15.奔走
ノルド・ウェグナーは学院内を全力で走っていた。今朝、マインから聞かされた話では恩人であるライズがコペルバウス教授殺害事件に関係しているとして捕らえられたらしい。突然、聞かされた衝撃的な出来事に、ノルドは一日中気が気でなく授業に全く集中することはできなかった。そんな中、やっと授業が終わりノルドは教室を飛びだした状況だ。
(なんでライズが捕まることになるんだ……!!)
ノルドにはライズがなんら関係がないということに確信があった。道端で困っている見知らぬはずの自分へと声をかけ手を差し伸べた善人だ。
こんな物騒な事件に関しているはずなんてあるわけがない。
そして、広大な学院内をしばらく駆けマインから聞いた場所へとやっとたどり着く。来たことはないがどうやら警備員の宿舎らしい。
マインから貸してもらった通行証を入り口で見せ、中を進んでいく。
ライズがいる部屋には入ることは禁止されているため、小窓へと駆け寄り声をかけた。
「ライズ!! 大丈夫かっ!!」
「お、ノルド。久しぶり」
ノルドが部屋を見渡すと、ソファにくつろぐライズの姿があった。
しかし、その様子はノルドの想像していたものとは違って、きれいなカーペット、ソファ、ベッドなどがありとても殺人容疑をかけられ捕まった人の待遇ではなかった。
「あ、あれ。捕まったって聞いたはずなんだが……」
「まあ捕まったって言ってもほとんど無関係と思われてるみたいだからね」
「そ、そっか。疑われてるわけじゃないのか」
ノルドの思っていた最悪の事態ではなかったようでホッと息をついた。
マインの話では、ライズがシルビアを匿っていてその場で捕まえられたと聞いていたのだが、そこまでまずい状況ではないらしい。
「一市民を独房に入れるのはよくないんじゃないかってマインフィールズが取り計らってくれたんだ。警備員の宿舎なら何かあっても対処できるだろうってさ。シルビアは独房らしいけど」
「……なんで、俺の寮の部屋より豪華なんだ」
その様子を見てライズは苦笑いを浮かべた。
「ははは、見た目ほど住みやすくはないよ。部屋は外側から鍵がかけられてるから一歩も外に出られないし、如何せん何もないからすることもない」
ライズは続けて、こほんと一つ咳をしてノルドに向き直る。
「急に悪かったね、こんな形で再会したくなかったけど仕方なくてさ。ま、とりあえず君が無事に入学できていたみたいでよかったよ」
「え? あ、ああ。ありがとな。………って、そうだ! あの伝言、どういうことだよ? 俺が事件を解決しろだって――」
「その様子だとちゃんと伝わったのかな? いや〜、困ったことに巻き込まれちゃってね」
ライズはヘラヘラしながら眉をハの字にする。ノルドから見てもとても罪人として捕らえられた人間の所作とは思えないほどの落ち着き具合だった。
ノルドとしてはライズは落ち込んでいるだろうから元気づけようとするつもりだった。しかし、こうも楽観されていると少し困惑してしまう。
すると、ライズはノルドの顔を窺うように問いかけた。
「ここに来てくれたってことは、僕の頼みを聞いてくれるってことでいいんだよね?」
ライズの頼み――――ノルド自身が事件を解決へと導き無罪を晴らすことだ。
それがいかに難しいことかは自明だった。学院内での捜査に逆らって、結果を覆さなければならず不可能にさえ思えてしまう。
「……そりゃライズは恩人で友達だし俺にできることならなんでもするつもりだけど」
「ありがとう!! やっぱり持つべきものは友達だね。断られたらどうしようかと思ったよ」
「待て待て! 協力はするけど俺になんとかできるとは言い切れないぞ!?」
「ああ、協力さえしてくれるならいいんだよ。できなかった時はその時考えればいいさ」
