4.盗難
鑑定屋から手に入れた大量の札束を四次元鞄に入れていく。四次元鞄、僕の命より大事な鞄で、いつも肌身離さず持ち運んでいる。その名の通り、鞄の中は四次元空間が広がっていていくらでも物体を収納できる便利すぎる品だ。この中には僕が今まで手に入れた道具、材料、武器、魔物まで様々な物が入っていてこの鞄の価値はもはや値段をつけることはできない。
ちなみに竜の血も大量に入っているため、ついつい爺さんに二本あげてしまった。後悔はしていないが。
全部の札束を入れ終わり、ほっと一息つく。
(人間の領地に来て早々大金持ちになるとは幸先良すぎでは?)
これだけあれば一生、遊んで暮らせる。
ルカもびっくりするだろうな。
気分良く街を練り歩き、適当に出店に寄り食べ物を買っていく。とりあえず、焼き鳥を数本購入し口に運ぶ。んー、うまい。
ルカが戻るまで、帝都の美味しいものを食べまわるのもいいかもしれない。
そんなことを考えている時だった。
「………」
道の端に、体育座りをしてポツンと佇む青年の姿が視界に入った。
僕と同じくらいの年齢だろうか。服装はどこかの学校の制服っぽいしホームレスではなさそうだ。
道行く人は見てみぬふりをしているようで、誰も彼を気にする人はいない。
(呆然としてるし何かあったんだろうけど……)
いつもの僕なら、素通りするだろうが今の僕は大分機嫌がいい。だから、声をかけるのに全くためらいはなかった。
「どうしたの?」
僕の声に彼は顔を上げ、ポカンと僕を見つめた。
「……え?」
「いや、何かあったのかなって。こんな道端で座ってるから。あ、ここが君の家だったら申し訳ない」
「ち、違います! そ、その……財布を盗まれたみたいで……詰所に行っても取り合ってくれなくて……どうするか考えてたというか」
「ふーん、財布を……」
盗難とは物騒だなあ。ここクリアは見たところ治安が悪いようには見えなかったが。
どこにでも犯罪者はやってくるということか。
この動く人混みの中、ピンポイントで財布を盗むほどの手練だし、僕も気をつけないとな。
そこまで考えて、ふと先程のルカとの会話を思い出した。
『私なら相手に気づかれずに財布を奪えます』
(…………………………)
僕はお金を取り出そうと黙って四次元鞄を開けた。
勿論、犯人はルカじゃないと思ってる。
ルカはカツアゲやスリはしませんと、ちゃんと言っていた。まして彼女は僕の部下だ、僕の言ったことは守るはず。
ただ、……万が一、億が一のためだ。
「で、財布にはいくら入ってたの?」
「400万デル……」
「え? 400万!?」
村の宿代が一泊5,000デルで屋台の焼き鳥が300デルだったから、もしかしなくても大金だ。さっき億万長者になった僕からすれば端金だが……。
そんな大金持ち歩くなんて御曹司というやつだろうか。普通じゃ考えられない。――あ、僕もだな。
「えらい大金を入れてたんだね」
「……学校の入学金なんです。学校にお金を払おうとしたタイミングで財布がないことに気づいて…………ああああ!!! もう俺のバカ、アホ、クズ!!!」
「お、落ち着きなよ」
自分の顔を殴り始めた青年をたしなめる。
たぶん大金を持っている情報が漏れて、その手の悪人に狙われたってところだろうか。
うん、やったのは血も涙もない犯罪者だ。ルカじゃない。
「親には連絡したの?」
「…………俺の親は……」
少し口を開いて青年は黙って俯いた。
「ああー、そっか」
うん、できないよね、400万だもの。そんな大金用意してくれた親に失くしたなんて言えるわけないだろう。
四次元鞄の中に手をつっこみ大体400万デルぐらいの束を整理し終えた僕は、外に取り出し彼の目の前に出した。
「はい、これ」
僕の差し出したお金に少しの間呆然としていた彼だが、理解が追いついたようで大声を出した。
「はあ!? そんな大金受け取れないですよ!!」
大声を出すんじゃない。また悪人に狙われるよ。
僕はさらに彼に札束を押し付けて言った。
「困ってるんだろう? 入学祝いと思ってもらってよ。こう見えて僕、お金持ちだし気にしなくていいから」
「……でも……」
「あとで利子をつけて取り立てたりはしないよ。このままじゃ学校に入学できないどころか家にも帰れないんじゃない?」
僕は優しく笑いかけ、彼の手に札束を持たせる。
彼は恐る恐る声を出し、僕に尋ねた。
「ほんとに……いいんですか?」
僕にはあり余るお金だし、困ってる人にお金を使う方が有意義だ。それにこの学生は将来的に人間の戦力になるかもしれない。人間側につく僕にとってそれはプラスであり、未来の投資とも言える。
僕は大きく頷いた。
「もちろんさ」
すると、彼は土下座に近いほど頭を下げた。
「ありがとうございますうううう!!!」
☆
「俺はノルド・ウェグナーです。セントリス魔術学校に入学しようと思ってて。もう17才になるしこの年齢にしては遅いんですけどね」
彼、ノルドと名乗る青年は落ち着きを取り戻したようで、さっきまでと打って変わり明るい声で喋った。元気になってなによりです。
