデンティティなのに、これじゃあただのアホじゃないか。
「ああ!! こんなことなら旅行とか適当に言って抜けてくるべきだった!!」
「そんなこと言ったら止められていたでしょう」
「そうかもしれないけどさあ……」
序列第一位のカースが殺され魔族側の戦力は大きく低下し、魔王は人間達を警戒をしている。そんな中、敵地へ貴重な労働力をみすみす送ろうとは思わないだろう。そんなことはわかっている。
だが、これが文句を言わずにいられるだろうか。
「他にいないの? この人たちより強い人間は」
「蒼碧の星群はこの国では英雄扱いされていて人類最後の切り札、とまで言われているそうです。これ以外の出回っている情報から、彼ら以上の大きな功績を残した者は確認できませんでした」
「まじか……」
いつ襲撃してくるか分からない魔王にビクビクしながら、余生を過ごすしかないの? 時間間隔の長い魔族だし数年は様子を見るかもしれないが、僕が死ぬまでには確実に襲いかかってくるはずだ。
……全然人生楽しめないぞ。
「このまま殺されるのを待つくらいならいっそのこと、ライズさんが魔王より強くなるのはどうでしょう?」
「無理だよ、無理無理」
「少なくとも蒼碧の星群より可能性はあるかと思います」
「ないよ。一般人と変わらない僕がどうやって倒すって言うんだよ。というか、僕よりルカの方が数百倍強いじゃないか。ルカが魔王倒してよ」
「無茶言わないでください」
完全に不毛なやり取りだった。
僕はただ悠々自適に暮らしたいだけなのにどうしてこんなことになってしまったのか。
もう誰の手も及ばない、災いのない平和な地にひっそりと暮らすしかない。……天国でしょうか。
現実逃避を始めた僕に、ルカが声をかける。
「しかし、蒼碧の星群が軟弱だと決めつけるのは早計ではないでしょうか? 実際にその強さを見たわけでもないですし」
「うーん……、そうだな」
色々と諦めかけていたが、最もな意見だ。自分の目で"蒼碧の星群"の強さを見たわけではない。
蒼碧の星群が雑魚前提で話をしていたが、それはあくまで僕らの推測だ。戦いの中で能力が覚醒してカースを倒したとか、あるかもしれないしあって欲しい。
そもそも事実がなんであれ、彼らがカースを倒したことには変わりはないのだ。
「何かからくりがあるなら調べるべき……だな」
蒼碧の星群、強くあってくれ…………。