楽観的すぎる。ノルドから見てもその一言に尽きた。目の前の青年からは焦りが全く感じられない。ノルドの方が焦ってしまっていて、どっちが容疑者なのかという気分だった。
ノルドは気を取り直して、ライズに聞いた。
「分かった。で、俺は何すればいいんだ? 解決するったって何にも分かんねえぞ」
「事件のことは知ってるよね?」
「マインからなんとなくは。コペルバウス先生が殺されてシルビアが捕まったっていう――――」
「君はシルビアが犯人だと思う?」
ライズはノルドをまっすぐに見つめて問いかけた。学校での生活を逡巡させ、シルビアの様子を思い出す。
ノルドにとっては、ただのクラスメートであり詳しく話したことがあるわけでもない。
(でも……)
「……そんな悪いことするような奴じゃないと思う。ただの勘だけど」
根拠もない、ただの偏見だ。だが、ノルドが見ていた限りでは裏表がなさそうな明るいクラスメートだった。自分の見たものを信じるしかない。
その言葉にライズは大きく頷く。
「うん、それでいいよ。実質シルビアは犯人じゃないんだ」
「何か知ってるのか!?」
「知らないよ。でも、犯人じゃない」
「?」
ライズのよく分からない返答にノルドは首を傾げた。シルビアのことをライズはほとんど知らないはずなのに、なぜここまで断定できるのだろうかとノルドには不思議に思えた。
そして、ライズはソファに座り直し、微笑んで言った。
「調査や解決の仕方は君に任せるよ。ま、僕も一緒に考えるから気楽に行こう」
☆
不思議な奴。ライズへのノルドの印象は最初に会ったときも、二度目に会ったときも変わらなかった。とらえどころのないというべきだろうか。きっと、これ以上会話しても彼の本質は分からないだろう。
ただ一つだけ言えるのは、彼が善人であるということだ。
無償でノルドを助けたこと、素性の知らないシルビアを匿っていたこと。大抵の人間にはできないことだろう。
そんな人を犯罪者にしていいはずはない。
(俺がなんとかしないと――。)
ノルドがまず向かったのは、よく見知った人物のところだった。
「マインッ!!」
振り返り、長いストレートの髪がふわりと揺れた。
「学校ではマイン先生と呼んでくれない?」
「事件のこと教えてくれ!!」
マインは、目を細めてあからさまに機嫌の悪そうな顔をした。
「嫌よ」
「なんで!?」
「事件のことだったら大まかには説明したじゃない。忘れたからもう一度説明しろってこと?」
「いや、もう少し詳しく知りたくて……」
「ただの生徒に詳しいことなんて話せるわけないでしょ」
「そこをなんとか……! このままじゃあいつが……」
苦しげな声をあげるノルドを見て、マインは困ったようにため息をつく。
「事件に関しては、今は私も調査に加わってる。あなたが動く必要ないわよ。ちゃんと、授業を受けて魔法の練習でもしてなさい」
「でも……」
「そもそも、聞いてどうするの。一般生徒のあなたにどうこうできることでもないでしょ?」
「それはそうかもだけど―――」
「友達が心配なのは分かるけど、下手に首突っ込んでもいいことないわ。あなたは特にね」
「確かに、俺は頭もよくないし魔法もろくに使えない。でも、だからこそ今できることは全部やっておきたいんだよ」
ノルドは俯いて、消え入りそうな声を発する。
「……このまま黙って見てるなんてあの時と同じじゃないか……」
それを聞いたマインの眉が少し上がる。マインもノルドも口を閉じ、二人の間に沈黙が流れた。
先に口を開けたのはマインだった。
「……もう少ししたら聞き取りと殺害現場に行く予定だったの。ノルドが勝手についてくるというのなら拒否はしない」
「えっ! それって……!!」
「ただし、ついてくる以上私から離れないこと。それが条件」
「ありがとうッ!! マインッ!!!」
「だから先生と呼べと何度言えば……」