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19.違和感の答え


「ほんとか!?」

「なんとなく、だよ。まだ、分からないことの方が多いし」


 ノルドに激しく肩を揺すられ、少し気分が悪くなる。さっきまで、キレていたマインは大人しく僕の言葉を待っているようだった。一応、聞いてくれるんだな。


「で、一体誰に殺されたんだ!?」

「一々、うるさいな……」

「わ、悪い」


 そう不機嫌に言うと、ノルドは肩を揺するのを止めた。一度、ため息をついて言葉を発した。


「殺されたんじゃなくて、自死なんじゃないかと僕は見てる」


 そう言うと、二人はポカンとした顔で僕を見る。


「え?」

「それは聞き捨てならないわね。どう見ても、殺されてるじゃない」


「殺されたように見せかけてるんだ。そう思わせるように仕向けたんじゃないかな。実際、君たちはこれを殺人だって決めつけてたみたいだし」


 シルビアから見せられた現場写真を見た時から、これは思っていたことだ。殺されたと、思わせるのが罠なんだろう。


「だってさ、考えてごらんよ。手首を切断されて殺されたにしては、無抵抗すぎるだろ? 騒ぎもせず、争いもせず静かに死を待つなんてありえない。その状況が成り立つのは、自分で手首を切って自死を選んだ時くらいだ」


 僕の説明にノルドは、納得したのか深く頷いた。


「……言われてみればそうかもしれねえな。手首を切断されたって印象が強かったせいでそれは思い浮かばなかった」


「待って、確かに状況だけ見ればその理屈は正しい。でも………そんな馬鹿なこと。じゃああなたは、コペルバウス先生は自分で手首を切断したって言ってるの?」


 マインは半分納得、くらいだろうか。それよりも、疑問の方が多いらしい。


「切断はしてないと思うよ。手首の脈を切ったくらいだろうさ」

「……まさか」


 そう言うと、何かに気づいたのかマインは目を見開いた。


「……コペルバウス先生は、自殺した。その後、他殺に見せかけるために他の人間が手首の傷を隠すように切断した、ってこと?」

「それが、一番自然だね。わざわざ手首を切り落として死ぬ理由なんてないし」


 もし、そんなことしたら痛みで暴れ回ってもおかしくないだろう。でも、そんな跡は全くない。

 コペルバウスさんの背景を抜きにして、状況だけ考えればそれが矛盾なく説明できる。

 すると、ノルドがおずおずと僕に尋ねてくる。


「もしかして、ライズは気づいてたのか? ここに来る前から」

「あくまで、予想はしてたよ。根拠があるわけでもないけど」


 マインも僕の予想に肯定して、考え始めたらしいが逆に頭を悩ませていた。


「でも、ますます分からない。どうして、自殺したのかも、他殺に見せかける必要があったのかも」


 それは、僕も同意見だった。一連の行動が不可解だ。


「だから、何かないかと思ってここに来たわけなんだけど……」


 この部屋で見たものを思い返す。主に本棚にあったノートの内容だ。

 僕は、棚に直した一冊のノートを再び取り出す。


「このノートだったかな」

「それは、研究ノート?」


 おそらく、棚にあるノートの中では一番新しいものだ。


「中身は数字と文字列がランダムに書かれてた。多分、自分にしか読めないように実験記録を暗号化してるんだろう。用心深いよね」

「大抵の先生はそうしているわよ。情報が漏れたらまずい研究をやってる人も多いから」


 マインの素振りからして、教授の間では常識のことらしい。読みにくいし、書きにくいと思うんだけど。


「中々ユニークな暗号だったよ。サンルマ語の文法とビカノ文字をミックス、その上で、ニュート語の32音に合わせていたみたいだ」


 流石教授、考えることが違う。僕ならそんなの面倒くさくてそのまま書いてしまうところだ。


「「!?」」


 もう一度、パラパラとめくり読んでみる。


「さっきは複雑で読みにくいと思ったけど、パターンが決まってるから慣れるとすらすら読めるね。暗号って面白いなあ」


 謎解きみたいで楽しい。他の教授の本もぜひ解読したい。


「ちょ、ちょっと! まさか解読したの!?」


 慌ててマイン・フィールズが、僕から乱暴に本を取り上げる。そんな雑に扱ったら破れるよ……。


「だめだった?」

「ダメに決まってるでしょう! A級魔術師の実験ノートよ! 一体、どんな危険な理論があるのか……。他人がそう易々と知っていいもんじゃないわ!」

「僕が知ったところで何にもならないけどなあ。ま、気を付けるよ。無造作に置いてあったからてっきり読んでいいのかと思って」


「読ませないように暗号を使ってるのよ!」


 全く魔法を使えない僕が見ても、大丈夫だと思うんだがそういう問題でもないらしい。

 ま、それが読めたお陰で分かったこともあるわけで。


「その研究ノートを見た限りだと、コペルバウスさんはどうやらネクロマンス系の魔法を完成させたかったみたいだ」

「……なんですって? そんなの禁術中の禁術じゃない。コペルバウス先生に限って────……」

「心当たりでも?」


 マインが否定しようとしたが、ハッとしたように「あ」と息を漏らした。


「ネクロマンス系の魔法って何だ?」


 僕とマインの会話についていけなかったのか、ノルドから尋ねられる。


「死んだ人を生き返らせる魔法」


 僕は、一言簡潔に答えた。


「ッ!? そんな魔法が──」


 驚愕するノルドに対してすぐさまマインが遮った。


「ないわよ。そんなもの、希望に見せかけたタチの悪い妄想だわ」

「知ってるんだ」

「魔術師になろうとする人間なら耳が痛くなるくらい聞かされるわよ。親しい人が亡くなって、死霊について研究する魔術師の有名な話。結末は、ろくでもなくて救いようがない」


 その結末を思い出してか、マインは悲しげに目を伏せていた。


「死んだ人は生き返らない。それでも、盲信してしまう人がいるんだから最初にネクロマンス論を提唱した人間は罪深いわ」


「コペルバウス先生もその一人なのか……?」


「信じたくはない……。でも、コペルバウス先生は二年前に娘さんを亡くされているわ」


 同じ魔術師として、マインにも思うところがあるのだろう。怒りか、悲しみが入り交じった表情を浮かべていた。


「教授は娘さんが亡くなってから、魔術師の仕事を全部休んでいたわ。でも、少しして復帰したから立ち直ったものだと思っていたけど……そうなのね」


 マインが言うに、コペルバウスさんは娘さんを生き返らせるためネクロマンスの研究を熱心に行っていたらしい。

 その邪悪な魔法にすがることで、精神を保っていた、と。


「じゃあ先生はネクロマンスも全部諦めて絶望して自殺した?」


 ずっと、考えていたノルドは自分なりに答えを出したらしい。


「…………ライズ・デンクル、あなたが分かったと言ったのはこういうこと?」


 マインに確認され、どう言おうか迷ってしまう。正直、僕はコペルバウスさんのことをよく知らない。だから、絶望して自殺した、というのも考えられる。

 でも────。


「……その可能性は否定しないしできない。けど、僕にはコペルバウスさんがネクロマンスを諦めたとは到底思えないな」



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