セントリス魔術学校……ここでは有名な学校なのだろうか。
名乗られたので一応僕もそれに返す。
「僕はライズって言うんだ。僕も今年で17だから同い年だね」
「よろしく、ライズさん……ってええッ!? 同い年!? しっかりしてるからてっきり年上かと……」
ノルドは素っ頓狂な声を上げて驚いた。僕がしっかりしてるんじゃなくて君がドジなだけでは?、と思ったが声には出さない。
「うん、だからかしこまらなくていいよ。さんづけもいらないしため口でいいから」
ノルドは分かった、と頷き、続けて小さい声で恐る恐る質問を口にした。
「ライズはもしかして、き、貴族とか……?」
「え、違うよ? なんで?」
ホッとした様子で気が抜けたのか、ノルドの固い雰囲気が解かれた。
「だって、まだ17才なのにあんな大金持ち歩いてるなんて普通じゃないだろ?」
「ああ……そういう」
なるほど。400万の大金を持ち歩いてポンっと見知らぬ人に渡せるなんて普通は無理だな。
このままじゃただの怪しい人になってしまうので、慌てて弁明した。
「まあ、商人みたいなものかな。色んな国を回って物を売ってるんだ」
「へぇ~。まだ成人してないのにすごい稼いでるんだな」
ノルドは僕の嘘のような弁明に、深く頷き感心していた。その瞳は僕を一寸も疑っておらず、澄みきっている。
(この正直さは、財布を盗まれたこともあって間抜けに見えてくるな)
死んだカースの情報でも聞いてみようかと思ったが全く期待できなさそうだ。
とはいえ、帝都に来て初めて喋る人間だしせっかくなので聞いてみることにする。
「そういえばさ、最近何か変わったこととかなかった?」
「変わったこと?」
「うん。例えば、魔族とか――――」
「――あっ!!!」
魔族について聞こうとした僕の言葉は、ノルドの急に出した大きな声に遮られた。
「どうしたの?」
僕がそう聞くと、ノルドは焦った様子であたふたしている。
「入学金払わないと!! 期限が今日の夕刻までなんだった!!」
上を見上げると青かった空が少しずつ赤に染まり始めていた。もうすぐ夕刻だ。
「行ってきなよ。僕も連れがいるしそろそろ別れようか」
するとノルドは、申し訳なさそうにした。
「すぐには返せないけど絶対返すから! 連絡先教えて!!」
「ははは、別にいいよ。すぐ街を出るつもりだからもう会うこともないと思うし。学校頑張ってね」
そう言って、僕は手を振った。するとノルドは、一瞬考えて『セントリス魔術学院の住所』が書かれた紙を僕に渡し、一気に駆け出した。
「ライズ、ありがとな!! 俺、学校の寮に住むと思うからここにまた連絡してくれーーー!!」
そう叫んだノルドは人混みの中に消えていった。
大事な鞄を手に持ち直し、再び僕は歩き始めた。
すると、いつの間にやら僕の隣を影のようにして歩く部下がいた。
「どういう風の吹きまわしです? あんな大金見知らぬ人間に渡すなんて」
「お、ルカじゃん。見てたんだ」
突然、出現したのはルカだ。なぜ気配を消して近づいたんだ、びっくりするだろう。
あ、そうだ。ルカに確認しなければならないことがあったんだった。
「あのさ、ルカ。スリとかカツアゲ、やってないよね?」
「いきなりなんですか? やる必要がないと言われたのでやっていませんが」
ほっ。
ルカが悪いことしてなくてよかったと、心の中で安堵する僕を彼女は訝しげに見つめていた。
「それより。お金を稼ぎに行ってどうしてお金を手放してるんですか。ちゃんと目標金額までは稼げたんですか?」
ルカはため息をはきながら呆れたように言う。どうやらルカは僕がどうやって金を集めたかまでは見ていないようだ。
目標金額なら限界突破してるぞ。
「思った以上に金ができたし、興が乗ったんだ。財布をなくしたなんて可愛そうだろ?」
「自分の管理不足のせいでしょう。自己責任かと」
ルカは冷たく言い放った。
また元も子もないことを……。ルカは手厳しいところがあり、僕が魔王城で働いていた時もなにかと注意されていた。
何度心の中で『お前はお母さんかよ』、とツッコんだことか。
遠い目をしていると、ルカは僕の考えていることを見透かしたのか軽く睨んでいた。
僕は一つ、咳払いをして。
「それで、ルカのほうはどうだったの? なにか掴めた?」
ルカは僕の誤魔化したような話題転換に不満は抱いているようだが、切り替えた様子で淡々と言葉を発した。
「はい、出回っている情報は概ね把握できました」
「……早いな」
この短時間で彼女は、僕の求めていた情報を集めてきたらしい。なんだこの部下、優秀すぎる。
「流石ルカ。もう少しかかると思ってたけど」
「大都市なだけあって情報は多く集まっているようでしたので。……しかし、あまり期待はできないかと」
「なにか問題でもあったの?」
ルカは煮え切らない様子で、手元の数枚の資料を僕へと差し出した。
「私には理解しかねるものでした。ですので、その点をライズさんに判断してもらいたいのです」
「うん?」
その様子を疑問に抱きながら、僕は資料を受け取った。